エネルギー分野に熱い視線が注がれている。2016年4月に予定されている電力小売りの全面自由化をきっかけに、「向こう10年、20年のビジネスにつながる」と、規制緩和に詳しいSIer幹部は期待を高める。折しも今年は通信自由化30年の節目。通信と並んで重要な社会インフラである電力やガスの規制緩和は、これまで重電系など特定のITベンダーによる閉鎖的なビジネスだった領域が、自由化によってエネルギー業界と接点の少なかったSIerにも大きなビジネスチャンスをもたらす可能性があるのだ。(取材・文/安藤章司)
●75万個から7750万個へ拡大 1985年の通信自由化によって、NTTグループはグローバルカンパニーへと成長し、ソフトバンクという世界有数のIT会社が誕生した。情報サービス業界に限ってみても、NTTデータは従業員約7万人のうち過半数は海外社員が占め、NTTコミュニケーションズは世界各地でデータセンター(DC)を展開。通信システムや通信エンジニアリング、ネットワークなどに強い伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)や京セラコミュニケーションシステム(KCCS)、インターネットイニシアティブ(IIJ)などのプレーヤーがチャンスを掴んでビジネスを大きく伸ばした。
電力小売りの全面自由化は、これまで企業向けの販売(B2B)だけに限られてきた範囲が、一般消費者(コンシューマ)向けの販売(B2C)に拡大することを意味している。経済産業省の資料によれば、電力メーターの設置個数(≒契約件数)ベースで比較すれば、B2B領域は約75万個なのに対して、B2C領域は約7750万個とケタ違いに多い(図1参照)。これをきっかけとして、将来、NTTやソフトバンクのようなグローバル企業が電力の分野から誕生するかもしれない。電力会社は資本力もあり、優秀な人材の宝庫でもあることから、あながち飛躍した論理とは言えないはずだ。
また、B2BとB2Cのビジネス形態は大きく異なるのが常で、現行のB2B領域でビジネスを手がけている新電力(特定規模電気事業者=PPS)が、そのままB2Cでもシェアを伸ばせるかといえば、「恐らくそうはならない」と、電力ビジネスに詳しいSIer幹部はみている。私たち情報サービス業界で当てはめて考えれば、B2Bで抜群の強さを誇るNTTデータのような会社が、FacebookやGoogleのような一般消費者向けのビジネスでも同様に強さを発揮できるかといえば、やはり難しいといわざるを得ないのと同様だろう。
したがって、B2Cビジネスに強い携帯電話会社やインターネット会社、流通・小売業などが新電力の新規プレーヤーとして頭角を現してくる可能性がある。SIerはこうした新電力に向けたシステム商材の拡充を意欲的に進めており、例えば、ITホールディングスグループのTISは電力事業の新規参入企業をターゲットに電力業務システム構築を体系化した「エネLink(エネリンク)」、関西電力グループの関電システムソリューションズは電力小売り会社向けの顧客管理や料金計算システムの「NISHIKI(ニシキ)」、東芝ソリューションはオーストラリアのIT会社が開発した顧客管理・料金計算パッケージ「PEACE PLUS(ピースプラス)」の国内販売を始めるなど、続々と新商材を投入している。
●B2Cに強い新電力が有利 いくらB2Cに長けた会社でも、さすがに「あしたから電気を売れ」といわれて、すぐに売れるものではない。顧客管理(CRM)や営業支援(SFA)システム、料金照会や料金シミュレーションといったユーザーとの接点となるポータル(窓口)サイトなどについては、汎用的なシステムを応用したり、あるいはすでに自社で保有しているシステムを改良して使う余地は大きい。だが、電力特有の料金計算──「CIS(Customer Information System)」と呼ばれる部分や、電力需要を予測して、その予測量と同じだけ前もって電力を購入する「同時同量(バランシング)」については、新たに調達する必要がある。
SIerの新電力向けビジネスは、まずは「料金計算(CIS)」と「同時同量(バランシング)」を押さえ、これに付随するかたちでCRMやSFA、これらシステムを稼働させるデータセンター(DC)やBPO(ビジネスプロセス・アウトソーシング)、ヘルプデスクなどの受注を目指すことが多い(図2参照)。
では、実際のところ全国10社の既存大手電力会社に新電電が立ち向かって、ビジネスとして成り立つのかという素朴な疑問が湧いてくる。いくらB2C領域に強いといっても、電気そのものは既存の電力会社から購入する部分が大半を占めることを予想され、「最終的には発電と送電設備を保有している会社が強い」(SIer関係者)との見方もある。新電電のビジネスが立ち上がらなければ、SIerがいくら商材を揃えたところで、ビジネスとしてのうま味は限られたものになってしまう。
そこで注目されているのが“クリームスキミング”現象である。クリームスキミングとは、ビジネスとしてうま味のあるところだけ食指が動く“おいしいとこ取り”のことだ。通信自由化では「圧倒的なシェアをもっていたNTTが、クリームスキミングでシェアを奪われていく過程そのものだった」(NTT系SIer幹部)と振り返る。次ページ以降に詳報する。
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