Special Feature
中国プリンタ/複合機市場 市場を牽引する日系メーカー「新常態」下の事業戦略を追う
2016/10/19 21:33
週刊BCN 2016年10月10日vol.1648掲載
難攻不落の中国市場では、多くの外資系企業が苦戦を強いられている。とくにITの領域では、中国政府による外資規制や国産製品の導入推進などによって、SIやソフトウェアを主業とする日系IT企業のほとんどが、巨大な地場市場を十分に開拓できていない状況だ。ただし、プリンタ/複合機の領域は様相が大きく異なる。日系を含む外資系メーカーが、市場シェアの大部分を握っており、市場を牽引しているのだ。中国経済が「新常態」に突入した現在、プリンタ/複合機の市場も伸び悩みつつあるが、日系メーカーはどのように成長を図ろうとしているのか。各社の動向を探った。(取材・文/真鍋 武)
外資系メーカーがこの市場に強いのは、中国勢にはない技術力を有しているからだ。プリンタ/複合機を開発するには、紙送りやインクの性能、ハードウェアの金型、制御ソフトウェアなど、極めて高い精密度・品質が要求されるため、新興の中国企業は容易に追いつくことができない。例えば、中国には国産レーザープリンタ「奔圖(PANTUM)」を製造・販売する珠海賽納打印科技(SEINE TECHNOLOGY)があるが、主力製品はA4のローエンド機種で、より高い技術が求められるA3機種の開発は遅れている。現時点では、市場シェアも高くはない。こうした優位性から、日系メーカーの幹部では、「早期に中国メーカーが台頭してくる可能性は低い」との見方が多くを占めている。
中国のプリンタ/複合機市場には、日本とは異なる特徴も多い。例えば、日本では、数十人程度のスタッフが大部屋で一緒に働く傾向が強いため、フロア内に大型機を1台設置して共用するやり方が主流。一方、中国では、同じフロアでも10人程度の小部屋に分けて働く傾向があり、各部屋に小型機を配置するケースが多い。その結果、中国のレーザープリンタ/複合機市場では、A4の20~30枚機など、ローエンド機種の比率が高くなっている。
また、カラー機の普及が遅れている。日本では、出荷される複合機の大部分がカラー機だが、中国ではいまだに10%未満だ。ローエンド機種が中心なうえに、各地域のオフィス近辺にはカラー印刷が可能なプリントショップが多数存在しているため、社内にカラー機を設置せず、必要な時だけ外部で利用する企業も多いようだ。これに対して主要メーカーは、カラー機の普及を促進するべく、ここ数年、啓発活動に力を注いでいる。
メーカーにとって、消耗品ビジネスが難しいことも中国の特色だ。サードパーティ製や偽物の消耗品を提供する販売店が多く、純正品販売を阻害する要因になっている。多少品質は悪くとも、安価な消耗品を使いたいというニーズも少なくない。そこでメーカー各社は、純正品以外の消耗品を利用することでハードウェアの故障率が高まる点などを訴求し、この状況を打開しようとしている。メーカーのなかには、純正品より品質を落とした第2ブランドの消耗品を自社で開発・提供し、他社製品の利用を抑えようとする動きもみられる。
日系メーカーが牽引している中国のプリンタ/複合機市場だが、中国経済の「新常態」への突入も伴って、市場は成熟期に向かいつつあり、今後の大きな伸びは期待しにくい。IDCでは、2020年のレーザープリンタ/複合機出荷台数を15年比で5.2%増の787万6000台と予測している。また、地域によっては出荷台数の過半数を占めるといわれる政府購買も減少傾向にある。中国中央政府財務局は今年6月、プリンタ/複合機を含む事務機器・オフィス製品の購入金額の上限化、使用年限の長期化を発表した。政府系では、国産製品の導入が推進されていることもあり、日系メーカーは苦戦を強いられそうだ。さらに最近では、珠海艾派克科技が米レックスマーク・インターナショナルの買収を発表するなど、中国企業も攻勢をしかけている。現時点では脅威でなくても、長い目でみれば、競争相手の増加が予想される。
こうした状況下で、市場を牽引する日系メーカーは、どのような事業戦略を講じているのか。以下、各社の動向を解説する。
とくに、ここ数年はローエンドA3複合機「DocuCentre S」シリーズの販売が好調だ。これは、中国国内に企画・開発・調達・生産・営業・再利用までのすべてのバリューチェーンを有する同社の強みを生かした現地発の複合機シリーズ。独特の市場ニーズへの対応に成功しており、例えば、身分証の表裏を一枚の紙に印刷できる機能などを有している。
