東南アジア地域に進出する日本企業が増えている。アジアの金融ハブとして人・モノ・金が集中するシンガポールは、そのなかでも唯一の経済先進国として、確固たる地位を築き上げている。政治・社会の安定性や、アジアの中心に位置する立地性、法人税などの税制上のメリットなどから、この地に東南アジア地域の統括会社を設ける企業は多い。外からみれば明るい話題が目立つシンガポール。同国に進出した日系ITベンダーは、順調に事業を拡大しているのだろうか。現地に赴き、各社に実際のところを聞いた。(取材・文/真鍋 武)
fernridge singapore
地道にコツコツと、泥臭く
fernridge(singapore)は、1995年にシンガポールで設立した日本人経営のITベンダーだ。シンガポール国内に10人弱の人員を抱えるほか、タイ、マレーシア、日本にも子会社を有する。ITインフラやネットワーク構築などのシステムインテグレーションを手がけており、サイボウズのPaaS「kintone」やe-Janネットワークスのリモートアクセスサービス「CACHATTO」などの製品も取り扱っている。
2001年にシンガポールに移住し、同社の舵をとっている小林昌宏Managing Directorは、「ITビジネス環境は、以前と比べて厳しくなっている」と断言する。日系企業を主要顧客としているfernridgeだが、当該マーケットではとくに雲行きが怪しい。
その理由の一つは、競争関係の激化だ。fernridgeの設立当初、シンガポールに拠点を有する日系ITベンダーは、大手などの一部に限られていた。しかし、10年以降は中堅・中小も含めて日系SIerの進出が急増。BCN上海支局の調査では、すでに50社以上がシンガポールに進出していることがわかった。
これに対して、顧客先である日系企業の数は限られている。日本貿易振興機構(JETRO)シンガポール事務所によると、同国には2000~3000社の日系企業があるとみられるが、頭打ちの状況だ。実際、シンガポール日本商工会議所の会員数は17年4月時点で824社で、前年同期から30社減少した。小さな市場に多くの日系ITベンダーが群がっているため、競争は必然的に激しくなる。
二つめの理由は、コストの増大だ。シンガポールは、東南アジア唯一の経済先進国で、1人あたりのGDPは日本を超える5万2888米ドル(2015年)。それゆえに人件費は高騰していて、新卒の初任給も30万円を超えるのが一般的な水準だ。小林Managing Directorは、「一定の案件はいただけているものの、事業を拡大したいからといって安易に人員を拡充することはできない」と話す。fernridgeでは、人件費が比較的安価なマレーシア移民を採用するなどの策を講じている。また、最近は落ち着いてきているものの、シンガポールはオフィス賃貸料も安くない。
小林昌宏
Managing Director
こうした環境下で、持続的に成長していく秘訣について、小林Managing Directorは、「泥臭いが、地道にコツコツとやっていくしかないだろう」と打ち明ける。そこで、同社が力を注いでいるのが、保守サービスだ。シンガポールの日系企業では、大型のシステム案件が期待できるムードではないため、顧客サポートの充実によって、都度発生するリプレースやシステム改修の情報をすみやかに獲得し、案件につなげる。現在、fernridgeの売上高に占める保守サービス比率は40%程度。小林Managing Directorは、「日本以上に、日系のお客様とは深くおつき合いさせていただいている」と話す。とくに最近では、本社によるガバナンス強化などの影響で、「セキュリティ関連の引き合いが増えていて、興味をもって話を聞いてもらえる」という。
一方、小林Managing Directorは、独自の事業展開も模索している。個人的に「CRYPTODUB」という会社を設立しており、P2Pやブロックチェーン、セキュリティ関連のソリューションを提供していく構想だ。シンガポールでは、政府が掲げる「スマートネーション構想」の一環としてFinTech産業の振興が進められている。現時点でCRYPTODUBの具体的な事業展開は模索中だが、fernridgeとうまく連携しながら方向性を定めていく考えだ。
ISI-DENTSU SOUTH EAST ASIA 電通国際情報サービス
一大イベントに備える
電通国際情報サービスは、1992年と日系SIerとしては早期にシンガポール拠点のISI-Dentsu South East Asiaを立ち上げた。もともとは、金融機関の海外拠点向けバックオフィスシステム「GBS(Global Banking System)」のサポートを主業としていたが、現在ではタイとインドネシアにも子会社を抱え、幅広くITコンサルティングやシステム開発サービスを展開。東南アジア全体で約70人の人員を抱える。
飯田広基
Managing Director
シンガポール国内では、金融機関向け事業とデジタルマーケティング事業を二本柱として展開。売上高の9割は日系企業の案件で、このうち金融機関が6~7割を占める。しかし、現状について飯田広基Managing Directorは、「少しずつ売り上げは伸びてはいるものの、正直にいえば、期待していたほどの盛りあがりには至っていない」と漏らす。かつて日系金融機関は、メガバンク3行を中心にIT投資の拡大が期待されていたものの、16年に日本銀行がマイナス金利を導入して以降は、各行が新たな事業展開を控え、IT投資に慎重な姿勢をみせているのだ。
