近年、急速な盛り上がりをみせるASEAN(東南アジア諸国連合)市場。2015年末にAEC(ASEAN経済共同体)が発足し、ASEAN内で「ヒト・モノ・カネ」の動きが自由化。そんなASEANに進出している日系ITベンダーのビジネス状況は実際どうなのか、主要各社の今を追う。(取材・文/前田幸慧)
●日本企業によるASEANへの投資が旺盛 ASEANとは、東南アジア地域における平和と経済、社会、文化の成長発展を目的に、1967年に設立した地域協力機構だ。設立当初はインドネシア、シンガポール、フィリピン、タイ、マレーシアの5か国が加盟、これにブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアが加盟して、現在は10か国で構成されている。14年時点での10か国の総人口は約6億2000万人、GDP(国内総生産)が2兆4780億ドル。人口が日本のおよそ5倍ながら、GDPが日本の半分強という経済規模となっている。
12年以降、カントリーリスクや人件費の上昇などを背景に、日本企業による中国への投資が減退、次なる投資先としてASEANに注目が集まっている。日本貿易振興機構(ジェトロ)によれば、14年の日本企業による中国への対外直接投資額が約67億4100万ドルに対し、ASEANが約203億6700万ドルと、中国と比較して約3倍の規模になっている。
●シンガポール、タイ、インドネシアが全体の8割 日本企業によるASEANへの直接投資は、シンガポール、タイ、インドネシアの3か国で全体の約8割を占めている。最も多いのはシンガポールで、ジェトロによれば14年が前年比113.8%増の約75億8000万ドルとなった。シンガポールは、国土面積が710km2と東京23区と同程度ながらも、マレー半島の南端という地理的に優位な位置にあって、物流・金融の要衝として栄えてきた。外資系企業を積極的に誘致しており、日本や欧米などと比べて税率が低く、ASEANのなかでは政治が安定、ITインフラが整備されているなど、投資リスクの低さから、シンガポールをASEAN拠点に選ぶ日系ITベンダーも多い。直近では、日本事務器が初の海外進出地として4月にシンガポールに拠点を設立し、ASEANビジネスの展開に着手した。
シンガポールに次いで、日本企業からの投資が多いのがタイだ。自動車メーカーを中心に多くの製造業がタイに進出している。14年時点でのGDPは3738億ドルと、インドネシアに次ぐ高さ。ところが、経済成長率は2.8%(15年)と低下傾向にあることに加え、人件費高騰や政情不安、洪水リスクなどを背景に、ラオス、カンボジア、ミャンマーといった周辺国に工場を移転・分散・拡大させる「タイプラスワン」の動きがあらわれている。実際、ITベンダーにとっては、すでに進出したユーザー企業を支援するというビジネスにとどまっているが、「シンガポールとタイは市場規模が大きく、決して無視はできない」(富士通システムズ・ウエストの堀暁・取締役執行役員常務兼ソリューションビジネスグループ長)と、市場としての重要度は高い。
インドネシアは、人口が約2億5000万人と世界第4位、国土が約191万931km2、GDPが8885億ドルと、ASEAN随一の大国。今後も、人口の増加が続き、生産年齢人口も拡大していく見込みだ。一方で、道路や鉄道、港湾、空港など物流インフラの整備不足が経済成長を図るうえで課題となっていて、ITインフラについても、ネットワークの速度が遅く、クラウドサービスも未成熟。そこで、インドネシアに商機を見出すITベンダーが出始めている。インターネットイニシアティブ(IIJ)は、昨年5月にクラウドサービスの提供を開始して引き合いが好調だ。
マレーシアは、GDPがおよそ10億ドル(14年時点)だが、一人あたりのGDPが1万1055ドルとASEANでシンガポール、ブルネイに次いで高く、上位所得国に位置するなど比較的裕福な国だ。インフラの整備が進み、物価もシンガポールほど高くはなく、外資系企業の誘致にも積極的で投資環境がすぐれていることから、シンガポールと同様、ASEANへのビジネスの足がかりに選ぶ企業も多い。ASEANで最初の進出先にマレーシアを選んだブイキューブは、「マレーシアはシンガポールに近いにもかかわらず、コストが安い」(間下直晃社長)ことを評価する。
●今後の伸びが期待される「CLM」 また、今後の伸びが期待されるのが「CLM」と呼ばれる、カンボジア、ラオス、ミャンマーの3か国を中心としたメコンエリアだ。日本企業の対ASEANにおける投資全体でCLMが占める割合はまだ2%程度と小さいが、進出した日本企業数が11年・14年の3年間で2倍以上増え、とくにミャンマーが4倍近くまで拡大している。そのため、ミャンマーに力を入れるITベンダーも目立つ。現状では、社会インフラの構築を手がける案件が多く、代表的なITベンダーが日立製作所だ。情報・通信システム社の酒井宏昌・国際情報通信統括本部グローバル営業第二本部地域事業推進部部長は、「今は、交通機関の整備など根本的に不足している部分がメインだが、まだ紙ベースの企業が多いため、今後は紙を一から電子化するなど、現地企業の抜本的なIT化にビジネスチャンスがある」としている。しかも、AECの発足によってタイを中心に経済回廊の整備が進み、周辺国のCLMの経済活動が活性化する可能性も秘めている。
●AEC発足による経済発展に要注目 ASEAN市場が活性化する、もう一つの事象として、03年に構想が打ち出され、15年11月22日のクアラルンプール宣言によって同年12月31日に発足したAECがある。ASEAN域内の関税撤廃をはじめ、通関手続きの簡素化、物品、サービス、熟練労働者の国境を越えた移動など、さまざまな規制を緩和する。これにより、ヒト・モノ・カネに加えて、サービスの自由化を実現、対外投資を呼び込んで、国際競争力や経済発展が向上する可能性が高い。インドネシア、シンガポール、フィリピン、タイ、マレーシア、ブルネイの6か国においては、10年までにほぼ全品目の関税撤廃が実現している。カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムも、18年までに全品目での関税撤廃を予定している。
調査会社のみずほ総合研究所では、AECの進捗状況に関して、関税撤廃が着実に進展していると捉えている。一方、サービスの自由化については、観光やITインフラ、ロジスティクスなどの分野以外は遅れ気味だ。ヒトの移動に関しても、熟練労働者に限定されており、未熟練労働者を含めた全面自由化までは対象とされていないという。経済活動の自由化に向けた取り組みは進みつつも、まだ時間はかかりそうだ。
とはいえ、AECによるASEAN域内の市場統合が進むことは間違いなく、この動きに期待を寄せるITベンダーは多い。セゾン情報システムズのシンガポール法人であるHULFTの櫻井泰子・マネージングダイレクターは、「AECにより、日系企業だけでなく地場企業の生産・物流活動が域内にどんどん広がっていくことで、それをITインフラが支えるというフェーズが必ずくる。経済活動が活性化されることで、大きなビジネスのチャンスが見込める」と分析する。AECの発足がASEANの経済発展にどれだけ寄与するのか、今後の動きに注目だ。
ITベンダーの多くが、ASEANは全体的に成長性が高く、親日的でビジネスがスムーズに進みやすいと評価している。一方、国によって言語、宗教、政治、経済、インフラなどの状況が異なっているため、ASEANの各国をひとくくりにせず、国それぞれの特性に合わせてビジネスを手がける必要があると認識するITベンダーも多い。次ページでは、主要な日系ITベンダーの取り組みについて紹介する。
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