Special Feature
待ったなし!工事進行基準 業界を翻弄する基準ついに発動
2009/03/02 21:33
週刊BCN 2009年03月02日vol.1274掲載
基準対応のヒント事例
わずか1年で全案件に適用
富士通グループ屈指のSE集団
約2000人のSEを抱えソフト開発・SI事業を手がける富士通システムソリューションズ(Fsol)。量・質ともに富士通グループでトップレベルのSE集団は、今から約4年前に独自の「SI進行基準」を策定し運用開始した。これは工事進行基準に準拠した内容で、05年度に準備は終わっていたことになる。つくった仕組みを05年度に一部案件で試験運用、翌年度には全案件で適用する素早さをみせた。Fsolの事例に工事進行基準に対応するためのヒントがある。 不採算案件を撲滅
工事進行基準がソフト開発業界にも適用されるという話が出る前に、Fsolが対応準備を始めていたのには理由がある。03~04年度に不採算案件が数件顕在化、経常利益率10%レベルの高収益体質はもろくも崩れ去ったのだ。要件が未確定なままでの作業による開発コスト増加、追加受注を見越した安易な受注、追加工数発生時の対応遅れなどが原因とわかった。加えて、年度末まで損益の見通しが不透明という課題も抱えていた。そこで、開発案件の管理体制強化に踏み切った。それが結果的に工事進行基準対応に結び付いたわけだ。

このプログラムでは、(1)総コスト(2)作業期間(3)外注期間を記載した「作業実施計画書」と呼ばれる文書を、各案件を担当する現場に配布、毎月提出を求めた。一度提出したら終わりではなく、その後変更があった場合は、迅速に修正するようにも徹底させた。「この作成率と最新化(更新)率の向上が最大のポイント」(長谷川敏・経営管理本部統括部長兼経理部長)。月1回の経営会議で作成率と更新率を発表。幹部社員に『会計のためではなく開発プロジェクトの健全性を保つため』と呼びかけさせ、「現場の意識改革にも取り組んだ」(同)という。05年度はすべて手作業で、そのノウハウを蓄積していった。
約4000件の案件監視
そして翌年度には月次処理が必要な約4000件の全案件に適用させる。手作業で蓄積したノウハウをもとに情報システムを独自開発。営業、購買、SE部門それぞれの基幹システムと経理情報を組み合わせたオリジナルシステムだ(図3参照)。05年度には手作業で行っていた監視業務を自動化し、問題がありそうなデータが入力されれば警告を出す仕組みを整えた。

結果、当月末日に作業実施計画書の最新化作業を締め切り、翌月第1営業日に顧客検収報告および購買(外注費など)手続きを締め切る。第2営業日に検収基準ベースの原価計算を完了。第3営業日に進行基準ベースの原価計算を完了させることをほぼ全案件で可能にした。
これらの仕組み構築の陣頭指揮を執った長谷川氏は言う。「“やらされている感”の排除が大切。それと、リアルタイムに計画と現実を比べることが欠かせない。リーダーを指名するなら、経理よりも現場を知っている人のほうが適切だろう」。また、工事進行基準への対応メリットとして、「契約状態と実績を営業やSE、経営層が共有できる」ことを挙げる。
Fsolの取り組みはグループ内で評価され、今では富士通グループのSE会社はすべて、このFsolの管理手法を取り入れている。ある富士通グループ関係者はFsolをこう表現する。「プロジェクト管理体制は、本体の富士通よりも進んでいる」。Fsolがわずか1年で対応準備を終えた事例には、参考になる点が多いだろう。
「まずは原価管理から始めよう!」
会計の専門家が助言
企業は今、四半期決算情報の開示や、「日本版SOX法」への対応業務に追われている最中だと思う。とくに内部統制の作業負担は各社の予想以上で四苦八苦しているはずだ。そんな多忙ななかに迫られる「工事進行基準」への対応。私からみて、「各企業はそれぞれ危機意識を持っているが、本当に大丈夫かな」と感じる状況だ。大半のソフト開発ベンダーは対応が遅れているのが実態だからだ。
まず何をポイントに置いて動くべきか。ソフト開発における売上原価を正確かつ迅速に把握するための仕組みをつくることだ。原価管理ができれば、工事進行基準に対応できる態勢がある程度整う。原価集計の仕組みづくりでカギになるのは、外注管理。開発プロジェクトの一部分を協力会社に任せている企業は多いだろう。そのコストと進捗、進捗度合いに見合ったコスト振り分けをしっかりと把握する術を各社が考える必要がある。社内の情報を管理することは容易かもしれないが、社外の場合はそう簡単にはいかない。この点を押さえることが最も重要だ。
