AI(人工知能)を企業システムに実装する「Enterprise AI」の動きが活発化している。AIに取り組むベンダーでは、売り手であるSIerやソフト開発ベンダー(ISV)を巻き込んだ販売ネットワークを構築するケースも出てきている。ただ、AIは何度も浮沈を繰り返してきただけに、まだどこかで疑いの目をもってしまう。企業システムにおいてAIは、どこまで適用できるようになったのだろうか。(取材・文/安藤章司)
●AIに期待される三つの効果 AIは企業向けのシステムビジネスに、どれほど役に立つのか──。主要ベンダーの見解を紐解くと、およそ次の三つに集約される。
一つ目は「ビッグデータ/IoT(Internet of Things)を効率的に運用するためのツール」。大量の情報を取得しやすくなったことから、AIを情報分析の助手代わりに使おうという考え方である。今のAIにアナログデータや非定型、非構造化データの直接的な分析は難しくても、ビッグデータ/IoTのツール群によって、ある程度の分析処理がなされている状態であれば、AIを適用しやすい。多くのSIerがビッグデータ/IoTのビジネスを手がけている現実を踏まえて、その延長としてAIを助手代わりに使うアプローチである。
二つ目は、「人よりも早い提案と判断ができるという時間の短縮効果」だ。助手(AI)を使う以上、業務が捗(はかど)るのは当然として、AIが目指すところはビッグデータ/IoTなどで集まってきたデータをもとに、ユーザーに最適な方針を「提案」したり、ときには「こう判断すべき」というようなアドバイスをしたりすることが期待される。
「助手のクセに生意気な」と感じる人は少なからずいるだろうし、助手が間違った「提案」をしてくる可能性もある。ただし、どう間違っているのかを教えれば、「学習機能」を備えているから「提案」の質を高めることができる。この点も、AIの重要な特徴の一つである。
三つ目は、「社内の非構造化データの有効活用」だ。企業内のデータは、業務システムが一般的に使用するリレーショナルデータベース(RDB)以外の、テキストや図版入りの文書、映像系といった非定型や非構造化データが全体の8割を占めているといわれる。企業が抱える非構造化データは、往々にしてあまり生かされていないため、AIとビッグデータ分析を組み合わせた検索/ランク付け機能によって、有効活用することが期待されている。
●Watsonが火つけ役に? 企業向けシステムビジネスにおいて、AI活用に火をつけようとしているベンダーの1社がIBMである。この2月にはソフトバンクをマスターディストリビュータとして、コグニティブ(認知)テクノロジーの「Watson」日本語版の国内販売を正式にスタート。ほぼ同じ時期に米フロリダ州オーランドで開催された「IBMパートナーワールド・リーダーシップ・カンファレンス(PWLC)2016」でも、コグニティブ色を前面に出した。PWLCの基調講演で米IBMのバージニア・ロメッティ会長・社長兼CEOは、「私が今、IBMがどんな会社かを述べるとすれば、『コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社』という説明が適切だ」と、コグニティブへの入れ込みようを披露している。
そのコグニティブ技術の“顔”ともいえるWatson日本語版の投入だけに、情報サービス業界の注目度も高い。日本IBMとソフトバンクが共同で打ち出したWatsonのビジネスパートナープログラム「エコシステムプログラム」には、すでにITホールディングスグループのTISや日本情報通信(NI+C)、クレスコ、ジャステック、トランスコスモスなどのベンダーが参加している。

写真左から日本IBMのポール与那嶺社長、ソフトバンクの宮内謙社長兼CEO、米IBMのマイク・ローディン・シニア・バイスプレジデント 現時点でWatson日本語版で提供するのは、Watsonの30種類あまりの機能のうち、(1)自然言語の分類、(2)対話、(3)検索・ランク付け、(4)異なるフォーマットの文書の変換、(5)音声認識、(6)音声合成の六つ。主に実現するのは、人間の言葉を理解し、企業内にあるデータを分析することで仮説を打ち出し、それをユーザーに推薦/提案するというものだ。
Watsonは先進的なイメージが強いものの、日本に投入されている六つの機能をみる限り、それほど目新しいとはいえない。自然言語処理や音声認識/合成は、日本の大手コンピュータメーカーなら一通り開発してきた。ただ、IBMの取り組みはエコシステムの構築を急いでいる点が他社と大きく異なっている。伝統的なIBMビジネスパートナーではなく、ソフトバンクをWatsonのマスターディストリビュータに選んだ理由について、「ソフトバンクのビジネスのスピード感」だと、日本IBMのポール与那嶺社長は話す。この提携が、ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」との連携で終わるのではなく、より多くのビジネスシーンで活用されることを期待したい。
ソフトバンクは自社の約3000人の営業/SEの業務にWatsonを活用するとともに、すでに10数社の顧客から受注を獲得。150社余りから引き合いがきており、「これほど顧客の反応がいい商材は初めて」(ソフトバンクの宮内謙社長兼CEO)とのことである。
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