Finance+Technology=FinTech。もはやエンタープライズITの世界でも、非常に有望な市場の一つであるという認識は定着した感がある。昨年半ば頃からのバブル的な盛り上がりは収まってきたようにもみえるが、関連銘柄の株価が高騰傾向にあるという状況は続いている。金融×ITで新しいビジネスを創造しようという具体的な事例も徐々に出てきている。そうした開拓者たちの動きにスポットをあて、成長軌道がみえてきたFinTech市場の現在の姿を探る。(取材・文/本多和幸)
まずはクラウド会計が牽引 既存ITベンダーの参入で市場規模はさらに大きく広がる
●APACでも日本は4番目の投資規模 多くの新しいITのトレンドと同様に、FinTech市場の立ち上がりも北米が先行していたが、いまやこの領域への注力は世界的なトレンドになったといって間違いない。アクセンチュアは8月24日、FinTech市場の最新調査結果として、アジア太平洋地域(APAC)での2016年上半期のFinTech投資額が100億ドル近くまで膨れあがったと発表した。昨年は通年の投資総額が42億6000万ドルだったが、半期でその2倍の規模に達した。
ただし、国別にみるとその9割以上は香港を含む中国の投資で、同国がFinTech大国としての足場を固めつつあることがうかがえる。日本の投資額はというと、中国はもちろんのこと、インド、オーストラリア、ニュージーランドの後塵を拝し、6800万ドルで4位だ。APAC全体のFinTech投資額のわずか0.7%に過ぎない。

それでも、肌感覚としては「日本だってFinTechが着実に盛り上がってきている」という声も少なくないのではないだろうか。事実、株式市場におけるFinTech銘柄の人気は非常に高く、さまざまなかたちでFinTechへの投資が急拡大していくのは確実だろう。矢野経済研究所は、今年3月に国内FinTech市場の調査結果を発表したが、15年度(16年3月期)の国内市場規模は33億9400万円、20年度には567億8700万円まで成長すると予測している。この間の年平均成長率は約76%だ。

●2020年度の国内市場は数千億円? この数字をみて、意外に市場規模が小さいと感じる読者も多いだろう。同社の今回の調査では、FinTechを「ソーシャルレンディング(融資)」「クラウドファンディング」「投資・運用サービス」「ペイメント・決済」「ブロックチェーン」「企業会計(クラウド型会計ソフト、会計・経理クラウドサービス)」「家計簿・経費精算アプリ」「金融機関向けセキュリティサービス」の8領域に分類し、それぞれの領域で革新的なサービスや基礎技術を提供しているベンチャー企業の売上高をベースに市場規模を算出している。そのため、既存のITベンダーや金融機関などのFinTech関連の売り上げは含まれていないことに留意する必要がある。矢野経済研究所の山口泰裕・ICT・金融ユニット研究員は、「大手企業の取り組みを含めた場合、2020年度のFinTechは数千億円規模に膨らむ可能性があるとみている」という。

さらに同社は、20年度までの急速な市場の成長を支えるのは、ブロックチェーンの普及だとみている。ブロックチェーンについては、その革新性を評価する声は多いが、新しい技術であり、エンタープライズITの世界での実用に向けた課題の洗い出しとその解決策を探る実証実験が多数立ち上がったという段階だ。山口研究員は、「既存システムへの適用、新しいサービスの創出の双方で有望な技術。前者では、銀行の勘定系に使うには時間がかかるだろうが、発展途上国の銀行、ポイントシステムやオンラインゲーム用のバックエンドエンジンへの活用は比較的早く進みそうだ。後者は、不動産取引や公共系サービスなど権利移転取引での適用が進む可能性がある」とブロックチェーンを評価する。
●オープンイノベーションビジネス拡大 一方、足もとの状況をもう少し詳細にみると、矢野経済研究所の発表では、2015年度の国内FinTech市場を牽引したのは「クラウド型会計ソフトとソーシャルレンディング」だとしている。とくに法人向けのITビジネスそのものであるクラウド会計ソフトの新興ベンダーは、急速に事業規模を拡大しており(週刊BCN1637号Special Featureに詳報)、FinTechの市場立ち上げに向けて主導的な役割を果たしている。
ITの戦略的な利活用を軸にした新産業の創出・発展を目指し政策提言などを行う経済団体で、楽天の三木谷浩史会長兼社長が代表理事を務める新経済連盟(新経連)もFinTechの推進には積極的だ。3月にFinTech推進タスクフォース(TF)を立ち上げ、7月には第一弾の政策提言をまとめて経済産業省に提出した。このTFのリーダーを務めるのが、マネーフォワードの辻庸介・社長CEO、副リーダーがfreeeの佐々木大輔代表取締役だ。両社はクラウド会計を提供する新興ベンダーの代表格であり、会計を中心とした業務ソフトを単にクラウドで提供するというだけでなく、金融機関や他のITベンダーと協業し、さまざまな新しいFinTechサービスを模索している。
新経連の提言では、「世界先端FinTech大国の実現」を目的として、「FinTechの肝であるデータ活用と自動化の前提となる金融機関のオンライン化、企業のクラウド化、決済のキャッシュレス化の推進」「商流データやその他クラウドソーシングデータなども活用した新しい与信のあり方の検討や、それに対応するための規制の見直し」などにKPIを設定して取り組むべきとの見解を示した。このなかで最新のFinTechサービスマップも整理した(図参照)。この図をみると、FinTechを構成するのは必ずしもベンチャー企業が新しく始めたサービスだけではなく、多くが既存の金融機関やITベンダーが生業としてきたビジネスであることがわかる。現在のFinTechは、このマッピング図のそれぞれのサービス同士が縦横に連携することで新しい価値を生み出そうという試みが主流だ。矢野経済研究所の調査でも、直近の15年度の国内FinTech市場は、「メガバンクグループや大手SIerがベンチャー企業向けイベントが多く開催され活況を呈したほか、ベンチャー企業と大手企業との協業事例などで市場は盛り上がりをみせている」と指摘。FinTechは、オープンイノベーションが有効な代表的な分野であるともいえるのだ。
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