2014年には、A3カラー複合機「DocuCentre S2010/S1810」を投入し、ローエンド市場のカラー普及を推進するとともに、A3モノクロ「DocuCentre S2011」「DocuCentre S2520/S23203」を追加してラインアップを拡充。市場成長が減速するなか、着実に販売台数を積み重ねたことで、09年~14年度まで同社は売上高CAGR(年平均成長率)10%を維持してきた。吉村亨高級副総裁は、「従来は、どの市場でも通用するグローバル製品を手がけていたが、中国では、市場に合わせた最適なバリューチェーンを構築し、現地で製品を企画・開発している。これが成功の要因の一つだ」と説明する。
2015年以降は、一段と市場成長が落ち込んだが、富士ゼロックス(中国)では、景気に左右されないビジネスを目指して、同年後半から直販に重点を置いたオペレーションを展開した。顧客の生産性向上やコスト低減につながるソリューションビジネスに力を注いでおり、徐正剛董事長は、「景気が悪い時ほどお客様の受けがよい」と語る。また、同時並行でECチャネルを活用したデジタルマーケティングも推進。結果として、本社会計2015年度(16年3月期)の中華圏(中国本土・香港)売上高は、目標に掲げていた1000億円に到達。同年の中国A3複合機市場ではシェア19%と1位を獲得(IDC調べ)した。直販では、すでにカラー機の販売率が70%までに拡大しているという。
今後についても同社は、2ケタ近い売上高成長率を維持する方針だ。徐董事長は、「向こう数年で、売上高を数百億円は増やしたい」と意欲的な目標を掲げる。とくに注力するのはソリューションビジネス。すでに文書管理やカード認証など、グローバルで提供している商材に加え、ホテル・教育・保険業などの業種特化型ソリューションや、「微信支付」「支付宝」を活用した複合機と決済サービスの連携ソリューションなど、中国市場のニーズを考慮した独自商品を強化している。最近では、アリババグループと提携し、同社が運営するオフィスビルで、決済サービスとの連携ソリューションの提供を開始した。田島伸浩・市場部副総裁は、「さらに年内には、クラウドサービスの提供も開始したい」と意欲を示している。 ページ数:1/1 キャプション:
奥山 隆
商務影像方案本部
副社長 キヤノン(中国)では、ここ数年間、カラー機の販売に最も力を注いでいる。実際、同社の2016年1~9月のカラー複合機の販売台数は前年同期比で50%増加しており、奥山隆・商務影像方案本部副社長は、「非常に大きな伸びを示している。計画値以上のペースで推進できている」と好調ぶりを話す。
起爆剤は、2015年夏に販売を開始した「imageRUNNER ADVANCE C3300」シリーズだ。キヤノン(中国)では、これを「Mr.COLOR(色彩達人)」シリーズと命名し、イメージキャラクターをつけてコンセプト化。従来の販売・マーケティング戦略とは異なり、製品名やスペックには焦点をあてず、Mr.COLORというコンセプトを前面に押し出して提案活動を推進している。
例えば、中国の各地域で開催する発表会やディーラー研修会、ユーザー会、展示会などの各イベントで、スタッフ総勢で赤いシャツとネクタイ、ハットを着用してMr.COLORのイメージキャラクターに身を扮し、宣伝活動を推進。ディーラーやユーザーを巻き込んで、カラー化を普及させるための風土を醸成しようとしている。キヤノングループが、Mr.COLORのように複合機に愛称をつけて販売活動を行うのは、グローバルでも異例。奥山副社長は、「普通の売り方をしていては、中国でカラー化は促進されない。Mr.COLORは、関係者を巻き込んで、楽しく売る戦略だ。事務機器の販売には、華やかなイメージがないのが現状だ。これを払しょくしたい」と意欲を示す。
Mr.COLORシリーズの品質についても、奥山副社長は、「10年に1度のすぐれた製品。性能・耐久性・安定性・色味、すべてにおいて競合他社に負けない自信がある。ディーラーからも、ほぼメンテナンスが不要だと高い評価をいただいている」と話す。シリーズのなかには、中国向けに開発された製品もあり、「imageRUNNER ADVANCE C3320L」は中国の公的資料などで利用される印鑑色「中国紅」に対応している。
