SIer(組み込みソフト開発)編
車載ECU向けOS開発が相次ぐ
主要3領域が有機的につながる
組み込みソフト開発の勢力図が大きく塗り替えられようとしている。キーワードは「AUTOSAR(オートザー)」だ。自動車を制御する「車載ECU(電子制御ユニット)」向けのベーシックソフト、いわゆるOSの登場によって、これまで組み込みソフト開発ベンダーが手組みでつくる方式から、既製品であるOSを活用する方式へと変わろうとしている。組み込みソフトベンダーにとってみれば、開発中心のビジネスモデルからの転換を余儀なくされ、事業環境の変化にうまく適応できたベンダーが組み込みソフト開発市場で大きく勢力を伸ばすことになる。(取材・文/安藤章司)
●“鬼門”のOS開発に乗り出す 組み込みソフト開発ビジネスでは、「IoT/ビッグデータ分析」「ロボット/人工知能」、そして自動車を制御する「車載ECU」の三つの領域が伸びるとみられている。組み込みソフト開発ベンダーにとってみれば、この領域でのビジネス規模、シェアを伸ばすことが勢力拡大に直結する。
この組み込み3領域の一角を占め、なおかつ最も売り上げへのインパクトが大きいとされる「車載ECU」で、いま大きな変化が起きている。欧州発の車載ECU向けベーシックソフトウェア(いわゆるOS)のAUTOSARを採用する動きが活発化しているのだ。AUTOSAR仕様にもとづいたソフトウェアプラットフォームは、すでに欧州の自動車メーカーに広く採用されており、今後は国内の自動車メーカーにおいても採用が広がるとみられている。
OSやソフトウェアプラットフォームは、日本のIT産業にとって“鬼門”だ。WindowsやLinux、iOS、Androidを例に挙げるまでもなく、一旦、プラットフォームが固まってしまうと、機種ごとに個別にソフトウェアを組み込んでいく従来型の仕事は大幅に減少する。
では、どうすればいいのか──。勝ち残るには、日本の情報サービス業界が主導して、自らAUTOSAR準拠のソフトウェアプラットフォームをつくりあげていく他はない。リアルタイムOSのITRONやAUTOSAR研究の国内若手第一人者である名古屋大学の高田広章教授も、そう考える一人であり、この10月に、AUTOSAR準拠のソフトウェアプラットフォームを開発する会社APTJを立ち上げた。設立にあたっては、「国際的なトップクラスの企業に成長させることで、わが国の車載組み込みソフトウェア産業を強化し、自動車産業全体の競争力向上に貢献する」と志は高い。
●「AUTOSAR」準拠で大きな動き AUTOSARは、LinuxのようなOSS(オープンソースソフト)でもなければ、Windowsのような特定ベンダーのみが開発するものでもない。どちらかといえば、LTEや3Gといった通信規格のように、国際的な機関で仕様を固めたのち、この仕様に準拠するかたちで各社がそれぞれソフトウェアやハードウェアを開発するような方式に似ている。欧州を中心としたAUTOSAR標準化団体が仕様を固め、これにもとづいてドイツやアメリカ、インドなどのソフト開発会社がAUTOSAR準拠のベーシックソフトウェアとして有料で販売している。一旦製品化されたAUTOSAR OSは、原則としてソースコードなどが開示されることはなく、各社のクローズドなOS製品として車載ECUメーカーにライセンス販売される。
この分野で最もリードしているのがドイツのベクターで、残念ながら日本では大きく出遅れてしまっている。高田教授のAPTJに呼応するかのように、かねてからAUTOSAR OSの開発を表明していた大手SIerのSCSKでは、AUTOSAR準拠の車載ベーシックソフトウェア「QINeS BSW(クインズビーエスダブリュー)」を、10月1日に発表した。開発にあたって、豆蔵やイーソルなど車載ECU向け組み込みソフトに強いベンダー5社と連携した。国内において、AUTOSAR準拠OSの実際の商用化までこぎ着けたのは、SCSK連合の「QINeS BSW」が実質初めてとなる。
●組み込み3領域の覇者となれ 目まぐるしく変化する組み込みソフト市場だか、冒頭に触れた車載ECU、IoT/ビッグデータ分析、ロボット/人工知能の“組み込み3領域”は、個別に存在しているのではなく、実は相互に密接に関連している点がポイントとなる。つまり、3領域を有機的に結びつけ、バランスよく伸ばしたベンダーが、次世代の組み込みソフト市場を制する。
まず、IoTはすべてのモノをインターネットにつなげる概念だが、いま最も活用されているIoTデバイスは、いわずもがなのスマートフォン(スマホ)である。スマホから集められた文字や位置情報、画像、音声、映像などはビッグデータ解析にかけられ、マーケティングや商品開発、販売促進といった経済活動に欠かせない存在となっている。
スマホと並んで有力IoTデバイスとなるのが自動車だ。スマホと同じように人の行動に密着しているからである。さらに、自動車の次世代ユーザーインターフェースや自動運転をつかさどるのは、ロボット/人工知能が該当し、自動車だけでなく、スマホにも実装され、IoT/ビッグデータと連動して動く。組み込み3領域を制したベンダーが、組み込みソフト業界の覇者になるといっても過言ではない。
過去を振り返ると、スマホが登場するまでは、「ガラケー(フィーチャーフォン)」「情報家電」「車載情報機器(主にカーナビ)」が三種の神器と呼ばれていた組み込みソフト開発だが、ここ5年あまりで大きく様変わりした。「変化はチャンス」と捉える組み込みソフト開発ベンダーがいる一方で、事業環境の変化に適応しきれていないベンダーも少なくなく、情報サービス業界のなかでも、組み込みソフトビジネスは最も変化が大きく、勢力図も目まぐるしく移り変わる領域の一つであるのだ。
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