国産PCメーカーの再編が相次いでいる。上位の国産PCメーカーが外資系と事業統合したり、事業縮小したりと、再編を余儀なくされている。そういったなかで、気を吐いているのがエプソンダイレクト、VAIO、マウスコンピューターといった国内中堅PCメーカーだ。この3社の本社、工場は長野県に集中している。信州ならではのものづくり、中堅メーカーならではの取り組みをまとめた。(取材・文/山下彰子)
●XP特需の反動から抜けたPC市場
まずはPC市場全体をみていこう。調査会社IDC Japanが発表した2016年国内PC市場実績値によると、ビジネス市場は前年比5.6%増の637万台となり、Windows XPのサポート終了に伴う反動が落ち着き、回復フェーズに入ったことがわかる。また、「17年も引き続き、成長が見込める」と予想している。
エプソンダイレクトの栗林治夫取締役は「13年はXP終了に向けた特需が大きく、前年比30%増となった。その後の反動は16年まで続くかと思ったが、予想よりも前倒しでゆるやかに回復している」と話す。
VAIOの花里隆志執行役員も「販売台数が伸びてきており、各流通から前年比増となったと聞いている。法人市場は順調になっている」と話し、現場でも市場の回復を体感しているようだ。
今後の動向については、法人向けのWindows 7 Professional搭載PCの販売が終了する17年10月が次の山になるかと思われるが、栗林取締役は、「小さな山だろう。それよりもサポートが終了する20年1月に向けて一気に切り替えが進む」と話す。VAIOの花里執行役員も、「大手エンタープライズ向けでは、XPから7の時よりも7から10への移行のほうが早い、という感覚がある。今後10の需要は上がっていく」とさらなる期待を寄せた。
ものづくりの基盤を育んだ信州
●地元に根を下ろしたものづくり
信州PCメーカーであるエプソンダイレクト、VAIO、マウスコンピューター。3社に共通しているのが、長野県でものづくりをしている歴史が長く、地元にしっかりと根を下ろしている点だ。エプソンダイレクトは、前身の大和工業時代(1942年)から長野県諏訪市に本社を置き、腕時計の部品製造や組み立てを行ってきた。
セイコーエプソンの腕時計
VAIOの安曇野工場は、ソニー時代に子会社化した東洋通信工業(61年)の豊科工場。オーディオ関連製品の工場として歴史を刻み、その後、家庭用PCの製造を開始。ソニーからPC事業が分社化した際にVAIOがそのまま引き継いだ。
マウスコンピューターは、テレビの基盤やテレビをつくっていた飯山電機(72年)をMCJが吸収合併し、その後社名変更したiiyamaをマウスコンピューターが吸収。2008年からマウスコンピューターのPC製造工場およびモニタの修理工場として稼働している。3社は時代とともに社名や製造している製品は変わっているが、半世紀近く根を下ろし、ものづくりに取り組んでいる。
そもそも、長野の地でここまでものづくりが盛んになったのはなぜか。やはりエプソンの時計づくりが発端のようだ。エプソンダイレクトの栗林取締役は「地域のパートナーの協力を得て時計などの組み立てを始め、精密機器づくりの技術が磨かれていった」と話す。これについてはマウスコンピューター飯山工場の松本一成工場長も「昔の工場は水を非常に使った。(エプソン本社のある)諏訪地域は水が綺麗なところで、昔から精密機器や時計などの生産工場が多い」と語る。
こうして育まれていったものづくりの土壌は、後の企業や工場に受け継がれていく。VAIO技術&製造部の丸山由幸部長は「長野県内は先端の工場、技術をもった会社がたくさんあるので、情報交換ができる。環境的にすばらしい」と話す。
●立地と物流の課題
長野県といえば山に囲まれた内陸県で、海に面していない。PCを組み立てるためのパーツは海外から海を越えて届くものが多く、港から車で2~3時間離れた長野県としては、物流コストがかさんでしまうというデメリットがある。また組み立てて完成した製品を配送する配送費についてはどうだろうか。加えて冬期は、長野県の北部は雪が深い豪雪地帯だ。こういった点はデメリットにはならないのだろうか。
