『週刊BCN』が今号で1600号を迎えた。「1600」といえば、戦国乱世の終焉につながる“天下分け目の関ヶ原”。戦国乱世のごとく、新しい技術やプレイヤーが次々と現れ、消えていったIT業界。今後、太平の世を迎えることになるのか否か。特集では、IT業界各分野でどのような競争が、今繰り広げられ、各社・各陣営がどのような取り組みを進めようとしているのか、総力をあげて紹介する。
ERPベンダー編
大きな変革に打って出た二大ベンダー
「つくりなおし」で新たな価値を問う
基幹業務システムの分野で、クラウド、モバイル、ビッグデータ、IoTといった新しいトレンドを踏まえたイノベーションにより、市場に大きな変化が起こりそうだ。トップベンダーが、こうした環境の変化を踏まえた製品を新しくつくりなおして市場に投入するという動きが相次いでいる。SAPジャパン(SAP)は、今年2月、最新のERPパッケージ「SAP Business Suite 4 SAP HANA(S/4HANA)」を発表した。一方、近年はSAPを追いかけるかたちとなっていた日本オラクル(オラクル)も、今年1月に、「Oracle ERP Cloud」を日本市場に本格投入した。ERP市場のゲームチェンジを本気で狙っている。(取材・文/本多和幸)
●SAPが世に問うHANAネイティブな新ERP SAPのS/4HANAは、従来のメイン商材である「SAP ERP 6.0」や、これを含む「SAP Business Suite」の進化の延長上にある製品ではない。SAPが全製品の共通プラットフォームと位置づけるインメモリデータベース「HANA」上に一から構築した製品で、次世代のビジネススイートとして、23年ぶりに全面刷新したものだ。HANAは、OLTP(オンライントランザクション処理)とOLAP(オンライン分析処理)を両方サポートするインメモリDBであることから、S/4HANAは、トランザクション処理、データ分析の両方が従来より大幅に高速化された。とくに、データ分析の高速化が実現したことにより、経営の意思決定をサポートする情報をリアルタイムに提供できるようになったのが大きなポイントだ。さらに、HTML5によるマルチデバイス対応のUI「SAP Fiori」も導入し、ユーザーフレンドリーなインターフェースや、使い勝手を実現した。
現在、機能モジュールとしてすでに世に出ているのは、S/4HANAの発表に先駆けて、これを構成する個別ソリューションの一つとして14年12月にリリースした財務・会計パッケージの「Simple Finance」のみだ。オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドの3形態で提供している。年内には、Simple Financeに続くソリューション「Simple Logistics」もリリースする予定だ。これは、「単なる物流ではなく、財務会計と人事管理を除いたERPの機能全部を網羅した製品になる」とのことで、SAPもSIerなどのパートナーも、S/4HANAの需要が本格化するきっかけになる製品だと期待を寄せる。
ただし、「レスポンスが速く、使いやすくなった」というだけでは、基幹業務システムを刷新するための大規模な投資をユーザーに促すことは難しい。SAPがS/4HANAで、従来のERPとは抜本的に異なる価値として訴求したいのは、基幹系の周辺システムや情報系のシステムのみならず、ユーザーの外部とも、HANAというプラットフォームを介してつながり、データドリブンな経営を実現できるということだ。SAPの担当者は、「IoTに代表されるように、人、モノ、金、企業など、あらゆるものがデータでつながる世界を、HANAという同一のプラットフォーム上で基幹システムとシームレスに連携させることが、S/4HANAでようやく可能になった。これにより、ビジネスのかたちは大きく変わる。製造業なら、エンド・トゥ・エンドでデータをリアルタイムに活用することで、大量生産品とほとんど変わらないコストや納期で個別ニーズに対応したものづくりができるようになる」と説明する。