2016年には、さらにコンセプトを拡張。カラー機を必要としないユーザー層を取り込むために、モノクロローエンド機種「imageRUNNER 2204」シリーズを「Mr.COOL(酷伴)」、モノクロハイエンド機種「imageRUNNER 2500」シリーズを「Mr.B-LUCK(黒白王子)」と位置づけ、これとMr.COLORを合わせて「OFFICE FAMILY」の総称で提案している。さらに、入力系の「document Keeper」、文書管理系の「iW Desktop」、出力系の「Smart Control」を “3つのキラーソリューション”としてOFFICE FAMILYに盛り込み、ソリューションを含めた付加価値提案を推進。「すべての顧客のニーズに応えられるようになった」(奥山副社長)。
このうち、Smart Controlはグループ会社の佳能系統軟件(蘇州)、document Keeperは佳能信息系統(上海)が、中国の市場ニーズを吸い上げて、手軽に導入できる簡易ソリューションとして開発した。ディーラーは、サポートの手間がかからない機器と手離れのよいソリューションの提供を通して、収益率を向上できる。
朱偉峰
銷售戦略部
総経理 理光(中国)投資(リコーチャイナ)のプリンタ/複合機ビジネスでは、直販でバリュー(高付加価値)、ディーラーを通した間接販売でボリューム(台数)を販売する2大戦略を講じている。現在の売上比率は、直販:間接販売が3:7。直販は拠点をもつ上海、北京、広州、深セン、天津、成都、蘇州、東莞を主に担当し、間接販売では、その他地域のリージョナルディーラーを中心に販売している。
朱偉峰・銷售戦略部総経理によると、「ここ2年間、売上高成長率は2ケタを達成している」。カラー機の販売に注力し、直販では「CMA」と位置づける中国トップ500社を主要ターゲットに開拓。間接販売では、ローエンドのカラー商品群が好調で、2016年は前年比30%のペースで伸長している。
同社の強みは、プリンタや複合機に加え、プロジェクターやITサービスなど、幅広い製品・サービスを提供して、ユーザーのオフィス環境の課題解決をトータルで支援できることだ。これによって複合機を導入した顧客に、追加でITサービスを提案するなど、取引量を継続的に増やすことが可能だ。朱・銷售戦略部総経理は、「コアビジネスのプリンタ/複合機に加えて、ニュービジネス(プロダクションプリンタ/プロジェクター/ITサービス/再生機など)が伸びており、ここ2~3年で売上高は倍増した。全体売上高に占める割合も20%程度まで拡大している」と説明する。
例えば、ITサービスでは、15年末に新たなプリンティングサービス「理光好享印」を開始。これは、ハードウェア、消耗品、保守サービスをまとめて、ユーザーの使用量に応じた従量課金制で提供するサービス。リコーチャイナやディーラーは、提供するプリンタの利用状況を遠隔から管理して、消耗品の補充や保守対応を効率化。製品の故障も未然に防ぐ。一方、ユーザーは、自社が抱えるプリンタの利用状況を監視して、印刷コストを適正化できる。
さらに16年下期には、タブレット型のMFP操作パネル「スマートオペレーションパネル(SOP)」の販売を開始する。SOPでは、ユーザーの既存システムと連携したり、リコーのアプリストア上から簡単に追加のソフトウェアをダウンロードして、機能を拡張することが可能だ。
また、リコーチャイナは10月1日付で新体制に移行した。これまでは、中国・アジアを一つの戦略地域と捉え、Ricoh Asia Pacific.,Ltd(RA)の傘下に収まっていたが、今回、日本本社の直下に移った。同時に、董事長は清水潔氏、総経理は金子豊氏に交代。両氏はともに、過去にリコーチャイナに駐在した経歴をもつ。新体制に移行したのは、中国の市場ニーズに合致した商品の開発・販売を強化するためだ。リコーチャイナは、すでに中国に独自の開発・生産・販売機能を有しているが、新商品の企画・開発にあたっては、日本との連携場面が多い。そこで、シンガポール経由でなく、日本と直接やりとりするスキームに移行し、商品の開発スピード・質を向上させる。同時に、中国のディーラーへの研修などのサポートも日本から人員を送り込むなどして、営業面でも連携を強化。直販部隊では、新たに2級都市に4拠点を拡充する方針だ。 ページ数:1/1 キャプション:
(深セン)
松本 聡
総経理 東芝泰格信息系統(深セン)では、オフィス向けA3複合機を主力商材として、プリンティング事業を展開している。同社の松本聡総経理は、「2000年から15年まで、当社はA3複合機市場シェア1位を継続している(キーリサーチ調べ)」と胸を張る。
同社の強みは、中国全土をカバーする広域なネットワーク網にある。自社で11エリアにサポート拠点を有するうえに、1990年代から代理店網を拡充し、2次店も含めて現在は約1000社のディーラー、約4000人の保守サポート人員を張り巡らせている。主要沿岸部の1級・2級都市はもちろんのこと、東北3省や新彊ウイグル自治区、チベット自治区を含め4~5級都市までを網羅。これによって、全国のどの地域でも同じ品質のサービスを提供することができる。
