ベンダーの取り組み
クリームスキミング
既存電力会社は防戦を強いられる
電力小売りの全面自由化は、すなわち新規参入事業者に対して“クリームスキミング(おいしいとこ取り)”を認めることにほかならない。営業効率がいい大都市圏に集中し、コストがかさむ離島や山間部は既存の電力会社に任せる動きが出てくる可能性が高く、逆にそうでなければB2C領域の電力小売りに参入する魅力がなくなってしまう。通信自由化のときがそうであったように、既存の電力会社は防戦を強いられることになる。
●新電力会社の「草刈り場」 
NI+C
廣瀬雄二郎
社長 NTTと日本IBMの折半出資のSIerである日本情報通信(NI+C)は、電力小売り全面自由化をきっかけに、既存電力10社、新電力ともに「システム需要が高まる」(廣瀬雄二郎社長)とみている。廣瀬社長はNTT西日本の常務を務めていた経験から、「規制緩和で攻めるほうと、攻められるほうの心理はよくわかる」と話す。通信も電力と同様に全国津々浦々にサービスを提供しなければならないユニバーサルサービスであり、山間部や離島が多い日本列島は、採算が合いやすい場所とそうでない場所の差が激しい。既存電力会社がいくら巨大な発電設備をもっていたとしても、大都市部を中心とした営業効率がいい市場は、新電力会社の格好の草刈り場になる。
電力小売りのB2C市場(前ページ参照)において、既存電力は全国10の地域をそれぞれ地割りしていたため“顧客を獲得する”という仕組みがなかった。このままでは大都市部を中心に、新電力から一方的に顧客を奪われるだけになりかねない。これを防ぐにはCRM(顧客管理)やSFA(営業支援)システムなどを導入し、マーケティング機能を抜本的に強化する必要がある。B2Cビジネスに長けた会社ならば、すでにCRMやSFAを駆使しており、こうした会社が新電力として参入してくると既存電力は苦しい防戦を強いられることになる。NI+Cは、マーケティングや顧客分析システムなどを既存電力、新電力の両方に提案していくことで、「電力会社向けビジネスを当社の主力ビジネスの一つに育てていく」(廣瀬社長)という構えを示す。
ただ、B2C領域での小売り自由化となる2016年4月以降、どれだけの速度で既存電力と新電力の競争が進展するのかについては、SIerやITベンダー幹部らの見方は分かれる。電力の場合、各世帯までの送配電は、既存電力会社のものを使えるので、通信自由化のときのような“ラストワンマイル”で四苦八苦することはない。だが、電力事業の最大の特徴ともいえる「同時同量(バランシング)」の問題を解決するには、スマートメーターの普及を待たなければならず、このスマートメーターが完全に普及するには2022~23年頃までかかるとみられている。
さらに2020年をめどに既存電力会社の送配電部門を別会社化し、中立性・独立性を高める方針が国から出されている折り、東京電力ではこれに先立って2016年4月に「小売電気事業」と「一般送配電事業」「燃料・火力発電事業」の三つの事業会社を傘下におさめる持ち株会社(ホールディング)体制へと移行する予定だ(図3参照)。
●大手外資勢が気を吐く 電気は貯蔵しておくことができないので、発電(供給)と消費(需要)を常にバランスさせる必要がある。既存の電力会社は自社の需給バランスを管理するだけで済んだが、新電力が本格的に小売りを始めるとなると、あらかじめ「これだけ発電してくれ」と、電源(発電所)をもつ電力会社に伝える必要がある。「これだけ発電してくれ」の「これだけ」を正確に掴むために欠かせないのがスマートメーターだ(図4参照)。

日本オラクル
田積まどか
室長 スマートメーターは現時点では30分ごとに電力の使用量を小売り会社に伝え、もし予測していた需要を超えそうな場合は、(1)電力消費を抑制するようユーザーに要請するか、(2)追加で電気を購入するかの二択を迫られるとされる。先の震災による原発事故直後の緊急時には、実際に(1)を選択し、工場や鉄道会社など大口需要家に電力消費の抑制を要請したり、一般家庭に節電を呼びかけたことは、まだ記憶に新しい。だが平時において、しかもB2C領域で(1)を選択するのは困難であることから、(2)の追加購入を選ぶことが想定される。
