北海道IT産業の総売上高が、平成27年度(2015年4月~16年3月)において、過去最高だったリーマン・ショックの直前を超える見通しだ。背景にあるのは、首都圏における慢性的なエンジニア不足。その担い手として、ニアショア市場が注目され、多くのSIerが集積する札幌が受け皿として機能しているのである。一方で、道内産業のIT投資も活発化しており、北海道IT産業は道外と道内の両輪で発展の道を進んでいる。ニアショア開発だけではない、目指すは“北海道といえばIT産業”というブランドの確立だ。
●北海道IT産業の景気は良好 「北海道のIT産業は上向き」だと、北海道IT推進協会(HICTA)菅野滿・副会長は言う。HICTAの調査によると、2015年(平成27年)度の北海道情報産業総売上高が過去最高の4227億円になる見込みで、今後も伸びると予想(図1参照)。当面の目標は、総売上高6000億円である。

北海道のIT産業は、受託開発が約半分を占める(図2参照)。首都圏との距離のハンディキャップがあるうえ、製造業が少ないことから、製品と密接に関係する組み込み系の開発案件が少ないのも特徴である。
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北海道のIT系エンジニアは約2万人。ただし、首都圏に派遣されているエンジニアも多く、道内SIerの数多くは首都圏に支社を構えている。「道内のSIerに所属するエンジニアの多くは、道内で働くことを望んでいる。本来なら人材を首都圏に派遣せずに、道内で開発ができるようにすべき。ただ、セキュリティの関係などで、開発案件は元請け企業やユーザー企業に常駐しなければならないケースが多い」と菅野副会長は語る。
首都圏に人材を派遣するとなると、交通費や宿泊費などは発注元の負担となり、人件費の違いが吸収されてしまう。そのため、発注元としては北海道のSIerに依頼するというよりも、ただのエンジニアの数合わせのようになる。北海道のIT産業としても望む状況ではなく、いかに道内に案件をもち込んでくるかが課題となる。
ちなみに、首都圏のシステム開発案件の受け皿というイメージの強い北海道のIT産業だが、実際には約6割が道内案件になっている(表1参照)。
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●ニアショアと脱下請け 北海道のSIerは、札幌市内に集積している。地域のIT投資よりも規模が大きいため、首都圏の下請けやニアショア開発も多く、産業全体の約4割を占めている。なかでもピラミッド型の階層構造の下段部分を担う三次請けや四次請けの企業も多いとされる。下請けは人件費の単価を下げる大きな要因となるため、IT業界では何かと“脱下請け”がテーマとされる。
「だんだん変わりつつあるが、三次請けや四次請けの企業はまだ多い。下請けが悪いとは限らないが、せめて一次請けや二次請けになるような状況にしたい」と、菅野副会長は望んでいる。そこで注力しているのが、ニアショアの推進だ。ただし、HICTAの広報担当を務める松田信介氏は、「札幌は人件費の単価が安いため、ニアショア開発の担い手となってきた。ただ、徐々に単価も上がりつつある。単価が安いことを理由に、首都圏の開発案件を担うのではなく、技術力で札幌のSIerが選ばれるようにしたい」と語る。札幌の人件費が上がっても、技術力があれば十分に戦えるというわけだ。
北海道情報システム産業協会(HISA)の中村真規・会長も、「IT産業の発展を考えると、道外の案件を獲得しなければならない。しかも、活性化の視点では、ニアショア開発を請け負うことが重要な切り口となる」と考えている。また、脱下請けについては、「下請けでもいいが、“下”が深すぎる。ピラミッドが深くならないように。きっちり利益が出るように改善すべき。せめて、二次請けで止めたい」としている。

北海道IT推進協会(HICTA)
菅野 滿・副会長(写真右)、広報担当の松田信介氏
ニアショア市場を確立するべく、HISAでは「ニアショアの戦略会議」のような取り組みを計画しているが、「今はどの企業も忙しくて、先々のことに取り組む時間がない。本当は余力を割いて、ニアショア開発の将来に向けた取り組みが必要なのだが」とのこと。脱下請けは簡単ではない。
一方、「元請けにもリスクがある。例えば、営業活動には相応の労力が必要だ。営業担当者を雇うよりも、下請けのほうが効率がいいという考え方もできる。また、下請けがいなかったら、大手SIerはやっていけない。下請けは簡単には切れない。下請け企業も、技術力とコスト競争力で切られないようにすればいい。だから、同じ下請けでも“いい仕事”ができるような取り組みが必要なのである」と中村会長。また、札幌の人件費が安いのはニアショア開発の追い風になるとして、むやみに人件費を上げることをしようとせずに、「人件費が安い、かついい仕事をする。なおかつ、ある種の独自性をもつ」ことで、札幌のIT産業の強みとしたいとしている。
ITコーディネータはこうみる(1)

ITC札幌有限責任事業組合
佐々木身智子 会長 「もっと地元に目を向けてほしい」。ITC札幌有限責任事業組合の佐々木身智子会長は、そう訴える。道内のSIerは規模が大きな首都圏の案件に注力し、地元企業を相手にしない傾向があることに不満を抱いている。
「売りたい製品を抱えるベンダーは自社の都合で売り込みにくるので、全体最適にならない。非効率な設備投資だとしても、ちゃんと教えないベンダーもいる。だから、ユーザー企業は何が正解かがわからなくなっている」と佐々木会長。中立的な立場で全体最適化を提案できるSIerに期待している。また、大手IT企業系列の北海道法人が、各地の法人と統合されたことで、人件費が北海道価格から首都圏価格に変わり、道内の企業は大手に発注しづらい状況にあるという。その点においても、地域のSIerへの期待は大きい。
佐々木会長によると、北海道では地域の産物を生かしたネットショップを創業する若手が増えていて、そのためのIT投資が活性化しているとのこと。その戦略コンサルティングとして、ITコーディネータが必要とされているという。そして、その先のシステム構築は、SIerの出番となる。この循環が、北海道の発展を支えることになると佐々木会長は期待している。
ちなみに、佐々木会長はスタートアップ企業を支援する中小企業基盤整備機構の職員でもある。「札幌ではITを事業の柱とするスタートアップ企業が少なくなった。こちらには、北海道大学の最新設備の一部が使えるなど、スタートアップ企業に最適な環境があるので、ぜひ札幌で起業していただきたい」。北の大地がスタートアップ企業を待っている。
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