運用コストをいかに抑えて
リターンを得るか
今や重要な業務インフラとなった無線LAN。それなりの投資をしなければ満足な品質が得られないとはいえ、できるだけコストは抑えたいもの。初期費用や管理の手間を減らす手段として有効なのは、ここでもクラウドだ。また、顧客に無料で提供する無線LANサービスを、マーケティングツールとして生かす提案も盛んになっている。
●クラウドサービスで
「持たないWi-Fi」を実現 前ページで触れた通り、法人向け無線LANのインフラではアクセスポイントを管理・制御するコントローラの存在が前提となる。しかし、情報システム部門の人員に余裕のないユーザーの場合、とにかく運用対象のシステムはこれ以上増やしたくないという切実な要求がある。大企業でも、支社や各店舗にはシステム管理者が常駐していないケースは少なくない。
このようなニーズに対して各社が最近提案を強化しているのが、コントローラの機能はクラウドサービスとして提供し、ユーザー拠点に設置したアクセスポイントをインターネット経由で管理する「クラウド型無線LAN」ソリューションだ(下図参照)。
シスコシステムズ製品の国内販売を手がけるネットワンパートナーズでは、シスコ傘下の米Meraki製アクセスポイントを活用した「MerakiおまかせWi-Fiサービス」を展開している。アクセスポイントはレンタル、コントローラ機能はクラウドサービスとして提供されるので、無線LANインフラをアクセスポイント数に応じた月額制サービスとして利用でき、ユーザー側でのコントローラの導入・運用は不要となる。さらにヘルプデスクサービスも合わせて提供し、端末の設定がわからない社員への対応をネットワンパートナーズ側で代行する。
ネットワンパートナーズの木下哲哉・マーケティング&ビジネス開発部第1チームエキスパートは、「多店舗展開する流通・飲食店などでも、業務用端末や顧客向けインターネットアクセスのインフラを短期間で構築できる。そのような業態では現場にはIT管理者がいないが、アクセスポイントのパスワードやセキュリティポリシーなどは本部から一括管理できる」と話し、とくに複数拠点にわたる無線LAN構築では大きなメリットが得られると説明する。加えて、初期費用や運用の手間を大幅に低減できることから、1拠点での導入でもクラウド型を検討する例が増えているという。また同社では、パートナー企業が月額制無線LANサービスを提供するためのソリューションとしても、Meraki製品の販売を行っている。

ネットワンパートナーズ
木下哲哉エキスパート(左)と鎌田宏一エキスパート 企業ネットワーク構築で経験豊富なNECネッツエスアイも、同社データセンターでコントローラーの運用を行うクラウド型無線LANの引き合いが増えているという。アクセスポイントを含むネットワークの稼働状況の常時監視や、エンドユーザーからの問い合わせへの対応など、無線LANが入っても現場の仕事が増えない点が評価された。オンプレミス・買い切り型で整備したほうがトータルの支払い額は安くなるケースでも、運用の手間や保有する固定資産を減らせるメリット、将来的なアクセスポイントの増減対応などを重視し、クラウド型がより注目される傾向にあるという。
●ユーザー位置を
マーケティングに活用 商業施設などでは顧客サービスとしての無線LANニーズが高まっているが、エンドユーザーの間では「Wi-Fi=無料」のイメージが定着しており、利用者からインターネット接続料金を徴収して無線LANの導入費用を回収するというモデルは現実的ではない。無線LAN投資の原資をどのように工面するかという課題に応えるため、無線LANを活用したさまざまな収益性アップの仕組みが提案されている。

32素子のアンテナで測位精度を高める「Hyperlocationモジュール」(周囲のリング状部分) NECネッツエスアイは、昨年9月、伊豆箱根鉄道駿豆線の駅や沿線観光地にアクセスポイントを設置し、鉄道利用客が携行するスマートフォンのアプリに情報を配信する実証実験に参画。インフラの整備と、接続したアクセスポイントに応じたコンテンツをプッシュ配信するシステム「PlusZone」を提供した。観光客向けだけでなく、プロジェクトに参画する地元商業施設からの沿線住民向けの情報も配信し、利用者の好評を得ているという。提供期間は当初半年の予定だったが、利用が堅調なことから、1年延長することになった。交通系ICカード(PASMOなど)に対応していない駿豆線では乗客の流動を把握することがこれまで難しかったが、今回の取り組みで一部ながらそれが可能となった。