他のメーカーでは、大手の地場ディストリビュータと提携し、ある程度の権限を委譲したうえで、製品をディーラーに流通させるケースがあるが、東芝泰格信息系統(深セン)ではディストリビュータは活用していない。松本総経理は、「各地域で、現地に精通したディーラーと手を結ぶのが当社の基本戦略。顧客との距離が近く、なるべく直接取引しているディーラーを中心に開拓している。ディーラー網の階層は少ない方がていねいにサポートできる」と説明する。地方の過疎地域では、2次店を活用することも多いが、この場合も2次店、一次代理店と東芝泰格信息系統(深セン)との3者契約を結び、適切なサポートが行える体制を構築している。
また、同社はPOSシステムなどのリテール事業とあわせて、営業部門で約400人の従業員を抱えるが、日本人駐在員は松本総経理を含めて3人だけ。部長職は現地採用の中国人スタッフが務め、マネジメントの権限を委ねている。これによって、中国の文化・商慣習に適切に対応し、意思決定のスピードを迅速化している。
主力製品のA3複合機では、カラー/モノクロ機ともに注力しているが、とくに好評なのは、モノクロのローエンド20~30枚機だ。中国市場を想定して開発された製品も売れており、例えば「e-STUDIO2802」シリーズでは、一般的なA3複合機と異なり、A3紙用のカセットトレイを取り除いて、専用の印刷口を設けている。松本総経理は、「10人程度の小部屋に1台ずつ小型モデルを設置する中国ユーザーの傾向を踏まえて、A3モデルながらも部屋の隅に設置できるように小型化した」と話す。
2016年は、日本本社の戦略に合わせて、「e-STUDIO」シリーズのラインアップを最新の黒モデルにチェンジした。既存システムとの連携やカスタマイズが可能なタブレット型の操作パネルを搭載するなど、機能面も強化している。これに加えて、製造業向けラベルプリンタやPOSシステムなど、同社が扱う多様な製品群を組み合わせたバーティカルな提案を推進することで、他社との差異化を図る。
張文瑩
総経理 多様な機種の登場や、市場成長の減速、国内の人件費の高騰などに伴い、中国のプリンタ/複合機市場では、ユーザー企業による値下げ圧力が強まっている。この状況下で、ユーザーと直接取引するディーラーが、顧客を囲い込んで収益率を維持するためには、新たな付加価値提案が求められる。キヤノン(中国)の上海エリアにおける有力ディーラーである上海天復文印数碼科技(張文瑩総経理)では、新たな付加価値として、ソリューションビジネスに力を注いでいる。
同社は、キヤノン(中国)製のオフィス製品を展開する上海エリア初の一次代理店だ。1990年に設立し、05年にはディーラー向けの卸売りに加え、エンドユーザー向けの製品販売を開始した。08年からは、業界に先駆けてオフィス機器のレンタルサービスも手がけている。
もともと国有資本が入っていたことや、上海エリアで最初の一次代理店だったこと、早期にレンタル事業を開始したことなどから、金融機関や教育機関、医療機関、政府・国有企業など、広範な業種・業態に大規模な顧客基盤を獲得している。張総経理は、「現在、継続取引している顧客が1~2万社あり、このうちの5000~6000社からは月ベースで収益をあげている」と自信をみせる。
ソリューションビジネスは、2014年頃に本格化した。張総経理は、「微信やQQなどのサービスのように、今後、中国で爆発的に普及する可能性が高い」とみており、同社では、プリンタ/複合機と各種ソフトウェアを組み合わせたドキュメントソリューションをワンストップで提供。「例えば、大手ユーザーの招商銀行では、当社のソリューションを活用することで、印刷コストを従来の3分の1に低減させることに成功した」(同)という。
今後は、ソリューションのラインアップを拡充していく方針。開発にあたっては、キヤノン(中国)グループだけでなく、その他の日系ITベンダーとの協業も模索しており、張総経理は、「日本のSIerと深度な協業を展開し、顧客によりよいサービスを提供したい」と意欲をみせる。上海天復文印数碼科技には、日系ベンダーと手を組むことで、競合にはない高付加価値なソリューションを提供し、差異化を図る狙いがある。一方、日系ITベンダーは、中国ローカル市場の開拓に向けた新たな販路として、同社とWin-Winの関係を結ぶことができそうだ。
異質な中国市場 それでも中国勢に負けず日系メーカーが席巻
