業務での利用が一般化して久しい無線LANだが、オフィスではスマートデバイスやBYODの導入が進み、店舗や公共施設ではゲストアクセスのニーズが高まるなど、求められる要件はここ数年で大きく変化している。現代の組織に求められる無線LANのあり方、そして無線LANを活用した事業機会創出の可能性を探る。(取材・文/日高 彰)
●モバイル機器の浸透が
無線LAN普及を後押し 10年ほど前からノートPCの内蔵機能として標準搭載されるようになった無線LAN。設定の複雑さ、不安定な機器やドライバーソフト、不具合発生時の原因切り分けの難しさ、そしてセキュリティ面での不安などから、当初は業務での活用がなかなか広がらなかったが、いつの間にかオフィスのインフラとしてはあたりまえの存在となり、今では業種や用途を問わず幅広く利用されている。
普及の理由としては、端末のOSが無線LAN機能を標準サポートするようになって使い方が簡単になったことや、より高度な暗号方式・認証ソリューションの登場、安定性の向上といった、無線LAN製品自体や技術の進化が挙げられる。
しかし、それと同様に、あるいはより強力に無線LANの普及を後押ししたのが、モバイル情報端末の急速な浸透だ。とくに、日本でも2008年にiPhone、2010年にiPadが発売され、スマートデバイスを活用した生産性向上が叫ばれるようになると、端末を業務システムと接続するためのネットワークとして無線LANが必須になった。
台数の伸びは鈍化しつつあるものの、業務上で使用されることの多いタブレット端末は今なお出荷数を増やしている(グラフ参照)ほか、今後の拡大が確実視されるM2M/IoT分野でも、無線で接続される新たな端末やセンサが次々登場している。アクセスポイントにぶら下がる機器の数は増える一方であり、ビジネスインフラとしての無線LANの重要性がさらに高まっている。
また、「2020年までに生徒一人1台のタブレット」の政府方針が掲げられている小中学校や、電子カルテやネットワーク対応医療機器の導入が進む病院では、新規に無線LAN環境を整備する案件が増えている。
●無線依存業務の拡大で
コストの必然性を認識 今では無線LANがすっかり身近な存在となった。それはそれで喜ばしいことだが、問題も生じている。構築・運用の難易度を見誤って痛い目に遭うケースも少なくないからだ。

シスコシステムズ
田村康一部長(左)と荒谷渉シニアセールススペシャリスト 例えば、宿泊客向けにインターネットアクセスを提供するホテル。無料サービスなのでコストをかけられないため、OA機器販売業者から購入したコンシューマ向けの無線アクセスポイントを使用していた。最近、宿泊客から「ネットが遅い」という苦情が寄せられるようになったので、アクセスポイントをさらに買い増して設置。すると、状況が改善するどころか、「つながらない」「不安定ですぐ切れる」といった苦情がさらに増加してしまった──複数のアクセスポイントから発せられる電波同士の干渉で起こる典型的なトラブルだが、必要に迫られてとりあえず無線LANを使えるようにした、という事業所ではこのような事態が発生することも少なくない。
このほか、複数の通信機器ベンダーに取材してみたら、多数の端末が接続した場合に帯域ではなくアクセスポイントの性能に起因する速度低下が発生する/室内に移動する端末が現れると他の静止状態の端末まで通信が不安定になる/近所から飛び込んでくる電波のせいで特定の時間帯に接続できなくなる──など、目に見えない部分での不具合は枚挙に暇がないことがわかった。
企業向け無線LAN機器最大手、シスコシステムズの田村康一・エンタープライズネットワーキング事業ユニファイドアクセス部部長に、無線LAN市場のトレンドをたずねてみた。田村部長は、「シスコ製品はエンタープライズ向けというイメージをもたれることも多いが、コンシューマ向けアクセスポイントなどエントリクラスの機器からのリプレース需要も増えている」と話し、これまで企業向けの高性能な機器や導入サービスが求められることが少なかった中小規模の事業所からも需要が増えている現状を説明。企業向け無線LANソリューションを必要とするユーザーの広がりを実感しているという。
無線LANの導入当初は、席から離れてもグループウェアを閲覧したいといった程度の要件だったのが、有線よりも便利な無線をプライマリネットワークとして使いたい、来客に対してタブレット端末の画面を見せながら商品説明をしたい、ゲストにより高いホスピタリティを提供したい、といった具合で無線LANへの依存度が高まってきた。それにつれ、一定のコストをかけなければ社員や顧客のニーズを満足できないという認識が広まっている。
法人向けソリューションとして提供されている無線LAN製品の多くは、アクセスポイントとそれを管理するコントローラーで構成されており、単に通信機器としてのキャパシティが高いだけでなく、アクセスポイントや接続端末の集中管理、認証システムとの連携、製品によっては電波干渉を防ぐためのアクセスポイントの協調制御といった機能をもっている。加えて、ベンダーや販売パートナーは電波伝搬を実地調査してアクセスポイントの適切な配置を設計するサービスを提供している。
1人の社員が3台4台のデバイスを同時に使用するのも珍しくない昨今、モバイル機器をからめたシステムの力を十分発揮するには、業務向けにきちんと設計・管理された無線インフラが求められる。
●インバウンド対応で
投資を一石三鳥に もう一つ、無線LANのニーズが高まっている要因として見逃せないのが、急増する訪日外国人旅行者への対応。いわゆる「インバウンド需要」の取り込みだ。
2011年に観光庁が外国人旅行者を対象に行った調査では、日本を旅行中に困ったことのダントツ1位が「無料公衆無線LAN環境の不備」だった(表参照)。日本の携帯電話契約がない外国人旅行者は、観光情報を調べたり、SNSに写真をアップロードしたりするため、外出先でのインターネット接続環境を渇望している。
飲食店やショッピングセンターが無線LANを提供すれば、インターネットを目的とする旅行者の集客が図れるだけでなく、食事や買い物などその場で得られた体験がネットに投稿されることによるPR効果も期待できる。このため、商業施設、交通機関、公共施設などさまざまな場所で観光客向けの無線LANサービスの提供が開始ないし検討されている。
また、携帯電話各社がLTE導入以降パケット定額制を廃止したことで、一般消費者の間でも「今月は残りのデータ通信量が少ないから、なるべくWiーFiを拾って使おう」といったように、通信量をなるべく節約しようという意識が広がりつつある。快適な無線LAN環境の整備は、結局のところ旅行者だけでなく、すべての顧客に対するサービスレベルの向上につながる。また、モバイル端末を使った業務のインフラとしても活用できるわけで、一石で二鳥、三鳥の効果がある投資になり得る。
とはいえ、当然のことながら導入と運用・管理にはそれなりのコストがかかる。以下、無線LANのコストを圧縮、あるいは無線LANを収益の源泉に転換しようとする各社の取り組みを紹介する。
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