採用
「人材獲得にかける熱意がほとばしる」
逆風下でも業績を伸ばす企業は、人材獲得の段階から異彩を放っている。大企業向けERP(統合基幹業務システム)パッケージソフトベンダーのワークスアプリケーションズは、売上高の約1割を採用関連に投じる。同社の上半期(08年7-12月期)の連結売上高は、前年同期比12%増の106億円。このうち学生向けの新卒採用セミナーや経験者向けの中途採用活動などの費用として、約10億円を計上している。08年夏に開催したセミナーの参加学生数は、07年の約1.5倍の1922人に拡大。中途採用向けの広告宣伝も積極的に展開した。
ワークスは大企業向けにカスタマイズ不要の完成度の高い会計や給与システムで急成長してきた会社だ。競合がひしめくERP市場でシェアを伸ばすことができたのは、在学中の成績がトップクラスの優秀な学生を採用してきたからにほかならない。今でこそ知名度が上がったものの、同社の過去13期中、人手が足りたのは「わずか1~2期にすぎない」(牧野正幸CEO)と、採用には苦労の連続だった。セミナーの開催や大規模なインターンシップ制度を導入するなどして優秀な学生の採用に努めてきたことが、不況下でも売り上げを伸ばす原動力になっている。
今年に入って今年度(2009年3月期)の連結売上高を10%近く上方修正した金融ハイテクベンチャーのシンプレクス・テクノロジーは、10年4月入社組に向けて学生対象のセミナーを精力的に開催中だ。09年4月に65人ほど採用する予定であるのに対して、10年4月は100人の採用を目指す。これに向けて計75回のセミナーを開催する計画で、「これまですでに30回ほどこなした」(金子英樹社長)と、社長自ら全国を奔走。成績のよい学生に狙いをつけ、1回のセミナーは30~40人ほどの定員に絞る。そのうえで実際に採用するのは1~2人と、狭き門を突破した優秀な人材だけを採用する。
大手企業が10年4月入社者の採用を抑制する動きをみせるなか、人材を最重要視するワークスやシンプレクスにとっては願ってもない状況である。優秀な人材を獲得するチャンスだからだ。ワークスは10年4月入社の採用枠を前年比1.5倍に増やす。これまで人手不足で開発が遅れ気味だったSCM(サプライチェーン管理)システムの開発を加速させることで、景気が底を打ったあとの競争に勝ち残る考えだ。
育成
「“3年3割”、魔の期間」
新卒採用後の3年間は、人材育成にとって最も重要な時期である。新卒入社後の3年間は退職率が高まりやすく、3年間の累計退職率が30%に達する「3年3割」と言われる魔の期間だ。採用から育成にかかる費用は1人あたり平均500万円とされ、本格的な戦力になる前に退職されるのは企業にとって大きな損失になる。
IT業界は人材の流動性が大きい業種といわれ、若年層の退職率をどう抑えるかが育成のカギになる。日立情報システムズで人材育成を担当する川畑仁専務は、「昔は徒弟制度みたいなもので、自分の背中を見せながら教えてきたが、今の若者には通用しない」と実感している。飲み会を通じて信頼関係を深める“飲みニケーション”や、部課単位で家族を交えての旅行や運動会の開催も「もはや絶滅寸前」。若手の感覚との行き違いから退職につながるケースが後を絶たない。
そこで打ち出したのが社内SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の活用だ。ミクシィなどで普及したSNSと同様の仕組みを社内に導入し、技術分野ごとにコミュニティを形成。SNSや掲示板などネット上でのコミュニケーションに慣れた若者に受けがよく、約30のコミュニティで活発な交流が行われている。組織の枠を超えて、現代風のコミュニケーションスタイルを積極的に導入することでモチベーションの向上に結びつけている。
退職率を低減させるうえでもう一つ重要なことは、ダイバシティ(多様な人材の力を活かすこと)への取り組みだ。近年では主に女性が働きやすい環境を整備することに重点が置かれており、結婚や出産による退職を防ぐ仕組みづくりが活発化している。日立ソフトウェアエンジニアリングや伊藤忠テクノソリューションズなど大手SIerは会社としてダイバシティ・マネジメントに意欲的に取り組むことで成果を上げる。若年層や女性の満足度を高めモチベーションを向上させることが、人材育成を支えるベースになる。
評価
「若者がどんどん辞めていく」
今年2月、日本能率協会の第28回能力開発総合大会で、日立ソフトは「能力開発優秀企業賞」の表彰を受けた。人材育成と組織活性化を成し遂げた企業に贈られる賞である。
同社は2004年度の業績悪化で、早期退職制度の適用で単体ベースの社員数(当時)の約3%に相当する140人ほどをリストラ。過去に人員整理の経験がほとんどない同社社内は混乱し、モチベーションの低下を招くことになった。最悪の状況のなかで、人材育成の在り方を一から見直し、能力開発優秀企業の表彰を受けるまでの仕組みをつくった。
若い人がどんどん辞めていく状況をどうにかしなければ──。リストラ後の人心荒廃からくる若年層の退職をみて、日立ソフト人事部の藤村幸生・専任部長は愕然とした。そこで思い至ったのが、「人事制度は人材育成のためにある」という発想の転換である。社員を管理する人事施策ではなく、“人財”を管理し、能力を伸ばすサービスを充実させることに力点を置いた。(詳細は次ページに)
[次のページ]