13億人もの人口を抱える中国は、プリンタ/複合機(MFP)の市場も巨大だ。調査会社IDCによると、2016年第2四半期(4~6月)の中国レーザープリンタ/複合機の出荷台数は220万6000台。同期間の日本の出荷台数は31万4000台なので、単純に比較すれば、中国は日本の約7倍の市場規模になる。この巨大市場を牽引しているのは、日系を含む外資系メーカーだ。IDCのデータによると、16年第2四半期の中国A3レーザー複合機/プリンタ出荷台数で、シェア上位5社は日系メーカーが独占。A4市場はHPの一強状態にあるが、日系も多くのシェアを獲得している。SIやソフトウェアなど、ほかのITの領域で中国ベンダーが市場の大部分を握っていることを考慮すれば、プリンタ/複合機は極めて異質な市場だといえる。
外資系メーカーがこの市場に強いのは、中国勢にはない技術力を有しているからだ。プリンタ/複合機を開発するには、紙送りやインクの性能、ハードウェアの金型、制御ソフトウェアなど、極めて高い精密度・品質が要求されるため、新興の中国企業は容易に追いつくことができない。例えば、中国には国産レーザープリンタ「奔圖(PANTUM)」を製造・販売する珠海賽納打印科技(SEINE TECHNOLOGY)があるが、主力製品はA4のローエンド機種で、より高い技術が求められるA3機種の開発は遅れている。現時点では、市場シェアも高くはない。こうした優位性から、日系メーカーの幹部では、「早期に中国メーカーが台頭してくる可能性は低い」との見方が多くを占めている。
中国のプリンタ/複合機市場には、日本とは異なる特徴も多い。例えば、日本では、数十人程度のスタッフが大部屋で一緒に働く傾向が強いため、フロア内に大型機を1台設置して共用するやり方が主流。一方、中国では、同じフロアでも10人程度の小部屋に分けて働く傾向があり、各部屋に小型機を配置するケースが多い。その結果、中国のレーザープリンタ/複合機市場では、A4の20~30枚機など、ローエンド機種の比率が高くなっている。
また、カラー機の普及が遅れている。日本では、出荷される複合機の大部分がカラー機だが、中国ではいまだに10%未満だ。ローエンド機種が中心なうえに、各地域のオフィス近辺にはカラー印刷が可能なプリントショップが多数存在しているため、社内にカラー機を設置せず、必要な時だけ外部で利用する企業も多いようだ。これに対して主要メーカーは、カラー機の普及を促進するべく、ここ数年、啓発活動に力を注いでいる。
メーカーにとって、消耗品ビジネスが難しいことも中国の特色だ。サードパーティ製や偽物の消耗品を提供する販売店が多く、純正品販売を阻害する要因になっている。多少品質は悪くとも、安価な消耗品を使いたいというニーズも少なくない。そこでメーカー各社は、純正品以外の消耗品を利用することでハードウェアの故障率が高まる点などを訴求し、この状況を打開しようとしている。メーカーのなかには、純正品より品質を落とした第2ブランドの消耗品を自社で開発・提供し、他社製品の利用を抑えようとする動きもみられる。
日系メーカーが牽引している中国のプリンタ/複合機市場だが、中国経済の「新常態」への突入も伴って、市場は成熟期に向かいつつあり、今後の大きな伸びは期待しにくい。IDCでは、2020年のレーザープリンタ/複合機出荷台数を15年比で5.2%増の787万6000台と予測している。また、地域によっては出荷台数の過半数を占めるといわれる政府購買も減少傾向にある。中国中央政府財務局は今年6月、プリンタ/複合機を含む事務機器・オフィス製品の購入金額の上限化、使用年限の長期化を発表した。政府系では、国産製品の導入が推進されていることもあり、日系メーカーは苦戦を強いられそうだ。さらに最近では、珠海艾派克科技が米レックスマーク・インターナショナルの買収を発表するなど、中国企業も攻勢をしかけている。現時点では脅威でなくても、長い目でみれば、競争相手の増加が予想される。
こうした状況下で、市場を牽引する日系メーカーは、どのような事業戦略を講じているのか。以下、各社の動向を解説する。
富士ゼロックス 中国に全バリューチェーンを整備 製販一体で売上高1000億円達成
富士ゼロックス(中国)では、「バリュー戦略」と「ボリューム戦略」を二本柱として、中国市場を開拓している。バリュー戦略とは、約30拠点を有する直販部隊が中心となって、ハイエンド機種にソリューションやサービスを組み合わせて提供するもの。一方のボリューム戦略は、代理店を活用して、ローエンド機種を大量に販売する戦略だ。とくに、ここ数年はローエンドA3複合機「DocuCentre S」シリーズの販売が好調だ。これは、中国国内に企画・開発・調達・生産・営業・再利用までのすべてのバリューチェーンを有する同社の強みを生かした現地発の複合機シリーズ。独特の市場ニーズへの対応に成功しており、例えば、身分証の表裏を一枚の紙に印刷できる機能などを有している。

