新たなフェーズを迎えたIaaS/PaaS市場は、今後どのように推移していくのだろうか。主要プレイヤーの勢力図の変化や市場規模の推移などをどうみるか、国内のIaaS/PaaS市場に明るいアナリストに聞いた。(取材・文/本多和幸)
MM総研 デディケィテッドクラウドの成長が顕著
●19年度にクラウドは2兆円市場に MM総研は昨年、クラウドサービスを導入済み、または導入検討中の法人1609社へのアンケートをもとに、国内クラウドサービスの市場規模に関する調査結果をとりまとめた。2019年度(2020年3月期)までに国内クラウド市場は2兆円を超える規模に成長し、年平均成長率は21.7%になると予測している(図1参照)。加太幹哉・ネットワーク・ソリューション研究グループ研究課長は、「クラウド市場は非常に堅調な拡大傾向をみせており、この予測を上回る規模で成長する可能性がある」と指摘する。


MM総研
加太幹哉氏 同調査では、SaaS、PaaS、IaaSのすべてを含むパブリッククラウドとプライベートクラウドに分けた試算結果も出しているが、19年度時点でパブリッククラウドの市場規模は5000億円超といったところで、当面のクラウド市場の伸びを支えるのはプライベートクラウドであるというのが同社の見解だ。ただし、MM総研のプライベートクラウドの定義には、パブリッククラウドのリソースを使ってリソース占有型のサービスを提供するデディケィテッドクラウドも含まれるため、パブリッククラウドのIaaS/PaaSベンダーのビジネスも一部はプライベートクラウドに分類されることになる。そしてまさに、そのパブリッククラウドベンダーのデディケィテッドクラウドこそが、国内市場でとくに大きな成長が見込まれる領域だとみているという。加太課長は、「ITインフラの運用から解放されたいと考えているユーザーが増えているのはもちろん、クラウドサービスの価格が継続的に下がり、コストメリットを感じやすくなっていること、セキュリティに関するメリットが正しく認知されてきたこと、さらにはクラウドベンダーやSIパートナーがマイグレーションサービスを充実させてきていることなどが追い風になっている。NTTコミュニケーションズ(NTT Com)が自らSIをやったりという動きが出てきているのはその象徴」と指摘する。
●2強の勢いはしばらく続きそう 同調査では、パブリッククラウドのIaaS/PaaSの利用率も調査しており、国内市場でもAWSの利用率の高さは際立っているという結果になった(図2参照)。2位がMicrosoft Azure、3位がGoogle Cloud Platformとなり、その後にはNTT ComのCloud、富士通のS5と国産ベンダーのサービスが続いた。加太課長はパブリッククラウドのIaaS/PaaSの国内市場勢力図については、次のように解説する。「規模の経済を働かせることができるグローバルベンダーが上位3社を占めた。今後もこの傾向は続くと思われる。とくに上位2社の強さは際立っているが、マイクロソフトはAzureに非常に大きな投資をしているので、AWSが相対的にシェアを落とす可能性が高い。国産ベンダーは、利用率の調査では健闘しているようにみえるが、実際はデディケィテッドクラウドが主戦場であり、IBMも同様だろう。純粋なパブリッククラウドの分野では上位2社以上の投資ができなければなかなか現状を打破できないだろう。オラクルも楽しみな存在だが、後発の後発であり、3年前と比べても市場をひっくり返すのは非常に難しい状況になっている。やはりシンプルに、先行ベンダーと比べてどれだけの投資ができるかがシェアを獲れるかどうかを左右する」

さらにMM総研は、クラウドサービスベンダーのイメージ調査も行っている。各ベンダーに対するイメージをコレスポンデンス分析によりプロットした結果が図3だ。●がベンダーに対するイメージ、◆がベンダー名で、ベンダー名に近い●ほど、ユーザーがそのベンダーに対して強く抱いているイメージということになる。AWS、マイクロソフト、グーグルに対して、ユーザーは比較的近いポジションのベンダーと認識しており、「グローバルでの展開」「デファクトスタンダード」「業界最大手」「先進的なサービス」というイメージをもっているという結果になった。一方、IBM は「ブランドイメージがある」「サービスラインアップが豊富」というイメージで、前述の3社とはやや離れたポジションになった。また、国産ベンダーは、「サポート体制が充実」「パートナー企業が充実」「費用が高い」というイメージを強くもたれているという結果になった。

