実用化が大きく注目されている自動運転の開発競争が、世界中で激化している。自動車メーカーだけでなく、IT企業や大学も競争に参入し、群雄割拠の様相を呈している。2020年の東京五輪・パラリンピックの開催に向け、日本政府も重要視する自動運転の最新動向を紹介する。(取材・文/廣瀬秀平)
世界初の国家戦略
「自動車業界は、大きな転換点を迎えている」。内閣官房の大嶋宏明・情報通信技術(IT)総合戦略室参事官補佐は、自動運転がもたらす影響について、こう説明する。
内閣官房
大嶋宏明
情報通信技術(IT)総合戦略室
参事官補佐
大嶋参事官補佐が所属する内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室は、自動運転に関する国の方向性を定めた「官民ITS構想・ロードマップ」の策定を手がけている。
ロードマップは、自動運転に関する世界初の国家戦略として2014年に策定された。その後、最新の動向を踏まえて15年、16年、17年と毎年改定されている。
ロードマップは、30年までに「世界一安全で円滑な道路交通社会」を構築することを目標とする。具体的には、20年までに「安全」の部分を実現し、30年までに「円滑」の部分を加える枠組みだ。
「世界一安全」の指標となるのは、交通事故による死者数だ。現在、全国で4000人前後となっている1年間の死者数を2500人以下に抑制し、世界トップクラスの水準を目指す。
一方、「円滑」の部分に関しては、経済損失や環境負荷など、関連する項目が多岐にわたるため、「どうやって自動運転の効果を示すかは、まだ検討中の段階」(大嶋参事官補佐)という。
ロードマップが策定された14年以降、自動運転を取り巻く国内の環境は大きく変わり、官民の連携強化や制度の整備が着々と進められている。17年度は、さらに具体的な取り組みとして、国が主導する大規模な実証実験が全国各地で実施される。安全基準や法律などのルール、保険を含む責任関係などの方向性を定める大綱も取りまとめられる予定だ。
キーワードは「2020年」
自動運転は、運転者の関与状況などに応じてレベル分けされている。ロードマップが採用するのは、SAE(Society of Automotive Engineers)の基準で、すべての運転を人間が担う「レベル0」から、すべての運転をシステムが担う「レベル5」まで6段階になっている。
細かく説明すると、レベル0からレベル2は、運転の主体を人間が務め、システムが運転を支援したり、一部を自動化したりする。レベル3以降は、運転の主体がシステムになる。さらにレベル4とレベル5は、「完全自動運転」と位置づけており、すべての操作に人間は一切、関与しない。
ロードマップには現在、「高速道路での自動走行」(レベル2)と「限定地域での無人自動走行移動サービス」(レベル4)を20年までに実用化すると記載されている。時期を20年としているのは、「東京五輪・パラリンピックに合わせ、世界に日本の技術力や安全性をアピールする」(大嶋参事官補佐)との狙いがあるからだ。
さらに、その後のシナリオについても言及。高速道路での自家用車の完全自動運転(レベル4)の実現が見込まれる時期は「25年をめど」に設定し、高速道路でのトラックの完全自動運転(レベル4)については、25年以降とした。
大嶋参事官補佐は、「ドライバーが、自ら運転する車を買うことがこれまでの主流だったが、今後は、自動運転のサービスを買う動きも生まれてくるだろう」と前置きし、「自動運転によって、国全体で課題となっている事故の削減や渋滞の緩和、過疎地域などでの移動手段の確保、人手不足に対応する効率的な物流サービスの実用化のほか、自動車産業の競争力強化も期待できる」と予想する。
開発競争の行方は?
自動車が誕生したのは、日本がまだ江戸時代だった頃の18世紀だ。その後、1908年にフォードによる大量生産方式が始まり、世界中に自動車が急速に普及。移動や物流、そして産業構造に大きな変化を与えた。
しかし、技術が進歩しても、人間が運転するという構造は変わらなかった。そのため、自動運転は、これまでの歴史を大きく変え、自動車産業に革命を起こすといわれている。
日本では、トヨタなどの自動車メーカーが、大規模な投資をして研究開発に取り組んでいる。自動運転の世界市場は、将来的に大きく成長する見通しで、欧米の自動車メーカーも実用化に向けて躍起になっている。
自動車の市場ではこれまで、日米欧のメーカーがし烈な覇権争いをしてきた。最近では、米グーグルなどのIT企業も独自に自動運転研究を進めており、今後、勢力図が大きく変わる可能性もある。
日本自動車工業会によると、2014年の自動車製造業(二輪車、車体・付随車、部分品・付属品を含む)の製造品出荷額等は、前年比102.6%の53兆3101億円だった。全製造業の製造品出荷額等のうち17.5%を占め、日本経済を支える重要な基幹産業と位置づけられている。
自動運転での日本勢の主導権獲得に大きく注目が集まるなか、大嶋参事官補佐は、「海外メーカーの宣伝は派手にみえるが、詳細をみると、条件が限定的な部分がある。技術的にずば抜けているというわけでもない」と冷静に分析する。
さらに、「開発のスタンスの違いだと思うが、日本の自動車メーカーは、あまり派手に宣伝をしない。国としてもしっかり計画を立てながら、世界の最先端と同等のレベルで取り組みを進めている。海外と比べて、大きく遅れているとは思っていない」と話す。
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