富士ゼロックス(中国)の徐正剛董事長(写真中央)、
吉村亨高級副総裁(左)、田島伸浩市場部副総裁(右)
吉村亨高級副総裁(左)、田島伸浩市場部副総裁(右)
2014年には、A3カラー複合機「DocuCentre S2010/S1810」を投入し、ローエンド市場のカラー普及を推進するとともに、A3モノクロ「DocuCentre S2011」「DocuCentre S2520/S23203」を追加してラインアップを拡充。市場成長が減速するなか、着実に販売台数を積み重ねたことで、09年~14年度まで同社は売上高CAGR(年平均成長率)10%を維持してきた。吉村亨高級副総裁は、「従来は、どの市場でも通用するグローバル製品を手がけていたが、中国では、市場に合わせた最適なバリューチェーンを構築し、現地で製品を企画・開発している。これが成功の要因の一つだ」と説明する。
2015年以降は、一段と市場成長が落ち込んだが、富士ゼロックス(中国)では、景気に左右されないビジネスを目指して、同年後半から直販に重点を置いたオペレーションを展開した。顧客の生産性向上やコスト低減につながるソリューションビジネスに力を注いでおり、徐正剛董事長は、「景気が悪い時ほどお客様の受けがよい」と語る。また、同時並行でECチャネルを活用したデジタルマーケティングも推進。結果として、本社会計2015年度(16年3月期)の中華圏(中国本土・香港)売上高は、目標に掲げていた1000億円に到達。同年の中国A3複合機市場ではシェア19%と1位を獲得(IDC調べ)した。直販では、すでにカラー機の販売率が70%までに拡大しているという。
今後についても同社は、2ケタ近い売上高成長率を維持する方針だ。徐董事長は、「向こう数年で、売上高を数百億円は増やしたい」と意欲的な目標を掲げる。とくに注力するのはソリューションビジネス。すでに文書管理やカード認証など、グローバルで提供している商材に加え、ホテル・教育・保険業などの業種特化型ソリューションや、「微信支付」「支付宝」を活用した複合機と決済サービスの連携ソリューションなど、中国市場のニーズを考慮した独自商品を強化している。最近では、アリババグループと提携し、同社が運営するオフィスビルで、決済サービスとの連携ソリューションの提供を開始した。田島伸浩・市場部副総裁は、「さらに年内には、クラウドサービスの提供も開始したい」と意欲を示している。 ページ数:1/1 キャプション:
キヤノン カラー機の販売で猛進 製品ではなくコンセプトで売る

奥山 隆
商務影像方案本部
副社長
起爆剤は、2015年夏に販売を開始した「imageRUNNER ADVANCE C3300」シリーズだ。キヤノン(中国)では、これを「Mr.COLOR(色彩達人)」シリーズと命名し、イメージキャラクターをつけてコンセプト化。従来の販売・マーケティング戦略とは異なり、製品名やスペックには焦点をあてず、Mr.COLORというコンセプトを前面に押し出して提案活動を推進している。
例えば、中国の各地域で開催する発表会やディーラー研修会、ユーザー会、展示会などの各イベントで、スタッフ総勢で赤いシャツとネクタイ、ハットを着用してMr.COLORのイメージキャラクターに身を扮し、宣伝活動を推進。ディーラーやユーザーを巻き込んで、カラー化を普及させるための風土を醸成しようとしている。キヤノングループが、Mr.COLORのように複合機に愛称をつけて販売活動を行うのは、グローバルでも異例。奥山副社長は、「普通の売り方をしていては、中国でカラー化は促進されない。Mr.COLORは、関係者を巻き込んで、楽しく売る戦略だ。事務機器の販売には、華やかなイメージがないのが現状だ。これを払しょくしたい」と意欲を示す。
Mr.COLORシリーズの品質についても、奥山副社長は、「10年に1度のすぐれた製品。性能・耐久性・安定性・色味、すべてにおいて競合他社に負けない自信がある。ディーラーからも、ほぼメンテナンスが不要だと高い評価をいただいている」と話す。シリーズのなかには、中国向けに開発された製品もあり、「imageRUNNER ADVANCE C3320L」は中国の公的資料などで利用される印鑑色「中国紅」に対応している。