一方、とくにSAPの既存ユーザーにとっては気になるであろうポイントもある。「HANAネイティブ」な製品として開発されたS/4HANAのデータベースは、半ば当然のことながら、HANAに限定されることになる。しかし、HANAは歴史が浅い製品であり、SAP ERPの基盤としては、オラクルの「Oracle Database」をはじめとする他社DBが圧倒的な多数派を占めている。つまり、既存ユーザーがS/4HANAを使うには、DB移行が必須になるのだ。SAP側は、他者DBを排除しようとした意図はなく、目指す製品コンセプトをHANAでしか実現できなかったと説明するが、いずれにしても、SAPの戦略が、既存ユーザーに大きな決断を迫るものであることは間違いない。
結局のところ、S/4HANAの成功は、その新しい価値をどれだけ市場に受け入れてもらえるかにかかっている。SAPはすでに、Simple Logisticsの発売に先駆けて、いくつかの先進ユーザーやパートナーと、そうした事例づくりに取り組んでいる。従来のSAP製品も、2025年までサポートすると発表しており、ユーザーが価値を見極める時間もある程度残されている。SAPとしては、S/4HANAが投資に見合う効果をユーザーにもたらすことを証明してくれるような事例を、できるだけ早く幅広い分野で構築したいところだ。
●オラクルは従来製品の“いいとこ取り”をクラウドで 一方で、ERPのライバルであり、S/4HANAによりDBの顧客もSAPに奪われる可能性も出てきたオラクルは、SAPの戦略をむしろ自社にとってのチャンスとみて、ERP市場のゲームチェンジを本気で狙っている。DB移行に大きなコストと労力がかかることを考えれば、ERPそのものを乗り換えるユーザーを獲得しやすくなるとみているのだ。そのための大きな武器と位置づけるのが、今年1月に日本市場に本格投入した「Oracle ERP Cloud」だ。S/4HANAと同じく、従来のERP製品をアップデートしたものではなく、一からつくった新製品だ。
従来のオラクルのERPとしては、大企業向けで大きなシェアをもつ「E-Business Suite(EBS)」のほか、2005年にピープルソフトを買収してラインアップに加えた「PeopleSoft」、そして「JD Edwards EnterpriseOne」の3製品がある。米オラクルは、ピープルソフトの買収当初から、それぞれの製品の強みを取り込んで、まったく新しい製品を新しくつくるという方針を掲げていた。その成果として世に出したのが、「Oracle Fusion Applications」であり、オンプレミス版は2011年に提供を開始している。ただし、この新製品はもともとクラウド対応を前提として開発していて、米国では、13年からオラクル自身がSaaSとして提供している。これがOracle ERP Cloudであり、ようやく日本でも本格的にビジネスを開始したというわけだ。
こうした経緯があることから、製品としての歴史はS/4HANAより長く、機能はすでにかなり揃っている。会計、調達・購買、プロジェクト管理などのコア機能に加え、SCM(サプライチェーン・マネジメント)、製品企画・設計などに関わるアプリケーションも充実してきており、今後も継続的にラインアップは拡充していく方針だ。実績がある従来製品の“いいとこ取り”をしたこともあって、エンタープライズの業務要件をこなすクラウドネイティブなERPとして、オラクルは同製品の競争力に大きな自信をもっている。担当者は、「HyperionのレポーティングエンジンやOracle BIを組み込んで、トランザクションデータと一体化したレポーティング機能を提供できるなど、お客様の顧客に対するレスポンスを高めて、売上向上につなげてもらうための機能を他社に先駆けて提供している」と説明するが、S/4HANAに対する強い競争心がうかがえる。
販売戦略としては、既存ユーザーの海外拠点や子会社に導入する「二層目のERP」としての需要を直販営業で刈り取るとともに、中堅企業の新規顧客向けのメインのERPとしても、パートナー経由で拡販を図る考えだ。パートナーには、そのためのテンプレート開発などを促していく。
当面、S/4HANA、Oracle ERP Cloudが正面からぶつかるのは、二層ERPの市場といえるだろう。この前哨戦の行方に要注目だ。
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