(2)の場合は、あらかじめ予約しておいた電気の卸値よりも割高で購入するのが一般的であり、海外の事例では「1年前価格」「1か月前価格」「1日前価格」「5分前価格」などと「細かく価格が分かれている」(電力ビジネスに詳しい日本オラクルの田積まどか・電力システム改革推進室室長)というケースが多い。一般的に追加購入が直前になればなるほど、ペナルティの意味合いも含めて値段が高くなる。「5分前価格は、1年前価格に比べて100倍高く設定されることもある」(田積室長)といい、小売業者は需要予測をいかに的中させるかが収益の分かれ目になる。
国内の場合は、当面、スマートメーターによって30分単位の需要と供給をバランスさせればいいことになる見通しだが、いずれは需要予測の精度を高め、限りなくリアルタイムで需給バランスを成り立たせる解析システムと、ユーザーの生活スタイルに合わせたきめ細かな料金体系の二点が、新電力の成長を大きく左右するとみられる。この二点を実現するシステムで世界をリードしているのが米オラクルと独SAP、ベルギーのフェランティ・コンピューター・システムズ、オーストラリアのハンセン・テクノロジーズなど外資勢である。フェランティは日立グループ、ハンセンは東芝グループがそれぞれ国内での販売を手がけている。
●即応力のある料金体系がカギ 
日立システムズ
パワーサービス
田子友延
常務執行役員 日立グループと東京電力の合弁会社である日立システムズパワーサービスは、「あしたから電力会社を始められる」(田子友延常務執行役員)をコンセプトに開発したパッケージソフト「ePower Cloud(イーパワークラウド)」シリーズを製品化。東電の電力業務のノウハウと、ベルギーのフェランティ社が開発する「MECOMS(メコムス)」を組み合わせて新電力に向けたビジネスを本格的に立ち上げている。
オラクルと並んで電力会社向けの業務アプリケーションに強いSAPは、世界の電力会社およそ2700社にシステムを納入してきた実績をもち、料金計算や需給予測のノウハウを蓄積してきたという強みをもつ。B2C領域の電力小売りでは、激しい競争が繰り広げられることは必至で、ライバルが優位性のある料金体系を打ち出してきたら、すぐに対抗策を打ち出さなければ負けてしまう。SAPでは旧来の手組みのシステムでは3~6か月かかった料金体系のシミュレーションや変更を「早くて数日、どんなに時間がかかっても数週間で柔軟に変えられる」(SAPジャパンの佐藤知成・バイスプレジデント)と“実戦”で鍛え上げられた即応力を前面に打ち出す。

SAPジャパン
佐藤知成
バイスプレジデント 携帯電話会社の料金体系をイメージするとわかりやすいが、基本料金にオプション料金、割引、特典、2年縛り、解約料などを複雑に組み合わせ、素人ではまず理解できないほどだ。契約期間を縛ったり、ライバルが100円安くすれば、顧客を奪われないようにすぐに対抗策を打ち出したり、他社から自社へ乗り換えを促進するための期間限定での割引。電気に置き換えれば、例えば家族構成や住んでいる地域、生活スタイルなどに合わせて細かな料金設定をして競争優位性を出すことになろう。これに同時同量の需給予測を重ね合わせることになるので、相当に高度なシミュレーションやビッグデータを活用した分析能力がシステムに要求される。
●100万契約以上は5~6社か 
TIS
石本和寿
副事業部長 電力会社向け業務システム「エネLink(エネリンク)」シリーズの拡充を進めるTISでは、激しい競争の結果、電力メーター設置個数ベースで全国約7750万個のうち、100万契約以上を獲得する新電力は5~6社、10万~100万契約は20~30社に集約されると分析。100万契約以上の大手新電力向けにはプライベートクラウドやオンプレミス(客先設置)型でシステムを提供し、中堅・中小の新電力向けには初期投資負担が少ない「クラウド型、またはハイブリッド型で提供する」(TISの石本和寿・エネルギーセクタービジネス事業部副事業部長)ことでシェアを伸ばす方針を示す。
通信自由化と同様、電力自由化も10年あるいは20年の中長期のスパンで激しい競争が展開されることが予想される。SIerをはじめとするITベンダーは、自社の顧客が競争に打ち勝ち、より多くのIT投資をもたらしてくれるよう、最善を尽くすことが求められている。
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