2016年には、さらにコンセプトを拡張。カラー機を必要としないユーザー層を取り込むために、モノクロローエンド機種「imageRUNNER 2204」シリーズを「Mr.COOL(酷伴)」、モノクロハイエンド機種「imageRUNNER 2500」シリーズを「Mr.B-LUCK(黒白王子)」と位置づけ、これとMr.COLORを合わせて「OFFICE FAMILY」の総称で提案している。さらに、入力系の「document Keeper」、文書管理系の「iW Desktop」、出力系の「Smart Control」を “3つのキラーソリューション”としてOFFICE FAMILYに盛り込み、ソリューションを含めた付加価値提案を推進。「すべての顧客のニーズに応えられるようになった」(奥山副社長)。
このうち、Smart Controlはグループ会社の佳能系統軟件(蘇州)、document Keeperは佳能信息系統(上海)が、中国の市場ニーズを吸い上げて、手軽に導入できる簡易ソリューションとして開発した。ディーラーは、サポートの手間がかからない機器と手離れのよいソリューションの提供を通して、収益率を向上できる。
リコー トータルサービスを強みに市場開拓 新体制への移行で開発・販売を強化

朱偉峰
銷售戦略部
総経理
朱偉峰・銷售戦略部総経理によると、「ここ2年間、売上高成長率は2ケタを達成している」。カラー機の販売に注力し、直販では「CMA」と位置づける中国トップ500社を主要ターゲットに開拓。間接販売では、ローエンドのカラー商品群が好調で、2016年は前年比30%のペースで伸長している。
同社の強みは、プリンタや複合機に加え、プロジェクターやITサービスなど、幅広い製品・サービスを提供して、ユーザーのオフィス環境の課題解決をトータルで支援できることだ。これによって複合機を導入した顧客に、追加でITサービスを提案するなど、取引量を継続的に増やすことが可能だ。朱・銷售戦略部総経理は、「コアビジネスのプリンタ/複合機に加えて、ニュービジネス(プロダクションプリンタ/プロジェクター/ITサービス/再生機など)が伸びており、ここ2~3年で売上高は倍増した。全体売上高に占める割合も20%程度まで拡大している」と説明する。
例えば、ITサービスでは、15年末に新たなプリンティングサービス「理光好享印」を開始。これは、ハードウェア、消耗品、保守サービスをまとめて、ユーザーの使用量に応じた従量課金制で提供するサービス。リコーチャイナやディーラーは、提供するプリンタの利用状況を遠隔から管理して、消耗品の補充や保守対応を効率化。製品の故障も未然に防ぐ。一方、ユーザーは、自社が抱えるプリンタの利用状況を監視して、印刷コストを適正化できる。
さらに16年下期には、タブレット型のMFP操作パネル「スマートオペレーションパネル(SOP)」の販売を開始する。SOPでは、ユーザーの既存システムと連携したり、リコーのアプリストア上から簡単に追加のソフトウェアをダウンロードして、機能を拡張することが可能だ。
また、リコーチャイナは10月1日付で新体制に移行した。これまでは、中国・アジアを一つの戦略地域と捉え、Ricoh Asia Pacific.,Ltd(RA)の傘下に収まっていたが、今回、日本本社の直下に移った。同時に、董事長は清水潔氏、総経理は金子豊氏に交代。両氏はともに、過去にリコーチャイナに駐在した経歴をもつ。新体制に移行したのは、中国の市場ニーズに合致した商品の開発・販売を強化するためだ。リコーチャイナは、すでに中国に独自の開発・生産・販売機能を有しているが、新商品の企画・開発にあたっては、日本との連携場面が多い。そこで、シンガポール経由でなく、日本と直接やりとりするスキームに移行し、商品の開発スピード・質を向上させる。同時に、中国のディーラーへの研修などのサポートも日本から人員を送り込むなどして、営業面でも連携を強化。直販部隊では、新たに2級都市に4拠点を拡充する方針だ。 ページ数:1/1 キャプション:
東芝テック 中国全土に1000社のディーラー網 顧客に近い代理店の開拓で万全サポート

(深セン)
松本 聡
総経理
同社の強みは、中国全土をカバーする広域なネットワーク網にある。自社で11エリアにサポート拠点を有するうえに、1990年代から代理店網を拡充し、2次店も含めて現在は約1000社のディーラー、約4000人の保守サポート人員を張り巡らせている。主要沿岸部の1級・2級都市はもちろんのこと、東北3省や新彊ウイグル自治区、チベット自治区を含め4~5級都市までを網羅。これによって、全国のどの地域でも同じ品質のサービスを提供することができる。