NECネッツエスアイ
有川洋平システム課長(右)と高田暁洋主任 NECネッツエスアイでは今後、他の交通事業者にも提案していく考えだが、同社の有川洋平・キャリア販売推進本部ソリューションビジネス企画グループシステム課長は、「サービスの利用率を高めるためには、ユーザーに提供するアプリに魅力や利便性が求められる。これは当社だけでは実現できない部分」と述べ、ユニークな技術やコンテンツをもつパートナーを探していきたいとしている。
シスコシステムズは、店舗の無線LANインフラをマーケティングツール化するソリューションとして、「Facebook Wi-Fi」の提案を強化している。来店客がアクセスポイントに接続してウェブブラウザを起動すると、店舗のFacebookページへと転送される。お客が自分のFacebookアカウントで店舗へのチェックインを行うと、インターネット接続が利用可能になるという仕組みだ。
利用客がFacebook Wi-Fiを使える店舗にチェックインすれば、Facebook上でつながっている友人のタイムラインにも表示されるため、無線LANが利用されるたびにFacebook上で店舗がPRされる格好となる。また、Facebookページの統計情報としてユーザー属性を知ることができる。Facebook Wi-Fiの提供には対応したアクセスポイントの設置が必要となるが、シスコ製品はMerakiブランドを含む幅広い機種でこの機能をサポートしている。最近の事例としては、昨年11月にパルコが福岡の店舗をリニューアルする際にMeraki製品を導入し、ログイン方法の一つとしてFacebook Wi-Fiを採用している。
またシスコでは、無線LANの電波を利用したユーザー位置の測定精度を高める新製品として、同社アクセスポイントに追加装着する「Hyperlocationモジュール」を新たに発表した(左写真)。従来は、複数のアクセスポイントの電波強度を利用し、三角測量の要領で端末の位置を特定していたが、誤差が5~10メートルと大きかった。このモジュールを取り付けることで、アクセスポイントからみて端末がどの方向にいるかを検知できるようになるので、誤差1メートル程度まで精度が高まる。同社の荒谷渉・ユニファイドアクセス担当シニアセールススペシャリストは「流通業などで、ユーザー位置に応じた情報配信に関心をもつ顧客は多いが、棚の間隔が狭い日本の店舗では、従来方式だと隣の列の商品情報が届くといった問題があって採用が進まなかった」と話し、国内でも位置情報をマーケティングデータとして活用する提案を拡大できるとみている。
複雑化するネットワークを
一体のインフラとして管理する

アルバネットワークス
杉江智之
マーケティングディレクター 「無線LANではセキュリティ対策が重要」といわれるが、今や企業の情報システムでセキュリティと無縁な部分はない。無線LANを含むシステム全体を統合的に管理し、アプリケーションやデータを保護する観点が求められている。
今年HP傘下となった無線LAN機器大手のアルバネットワークスの杉江智之・マーケティングディレクターは「アルバ製品は、ユーザーや端末に応じたロール(役割)ベースのアクセス制御を大きな特徴としており、米国防総省にも納入されるなど、セキュリティポリシーの厳格な運用が必要な組織からも評価が高い」と話す。

アライドテレシス
盛永亮
課長 その同社が今年展開を注力する製品が、「ClearPass」という認証基盤だ。無線LANだけでなく、有線LANや社外からのVPNを通じたリモートアクセスなど、社内ネットワークへアクセスする際のすべての認証を統合することを狙いとする製品で、ファイアウォールなどのセキュリティ機器や、モバイル端末管理(MDM)など他のソリューションとの連携を特徴としている。ユーザーの場所、端末の種類、時間といったさまざまな条件に応じてセキュリティポリシーを適用できるので、同じネットワークに接続しながらもBYOD端末にはあらかじめ許可したリソース以外へのアクセスを禁じるといった制御が可能。セキュリティポリシーを厳格化すると管理者の手間が増えるばかりか、設定漏れなど、ポリシーに反する運用につながるケースも発生する恐れがある。その点、認証基盤をシステムの中心に据えてアプリケーションを制御することで、運用の手間を削減しながらポリシーの確実な運用を可能にする。
ネットワーク機器総合ベンダーのアライドテレシスは、製品ポートフォリオ全体でSDNによる運用・管理の効率化を進めており、今年、無線LANアクセスポイントの一部にもSDN対応の新ファームウェアを提供する予定だ。同社グローバルプロダクトマーケティング部の盛永亮課長は「無線LANアクセスポイントなどネットワークの末端まで含めて、現実的なコストでSDNをワンストップ提供できることが当社の強み。セキュリティなどのアプリケーションを提供するベンダーともSDN対応で連携し、ネットワーク管理の一元化・自動化を推進していく」と、今後の製品戦略を説明する。また、同社は全国に営業拠点を構えており、エンジニアが手厚いサポートを提供できる点も、とくに目に見えない無線LANの構築ではユーザーやパートナーの安心感につながっているとしている。
IEEE802.11ac Wave 2では収容効率も改善
現在、市場では「IEEE802.11ac」準拠のアクセスポイントが主流となっているが、無線LAN機器ベンダー各社は、この春からその第2世代にあたる「IEEE802.11ac Wave 2」準拠製品を相次いで発表している。Wave 2でサポートされる機能でとくに注目されているのが複数のストリームを通信の相手ごとに割り当てる「マルチユーザーMIMO」で、多くの端末が同時に通信する場合もパフォーマンスが低下しにくくなる(端末側も要対応)。今後を見越して「新たにアクセスポイントを導入するならWave 2待ち」という企業も一部存在するといい、今年後半にかけて無線LAN機器の引き合いが増える可能性がある。
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