ガートナー 日本は市場構造に問題あり?
米ガートナーは今年8月、IaaS市場のマジッククアドラント2016年版を発表した(図参照)。横軸がビジョン、縦軸が実行能力を表し、右上に行くほど市場のリーダーとして位置づけられることになるが、AWSが抜きんでたリーダーであり、マイクロソフトが2番手、かなり離れてグーグルが追うという結果になった。ガートナー ジャパンの亦賀忠明・バイスプレジデント兼最上級アナリストは、「上位2社は、長期戦略もしっかり立てたうえで大きな投資を続けており、日本国内の市場でも優位にあるのは間違いない」と話す。


ガートナー ジャパン
亦賀忠明氏 一方で、亦賀バイスプレジデントは、日本のクラウド市場には「構造的な問題がある」とも指摘し、これに各ベンダーがどう向き合うかで今後の市場の勢力図に変化が起こる可能性があるという。以下、亦賀バイスプレジデントの見解を紹介する。
「クラウドの真のメリットは、ユーザーが自分でハンドルを握ってパブリッククラウドの標準サービスをそのままのかたちで利用しなければ享受できない。マネージドサービスやホスティングのようなものは、本来、クラウドと呼ぶべきではない。AWSのようなトップベンダーがクラウドの本質をもっとしっかり説明すべき。クラウドをユーザー企業の競争力強化に役立てるには、ユーザー側にスキルをもった人を増やすことが必要で、AIやIoT、ブロックチェーンなどを活用した高度なデジタルビジネスではそれがより重要になる。逆に、そうした視点をもち、然るべき施策を打つことができれば、後発のクラウドベンダーでも市場で高いシェアを獲得できる可能性がある」。
アイ・ティ・アール(ITR) 売上高では国産ベンダーの健闘目立つ
●2019年度のIaaS/PaaS市場規模予測は3000億円超
ITR 甲元宏明氏 アイ・ティ・アール(ITR)も、今年2月に国内IaaS/PaaS市場規模の調査計画を発表している。2019年度の市場規模予測は3000億円超で、年間19.2%の成長が見込まれるという。先に紹介したMM総研の調査と異なるのは、ITRがベンダー側への調査、MM総研はユーザー側へのアンケート調査にもとづいてまとめたものであること、また、ITRの調査はIaaS/PaaSに絞ったものであるのに対して、MM総研はパブリッククラウドのSaaSも調査範囲に含めていることの2点くらいだが、かなりの数字の乖離がある。甲元宏明・プリンシパル・アナリストは、「できる限り事業者に直接インタビューして得た結果」と自信をみせる。
現在の国内市場の状況については、次のように説明する。「基本的にどのベンダーも伸びていて、平均すると20%くらいの伸び率をみせている。やはり売上トップはAWSだが、案件単価が高いNTT Comが2位、以下、富士通、IBM、IIJ、マイクロソフト、NEC、セールスフォース・ドットコム、NTTデータ、グーグルと続いている。ホスティング的な使い方がまだまだ多いことが如実に表れている」。
MM総研の「利用率」の調査と比べ、売上高でみると国産ベンダーの順位がさらに上がるところが興味深い。

●今後は2社が後続を引き離す可能性 ただし、クラウドサービスのデファクトとしての位置づけはAWSとAzureがすでに獲得しているとみており、2社が後続を引き離してしまう可能性は高いという。それでも、SoEビジネスの拡大などに伴い、「PaaSで大きく成長できるチャンスはある」と指摘する。
また、「OSSに対するユーザー企業側の興味がこの2~3年で俄然高まった。最新のテクノロジーが生まれるところとして注目しているし、クラウドでも囲い込みに対する警戒感が出てきた。オープンソースにどれだけコミットしているかをユーザーはみており、これも今後クラウドベンダーに対する支持を左右する要因になる可能性がある」としている。