今後起こりうる問題として、内部統制報告書への影響がある。(株式上場している)大手ソフト開発ベンダーは、今年度内部統制の仕組みを構築し、運用を開始している。その仕組みのうえで、工事進行基準に対応しようとすると、今年度築いた内部統制の仕組みが適合しない場合があり、変更しなければならないケースが出てくるはずだ。そうなると、また作業負担が大きくなる。内部統制と工事進行基準への対応を組み合わせることを念頭に、企業は対策を打っていくべきだ。(談)
会計の専門家が助言

まず何をポイントに置いて動くべきか。ソフト開発における売上原価を正確かつ迅速に把握するための仕組みをつくることだ。原価管理ができれば、工事進行基準に対応できる態勢がある程度整う。原価集計の仕組みづくりでカギになるのは、外注管理。開発プロジェクトの一部分を協力会社に任せている企業は多いだろう。そのコストと進捗、進捗度合いに見合ったコスト振り分けをしっかりと把握する術を各社が考える必要がある。社内の情報を管理することは容易かもしれないが、社外の場合はそう簡単にはいかない。この点を押さえることが最も重要だ。
今後起こりうる問題として、内部統制報告書への影響がある。(株式上場している)大手ソフト開発ベンダーは、今年度内部統制の仕組みを構築し、運用を開始している。その仕組みのうえで、工事進行基準に対応しようとすると、今年度築いた内部統制の仕組みが適合しない場合があり、変更しなければならないケースが出てくるはずだ。そうなると、また作業負担が大きくなる。内部統制と工事進行基準への対応を組み合わせることを念頭に、企業は対策を打っていくべきだ。(談)
ITベンダーのチャンスにも
支援ツールに特需到来か!?
厳格なプロジェクト管理体制を求められることになる「工事進行基準」。ソフト開発ベンダーにとっては厳しい“お達し”ではあるが、その一方でIT業界に特需を生む可能性もある。何が売れるようになるか。その筆頭がプロジェクトマネジメント(PM)ツールだ。開発現場と収益の管理体制を強化する必要があることから、PMツールに需要が生まれる可能性がある。それを見越し、PMツールベンダーは“工事進行基準対応をサポート”を謳い文句にしたPR活動を始めている。ソフト開発企業の工事進行基準対応に拍車がかかれば、IT業界が潤うという効果が生まれるかもしれない。 前出の富士通システムソリューションズ(Fsol)は、情報サービス業向けに販売するプロジェクト管理システムを機能強化中だ。「原価比例法」による進行基準売上計算機能などを付加した製品を3月中旬に売り出す。PR活動では、プロジェクト管理体制の構築を指揮した長谷川経理部長を講師に、セミナーを積極開催して好評を得ているという。
三田宏一・情報サービス本部統括部長兼第二情報サービス部長は、「昨年夏頃に開催していたセミナーでは大好評を博して、会場は常に満杯だった。現時点では、景気後退の影響で昨年ほどではないが、ユーザーは依然継続的に投資を検討している」と手応えを感じている。
Fsolだけではない。パッケージソフト開発およびSIのシステムインテグレータ(梅田弘之代表取締役)も自社のSI事業におけるプロジェクト管理ノウハウをもとに、昨年11月にPMツールを発売した。
「原価比例法」と「EVM」、どちらの手法でも原価管理できることを武器に拡販中で、梅田代表取締役は、「反響はかなりよい。すでに内示を含めて10社ほど受注しており、上場企業2社で本番稼働している」と、上々の滑り出しに満足している様子。今後は、CMMI(ソフト開発能力を測る指標)のコンサルティング会社やプロジェクトマネジメントに関する研修を手がける企業との提携などを進め、販売網を広げる予定だ。発売後3年間で6億円の売り上げを目指すと鼻息が荒い。
一方、大規模案件向けのツールを展開する日本コンピュウェアは、3月中旬に新版投入を予定している。藤原祐之・営業技術本部第二システム部ビジネス・ソリューション・コンサルタントは、「工事進行基準への対応をサポートできることをしっかりとPRしたい。完全に工事進行基準対応と謳うことは当社も含めてすべてのベンダーができないだろうが、誤解を与えない範囲内で貢献できることを伝えたい」と追い風を感じている。
これらのツールベンダー以外にも「工事進行基準対応」を製品の謳い文句にしているツールベンダーは数多い(図4参照)。

“期末追い込み営業”が減る!?
