コンシューマ用ゲーム機での採用によって、話題を集めるバーチャルリアリティ(VR、仮想現実)。とくに今年は「VR元年」ともいわれるほどの盛り上がりをみせているが、エンタテインメント分野以外にも、VRの活用法を模索する動きが出てきている。業務利用向けのVRでは何ができるのかを追った。(取材・文/前田幸慧)
急速に認知が広まるVR ビジネス活用を模索する動きも
2016年はVR元年。この言葉に聞き覚えのある人は多いだろう。今年は、3月にFacebook傘下、米Oculus(オキュラス)の「Oculus Rift」を皮切りに、4月には台湾のスマートフォンメーカーであるHTCの「HTC Vive」、10月にはソニー・インタラクティブ エンタテインメントの「Playstation VR」など、VR向けヘッドマウントディスプレイ(HMD)が相次いで発売された。
ゲームをはじめとしたエンタテインメント用途で一般消費者の認知を一気に広げるとともに、ゲームメーカーや大手通信キャリアなどが相次いでVR事業へと参入し、業界も大いに沸き立っている。調査会社によってさまざまではあるが、VR市場は20年までにグローバルでおおむね数兆円規模になるとの予測が出ている。
一方、VRはそうした一般消費者をターゲットとしたエンタテインメント業界だけで盛り上がっているのかというと、決してそうではない。最近では、VRを企業の業務にも生かせないかと、ビジネスの可能性を模索する動きが出始めている。

シード・プランニング
原 健二
主任研究員 調査会社のシード・プランニングによると、VRは現在、「イベントのプロモーション向けを中心に利用されている」(原健二・シード・プランニング リサーチ&コンサルティング部エレクトロニクス・ITチーム 2Gリーダ 主任研究員)という。そのうえで、かねてから積極的にVRを活用している自動車業界をはじめ、観光やブライダル、整備点検、製造、医療、介護、不動産、博物館など、「(VRは)さまざまな分野で活用できると考えられる」と説明する。
しかし、VRは市場として立ちあがったばかりで、ユーザーやベンダー側がVRの定義をよく理解できていなかったり、VRで何ができるのかわかっていなかったりするケースが多い。「今は各社がVRをどのようにビジネスに生かすことができるかを模索している段階。(ヒアリングしたところでは)VRを実ビジネスに展開するようになるまでには、2~3年はかかるのではないかといわれている」(原主任研究員)としている。
一方で、ここにきてVR投資が活発化する傾向にあり、VRデバイスも進化してきていることから、「半年あるいは1年経つと状況が変わっている可能性がある」といい、市場としてはまだまだ未知数だ。原主任研究員は、「(ITベンダーにとって)ドローンはハードよりも、映像やネットワークなどの周辺ビジネスにチャンスがあると考えている。それと同様に、VRもハード周辺のビジネスが活発になってくるだろう」と見解を述べた。
シミュレーション、トレーニング、不可能の実現……法人向けVRのメリット
VRは幅広い業界で活用できる可能性があるが、そもそも、業務でVRを活用することによって生まれる価値とは何なのか。富士通 統合商品戦略本部ソフトウェアビジネス推進統括部VR/ARソリューション推進部の宮隆一氏は、「VRで得られるメリットは大きく三つある」と語る。それは、「シミュレーション」「トレーニング」「不可能の実現」だ。
VRでは仮想空間をあえて現実に見立てることから、現実世界で容易に実施できることにわざわざVRを用いる必要はない。VRが生きるのは、現実世界ではなかなか実施できないことを、仮想空間上で行う時。それは、現実には危険な作業や、多額のコストを必要とするもの、何度も繰り返し体験する機会が得られないこと、そもそも実現不可能なことを体験できるということだ。NECの野中崇史・SI・サービス市場開発本部コンテンツソリューショングループ主任も、「危険な作業など、現実ではできないようなことを実現できることに付加価値がある。また、現実にやると多額のコストがかかるものには、コスト削減の効果がある」とVRの利点を強調する。
こうしたことから、NECではトレーニングやシミュレーション用途に、富士通では医療に期待を寄せている。VRビジネスを本格化させている両社の取り組みを、次ページから紹介する。
いまさら聞けないキーワード
「VR」とは?
VR(Virtual Reality)とは、現実には存在しないものをあたかも存在するかのように人工的につくり出す技術のこと。日本語では「仮想現実」「人工現実感」などと呼ばれる。一般的に、VR専用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)などの機器を装着し、CGによって作成した映像や画像を駆使してつくり上げた仮想世界を、あたかも現実世界にいるかのように体感することができる。現在は主にゲーム用途で注目を集めている。
類似する概念として、「AR」や「MR」がある。AR(Augmented Reality)は「拡張現実」と呼ばれ、スマートフォンやタブレット端末などのスマートデバイスを利用し、カメラで写した現実世界の風景に仮想のコンテンツを付加して画面に表示する(現実を拡張する)技術のこと。今年流行したスマートフォンゲーム「ポケモンGO」もARの技術を利用している。MR(Mixed Reality)は「複合現実」と呼ばれ、仮想と現実とを複合したもの。マイクロソフトのHMD「HoloLens(ホロレンズ)」が有名だ。これら三つをより現実世界に近い順に並べると、AR、MR、VRとなる。
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