3社のなかで一番北部、雪が深い飯山市に工場があるマウスコンピューターの松本工場長は、雪はそれほどネックになっていない、と話す。「飯山市は雪対策をしっかり行っているので、除雪車が頻繁に走り、道路の状態はいい。雪のために交通が止まることはめったにない」と話す。確かに取材当日は雪が舞う生憎の天気だったが、道路の雪は路肩に積み上げられ、雪が降り始めてしばらく経つと消雪パイプから水が撒かれ、雪を溶かしていた。
雪が降る飯山市でも道路の状態はいい
(マウスコンピューター飯山工場前)
さらに、飯山工場から車で5分ほどのところに上信越自動車道へ続くバイパスが走り、陸路で商品を届けやすい。最寄り駅の飯山駅は北陸新幹線が停まるので、商談の際に都心にアクセスしやすいという。
安曇野市にあるVAIOもエプソンダイレクトの工場も、物流に関して大きなデメリットは感じないという。長野県は高速道路が比較的整備されていて、配送業者に依頼した場合の納期は、「都内の郊外から出荷するのとそれほど変わらない」(マウスコンピューターの松本工場長)という。
エプソンダイレクトの栗林取締役は「長野県は日本のちょうど真ん中、へそにあたる。全国に商品を送ることを考えると、日本全国どこでも発送しやすい」と話す。
VAIOの丸山部長は、「物流費として考えると多少デメリットはあるが、安曇野工場に調達、開発、製造、カスタマセンターをすべて集めて情報をフィードバックさせやすくすることで、品質を高めることができる。物流費の問題は品質でカバーできているので問題ない」と話す。
●ものづくりを支える人々
PCに限らず、単一の製品を大量に製造するにはライン生産が効率がよい。また、従業員に職人的スキルがなくても作業ができる。しかし、工場取材ができたエプソンダイレクト、マウスコンピューターともにBTO(受注生産)の割合が高く、組み立てるPCのスペックも一台ごとに異なるため、セル生産方式を採用していた。デスクトップPC、ノートPCで生産ラインを分けていたが、基本的に一人がすべてのパーツを使って組み立て、その後チェック、ソフトウェアのインストール、検証、梱包と続く。つまり、スタッフには高い組み立てスキルが求められるわけだ。
マウスコンピューターの松本工場長は「人により習熟度に違いがあるが、熟練のスタッフは何でも組み立てができる」と話す。
こうした高いスキルは、やはりものづくりの積み重ねと、「信州人」の気質にあるようだ。
マウスコンピューターの松本工場長によると「地元に密着しているので、離職率が低い」と話す。長期間、じっくりと腰を落ち着けて勤務することで組み立て技術が自然と上がっていくという。
信州人の気質については3社とも「真面目」と回答した。実直に仕事に向き合い、細かいところまで、きっちりとていねいに作業をしてくれる人が多いという。工場で組み立てて、梱包したものは直接顧客の手元に届く。それゆえ、品質、組み立てのていねいさだけではなく、梱包のきれいさなども重要となる。
さらにBTOとなると1台1台スペックが異なるので、スペックの間違いは許されない。間違いなく、ていねいにつくりつつも、納期の短縮が求められる。そうした点も踏まえると、こつこつとていねいに作業し、勤勉さをもって日々スキルを高める気概のある信州人は、まさにものづくりに向いているようだ。
ていねいに組み立てる(エプソンダイレクトの工場内)
エプソンダイレクトの栗林取締役は「長野県は日本のスイス。ものづくりがしやすい土壌と、長野で育まれた勤勉で真面目な人たちが揃っている。また風情のある町並みが人々の心を癒やし、芸術文化を育んできた。そのため自由が発想が生まれやすい」と語る。
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