経済成長の減速や人件費の高騰に伴う製造業の工場移転、南シナ海の領有権をめぐる周辺諸国との政治的な衝突などに注目が集まり、日本では「リスク大国」としてみられることが増えている中国。確かに、チャイナリスクは存在するのだが、見方を変えれば中国経済は今なお堅実に拡大しており、グローバルにおける影響力を着実に高めているのもまた事実。とくにIT産業は、「第13次5か年計画」期間における国家発展の重要要素として指定され、今後の成長余地が大きい。中国のIT市場は今後、どのような変貌を遂げていき、日本のITベンダーはどうつき合っていくのか。マクロな視点で探った。(取材・文/上海支局 真鍋 武)
中国を侮ることなかれグローバル影響力は日本越え市場を深く洞察せよ

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和田 悟氏 中国経済に関する後ろ向きな情報が日本で強調されている現状について、危機感を募らせている人物がいる。今年7月まで北京に駐在し、NTT持株会社の中国総代表を務めた和田悟氏だ。和田氏は、悲観的な情報に流されるのではなく、中国を再認識し、市場を冷静に分析したうえで、自社のビジネスに生かすための適切なつき合い方を定めていく必要があると訴えている。
●決して無視できない大国 「中国は決して侮ることができない存在だ。きちんとこの市場を理解する姿勢をもたなければ、のちに日本は痛い目をみることになる」。和田氏は警鐘を鳴らす。近年、中国の経済成長は減速。人件費の高騰などを受けて、製造業では東南アジアなどの中国国外へ工場を移転するケースが増えている。中国国内には、実質的に経営が破たんしている「ゾンビ企業」も多数存在し、社会問題化。金融面では、高騰した株バブルが崩壊し、世界経済を激震させた。こうした後ろ向きな情報は、日本人の中国ビジネスに対する意識を揺さぶっている。ITベンダーでは、中国よりも東南アジア地域に目線を向ける経営層が少なくない。しかし、和田氏は、「中国は成長国だ。日本からすれば、離れることができない存在であり、今後もケアしていかなければならない」と力説する。
和田氏の指摘は、中国のマクロ経済を読み解く視点を変えれば、もっともだといえる。例えばGDP成長率だ。中国経済は「新常態」に突入し、15年GDP成長率は6.9%と、25年ぶりの低水準にとどまった。中国政府は16年の経済成長目標を6.5%に設定し、実際に1~3月の成長率も6.7%、 4~6月も6.7%と、7%を下回る水準で推移。確かに成長率は落ちた。しかし和田氏は、「いくら減速しているとはいえ、6%台の成長率はグローバルのなかでもトップレベルだ」と指摘する。例えば、近年、日本企業の進出が増えているタイの15年のGDP成長率は2.8%で、インドネシアは4.8%だった。日本に至っては0.47%成長と、ほぼ横ばいの水準。これと比較すれば、いかに中国が高成長を維持しているかがわかる。

さらに、経済規模の増加分も膨大だ。中国の15年GDPは10兆9828億ドルで、すでに日本の2倍を超えている。そして、成長率6.9%ということは、この1年で約5000億ドルも経済規模が拡大したことになる。この数字は、同年のスウェーデン(4926億ドル)やナイジェリア(4902億ドル)、ポーランド(4748億ドル)、ベルギー(4546億ドル)、タイ(3952億ドル)よりも大きい。つまり、「たった1年間で、中規模国家一つ分のGDPを創出していることになる。この市場を見過ごすことはできない」(和田氏)。
●中国の発言権が強化 経済成長とともに、中国企業のグローバル市場における影響力も高まっている。和田氏は「このことは、Fortune Global 500をみれば明らかだ」と説明する。米FORTUNE誌が発表したグローバル企業番付「Fortune Global 500」の2016年版で、中国企業は110社が選出された。中国勢は毎年数を増やしており、このままのペースでいけば数年先には米国の選出企業数を超えることになる。IT企業では、中国移動や(45位)やファーウェイ(129位)、中国電信(132位)、レノボ(202位)など10社程度がランク入りしており、いずれも前年より順位を上げた。これに対して、同番付に選出された日本企業数は52社。しかも、年々減少傾向にある。
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中国企業のグローバル市場における地位向上は、日本企業にとって看過できないことだ。なぜなら、日本を含む海外で、中国企業と競争したり、協力したりする機会が増加するからである。例えば、中国最大のICTベンダーであるファーウェイだ。同社の2015年度売上高は3950億元(約7兆3273億円)で、すでに日本の富士通(4兆7392億円)やNEC(2兆8248億円)よりも大きい。ファーウェイは、法人向けITソリューションやモバイル端末などで日本のITベンダーと競合する反面、日本企業からの部品調達に28億米ドル(15年度)を投じており、日本企業の優良な顧客にもなっている。
また、中国企業の成長は、グローバルにおける発言権の強化につながっている。例えば、次世代移動通信技術(5G)の領域だ。NTTグループでは、NTTドコモが北京に5Gの研究開発拠点を設けているが、この背景について和田氏は、「技術標準化などの面で、中国の発言権が大きいからだ」と説明する。いまや中国の通信市場は世界最大規模となり、今年6月末時点で、主要通信キャリア3社が抱える4G契約ユーザー数は5億9105万人を超えた。
これに加えて、日本企業が中国の動きを注視しなければならないのは、依然として両国が緊密な経済関係にあるからだ。日本の対中直接投資額はここ数年減少傾向で、中国商務部によると、15年は32億1000万ドルと前年比で25.2%減った。15年の中国の対主要国・地域別の貿易額をみると、日本は5位で、貿易総額は前年比12%減の2787億ドルと低下。しかし、日本の対主要国・地域別の貿易額推移では、07年から中国が1位を維持している。つまり、「日本にとって、中国が最大の商売相手であることに変わりはない」(和田氏)のだ。
●中国IT市場開拓の可能性 では、中国経済が健在であるとして、日本のITベンダーは、この市場をどう認識しているのか。それは、「巨大で魅力はあるものの、やっかいな開拓先」というのが実情だろう。中国工業和信息化部(工信部)によると、16年1~5月の中国ソフトウェア・情報技術産業サービスの市場規模は、前年比14.9%増の1兆7975億6670万元と、いまだ2ケタ成長を維持しており、この数字だけをみれば有望な市場に思える。しかし、実際には日系ITベンダーのほとんどが、この市場にリーチできていないのだ。なぜなら、中国では日本と文化や商慣習が異なるうえ、ライセンス規制が厳しくて参入できる事業領域が限定され、近年では中国政府による国産IT製品の導入推進によって、地場市場の開拓がやりづらい状況になっているからだ。このことについては、和田氏も「中国はおいしいところは外資には開放しない」と漏らす。実際、NTTグループでは、ライセンス規制によって、中国本土では得意領域とする通信サービスやDCサービスを展開できていない。こうした要因もあって、中国の日系ITベンダーの多くが、現地の日系企業向けビジネスに終始している。
しかし、中国ローカル市場開拓の道がすべて閉ざされているかといえば、決してそうではない。ローカル事業者との提携は必須要素となるが、市場の動きを的確に捉え、需要が見込める領域を戦略的に攻め入れば、ある程度のビジネスは期待がもてる。
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