一方、ISI-Dentsu South East Asiaは、シンガポールで一般企業向けの基幹システム導入案件には、手を出していない。飯田Managing Directorは、「すでにレッドオーシャンとなっており、競争がすごく激しい」と説明する。日系マーケットは、市場規模が限られていて、日系SIer間の競争がし烈。一方ローカルマーケットは、一定の市場規模はあるものの、地場ベンダーや欧米系ベンダーに加え、インド系やマレーシア系のベンダーも競争に加わる。ここで地の利が効かない日系ベンダーが優位性を発揮することは簡単ではない。
そこでISI-Dentsu South East Asiaでは、三つの戦略で事業拡大につなげる。一つは既存の金融領域で、シンガポール金融管理局(MAS)の当局報告対応システム案件だ。シンガポールでは、数年後に、当局報告制度の大きな更改が予定されており、これに伴い、金融機関は対応に追われるため、システム改修案件が見込める。飯田Managing Directorは、「一大イベントとなる」とみる。そこで、ISI-Dentsu South East Asiaでは、更改に対応する当局報告専用のパッケージソフトを開発中。安価で導入しやすい製品に仕上げ、日系・非日系を問わず提供していく。
二つめは、デジタルマーケティング事業の拡大だ。同社では、15年に東南アジア地域のマーケティングに特化したデータサイエンス専門組織「データインテリジェンスセンター」を立ち上げており、各地域のインターネット上にある情報をもとにデータ収集・解析を行い、企業のマーケティング活動を支援している。すでに、日系の自動車業で活用実績があり、これを横展開していく考えだ。
三つめは、日本企業の東南アジア進出支援だ。日本本社やタイ、インドネシアの子会社と連携して、各国で日系企業のITプロジェクトを獲得していく。飯田Managing Directorは、「シンガポールでどう成長していくかは、多くの企業にとって共通の課題となっている。ここで蓄積した経験・ノウハウを東南アジアの各国・地域に展開していきたい」と話す。
現在、ISI-Dentsu South East Asiaの東南アジア全体の売上高は10億円程度。今後は、年平均10%以上の成長を目指す。
WingArc Singapore ウイングアーク1st
各国・地域の違いを克服
2014年3月に東南アジア地域に進出したウイングアーク1stでは、シンガポールのWingArc Singaporeを統括拠点として、各国・地域に帳票ソフトの「SVF」やBIツールの販売・サポートを提供している。これまでの3年間で、約20社の日系企業顧客を獲得した。販売実績をあげたのはシンガポール、タイ、インドネシアの3か国で、現在はフィリピン、マレーシア、ベトナムでの展開を順次進めている。
野口高成
Managing Director
野口高成Managing Directorは、過去3年間について、「おおむね順調に成長してきた」と評価しつつも、「これからの3年間は、簡単ではない」とみている。なぜなら、各地域での市場調査や販売体制の整備を進めてきたなかで、課題もみえてきたからだ。それは、同じ東南アジア地域といえども、国によってビジネスの性質が異なり、統一したオペレーションでは顧客を開拓しにくいというもの。言語はもちろんのこと、各国で法制度や文化・商慣習、強い業種などが異なるために、それぞれに最適化した戦略を講じていく必要があるわけだ。
とくに、シンガポール国内に関しては、「ポジティブな要素があまりなく、拠点としての使い方をよく考えていかなければならない」と野口Managing Director。同国では、日系企業を中心に顧客を開拓しているが、マーケットは小さい。「例えば、日本の47都道府県の一つの県に、主要なIT企業が集中してしのぎを削っているイメージだ」という。
また、シンガポールといえば、東南アジア地域もしくはアジア・パシフィック地域(APAC)全体を管理する地域統括会社を設けている日系企業が多いが、「実際には、シンガポール国内に関しては、ほとんど案件がない状況だ」(同)。地域統括会社は、各国の取りまとめを行っているが、事業としての実体がないために、大きなシステムは必要とされない。
さらに、IT導入に関して各国の事業会社に全社的な方針を示したり、提案したりするものの、決裁権や予算は現地側に委ねられていることが多い。つまり、シンガポールで地域統括会社に提案したとしても、そこで各国にある事業会社のIT導入を、一括して受注できるわけではないということだ。
ただし、シンガポールはアジアのハブであり、情報量が豊富だ。直接的な案件にかかわらずとも、統括会社を訪問すれば、各地域の市場動向や事業活動の状況を把握することができる。そういう意味では、情報収集拠点としてのメリットは大きい。
シンガポール国内だけを活動領域とするのでは開拓余地が限られる。そこで、WingArc Singaporeでは、東南アジア各国で広く案件を獲得していくために、各国に1社ずつメインパートナー企業を開拓し、地域に合った販売体制を整備した。
短期的には、日系の製造業が豊富なタイでの事業拡大が予想されるが、野口Managing Directorは、「日系企業のマーケットにとどまるのではなく、中長期的にはローカル企業を開拓したい。当社の商材はソフトウェアなので、ここで成功すれば、大化けする可能性がある」と意欲をみせる。そのため、ローカル企業の開拓を目指すフィリピン、ベトナム、インドネシアに関しては、地場のITベンダーをメインパートナーに据えた。
WingArc Singaporeでは、今後3年間で導入実績の2倍以上の拡大を目指す。
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