他のメーカーでは、大手の地場ディストリビュータと提携し、ある程度の権限を委譲したうえで、製品をディーラーに流通させるケースがあるが、東芝泰格信息系統(深セン)ではディストリビュータは活用していない。松本総経理は、「各地域で、現地に精通したディーラーと手を結ぶのが当社の基本戦略。顧客との距離が近く、なるべく直接取引しているディーラーを中心に開拓している。ディーラー網の階層は少ない方がていねいにサポートできる」と説明する。地方の過疎地域では、2次店を活用することも多いが、この場合も2次店、一次代理店と東芝泰格信息系統(深セン)との3者契約を結び、適切なサポートが行える体制を構築している。
また、同社はPOSシステムなどのリテール事業とあわせて、営業部門で約400人の従業員を抱えるが、日本人駐在員は松本総経理を含めて3人だけ。部長職は現地採用の中国人スタッフが務め、マネジメントの権限を委ねている。これによって、中国の文化・商慣習に適切に対応し、意思決定のスピードを迅速化している。
主力製品のA3複合機では、カラー/モノクロ機ともに注力しているが、とくに好評なのは、モノクロのローエンド20~30枚機だ。中国市場を想定して開発された製品も売れており、例えば「e-STUDIO2802」シリーズでは、一般的なA3複合機と異なり、A3紙用のカセットトレイを取り除いて、専用の印刷口を設けている。松本総経理は、「10人程度の小部屋に1台ずつ小型モデルを設置する中国ユーザーの傾向を踏まえて、A3モデルながらも部屋の隅に設置できるように小型化した」と話す。
2016年は、日本本社の戦略に合わせて、「e-STUDIO」シリーズのラインアップを最新の黒モデルにチェンジした。既存システムとの連携やカスタマイズが可能なタブレット型の操作パネルを搭載するなど、機能面も強化している。これに加えて、製造業向けラベルプリンタやPOSシステムなど、同社が扱う多様な製品群を組み合わせたバーティカルな提案を推進することで、他社との差異化を図る。
上海天復文印数碼科技 2万社の顧客もつ大手ディーラーソリューション強化でSIerとの協業に意欲

張文瑩
総経理
同社は、キヤノン(中国)製のオフィス製品を展開する上海エリア初の一次代理店だ。1990年に設立し、05年にはディーラー向けの卸売りに加え、エンドユーザー向けの製品販売を開始した。08年からは、業界に先駆けてオフィス機器のレンタルサービスも手がけている。
もともと国有資本が入っていたことや、上海エリアで最初の一次代理店だったこと、早期にレンタル事業を開始したことなどから、金融機関や教育機関、医療機関、政府・国有企業など、広範な業種・業態に大規模な顧客基盤を獲得している。張総経理は、「現在、継続取引している顧客が1~2万社あり、このうちの5000~6000社からは月ベースで収益をあげている」と自信をみせる。
ソリューションビジネスは、2014年頃に本格化した。張総経理は、「微信やQQなどのサービスのように、今後、中国で爆発的に普及する可能性が高い」とみており、同社では、プリンタ/複合機と各種ソフトウェアを組み合わせたドキュメントソリューションをワンストップで提供。「例えば、大手ユーザーの招商銀行では、当社のソリューションを活用することで、印刷コストを従来の3分の1に低減させることに成功した」(同)という。
今後は、ソリューションのラインアップを拡充していく方針。開発にあたっては、キヤノン(中国)グループだけでなく、その他の日系ITベンダーとの協業も模索しており、張総経理は、「日本のSIerと深度な協業を展開し、顧客によりよいサービスを提供したい」と意欲をみせる。上海天復文印数碼科技には、日系ベンダーと手を組むことで、競合にはない高付加価値なソリューションを提供し、差異化を図る狙いがある。一方、日系ITベンダーは、中国ローカル市場の開拓に向けた新たな販路として、同社とWin-Winの関係を結ぶことができそうだ。
難攻不落の中国市場では、多くの外資系企業が苦戦を強いられている。とくにITの領域では、中国政府による外資規制や国産製品の導入推進などによって、SIやソフトウェアを主業とする日系IT企業のほとんどが、巨大な地場市場を十分に開拓できていない状況だ。ただし、プリンタ/複合機の領域は様相が大きく異なる。日系を含む外資系メーカーが、市場シェアの大部分を握っており、市場を牽引しているのだ。中国経済が「新常態」に突入した現在、プリンタ/複合機の市場も伸び悩みつつあるが、日系メーカーはどのように成長を図ろうとしているのか。各社の動向を探った。(取材・文/真鍋 武)
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