大手SIerが影響を予測
大手のSIerは工事進行基準をどう捉えているのか。SIerのビジネス形態や規模、会計処理に対する考え方によって、工事進行基準の影響度合いは異なる。影響が大きいのは、プロジェクト1件あたりの規模が大きく、多くの協力会社を抱えて開発に当たる場合。年度をまたぐ大規模プロジェクトでは、売り上げを押し上げる可能性があるケースもあるようだ。また、期末の追い込み営業が減るのではないかとみる向きもある。 売上高1兆円を超える国内SIer最大手のNTTデータ。同社は、来年度(2010年3月期)から工事進行基準を適用するスケジュールで調整中だ。同基準に移行することで、NTTデータでは来年度、前年度に比べて数百億円規模で売上高の押し上げ効果が期待できると見ている。前述したように、同基準では売上高や利益を分散計上する。そうなると、これまで一括で計上していた金額が四半期ごとに小出しに出てくる。年度をまたいで進む開発プロジェクトでは、金額が二つの年度に区分けされて計上されることになるのだ。年度をまたぐ大型プロジェクトの比率が多いと、来期の売上高を押し上げる力が強まる。
塩塚直人・取締役財務部長は、「具体的に(来年度の業績に)どれほどのインパクトがあるのかは、はっきりみえない」と前置きするものの、年度をまたいだ大型プロジェクトが多い同社の特性上、「影響が出る」ことを否定しない。
企業業績を正確に表すという観点からすれば、工事進行基準の役割は大きい。現状では、納品や検収が期末日から1日遅れるだけで、その年度の売り上げや利益は大きく変動する。企業の実態を正確に表しているとは言えず、「株主や投資家をミスリードしてしまう危険性がある」(シンプレクス・テクノロジーの金子英樹社長)との声もある。
ビジネスの進捗状況に即した形で財務諸表を作成することは、株主や投資家だけでなく、SIerにとってメリットにもなる。従来は、年度末までに少しでも多くの売り上げをあげようと“期末大バーゲンセール”のような駆け込み納品・検収が多々あった。だが、今後はシステムの完成度に応じて売り上げや利益を計上できるため、「無理矢理完成させて“顧客へ押し込む”ようなことは大幅に減る」(大手SIer幹部)と期待する声も聞こえてくる。
ガバナンスの強化など、工事進行基準の仕組みが完全に回り始めるまでの負担は少なくない。SIerのなかには、受注・開発し、ユーザー企業へ納品・検収する一連の流れを、どこまで正確に把握できるかを懸念する声が聞かれる。すでに工事進行基準を適用している建設業はビルの道路などの成果物が目に見えるので管理しやすいが、「ソフトウェアは目に見えない分、手間がかかる」(同)。しかし、いったん回り始めれば、株主や投資家、SIer、ユーザー企業それぞれがメリットを享受できる制度と前向きに捉えるべきだろう。
「工事進行基準」をソフト開発事業にも適用する――。2007年暮れに突きつけられた、そんな予期せぬ難題にソフトウェア開発ベンダーは混乱し翻弄され続けてきた。売上高の分散計上を求める内容で、従来型会計処理の見直しを余儀なくされるだけでなく業務改革も必要になる。「四半期決算情報の開示や『J-SOX法』対応作業でそれどころではないのに……」。そんな悲鳴も聞こえる。まさに二重苦、三重苦をもたらす“お達し”だ。そんな状況を尻目に、今年4月1日以降に開始する事業年度から同基準が事実上義務づけられる。本特集では、工事進行基準を改めて説明するとともに、ソフト開発ベンダーの対応事例、そして会計専門家の助言、好機とみて動き始めた対応支援ツールベンダーの現状を俯瞰する。
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