世界が舞台の競争に、日本の大学が挑戦
新たな市場を見据えた動きも
自動運転の市場では、世界的な自動車メーカーやIT企業が、大規模な投資をしたり、他社との連携を強めたりしてしのぎを削っている。一方、日本国内では、独自の観点で研究を進め、競争に割って入ろうとしている大学がある。新たな市場の誕生を見据え、取り組みを進める企業も出始めている。
公道を走る乗用車
群馬大学大学院理工学府
小木津武樹
助教
公道を走る乗用車が、赤信号の前で止まる。青に変わると、ゆっくりと動き出し、交差点を左折する。走行中は、一時停止の標識も見落とさない。
外からみると、ほかの車両と変わらない動きだ。しかし、車内では、大きく異なる光景が広がっていた。
ドライバーが手をかざしたハンドルが、自動的に動く。ブレーキやアクセルも自動的に制御し、ウインカーも自動的に点灯する。
「これは、私のハンドパワーではありませんよ」。笑顔で話す群馬大学大学院理工学府の小木津武樹・助教は2016年10月から、大学がある群馬県桐生市の公道で、自動運転の走行実験を実施している。関東地方の大学で、公道実験に取り組んでいるのは、群馬大学だけだという。
群馬大学の実験車両
真のニーズを満たす
「人間を運転から解放したほうが、車に対する真のニーズを満たせるのではないか」。小木津助教が自動運転の研究を進める背景には、こうした思いがある。
小木津助教は、「高齢化の影響で、運転能力が低下した人が増えているという見方ができる。また、過疎地域での移動手段の確保が課題となっているほか、若者の車離れも進んでいる」とし、「今の車のあり方は、真のニーズに即していない」と指摘する。
そのうえで、「自動運転が実用化すれば、ハンドルやアクセル、ブレーキなどを車内に置く必要がなくなる。空間を自由に利用することができるため、部屋のなかで過ごしながら移動したり、空間を最大限に使って物を運んだりすることが可能になる」とみている。
さらに、「運転する主体が機械になり、人間を超えた運転能力が生まれれば、安全で劇的に効率的な交通システムを構築することも期待できる」と話し、自動運転が社会に大きな影響をもたらすとの考えを示した。
メンテナンスのルールも課題
小木津助教が使う実験車両は、市販車をベースに製作された。障害物などを検知するレーザーレーダーや、信号の色を識別するカメラ、位置を特定するGPS機器を車両上部に設置し、コンピュータや通信機器はトランクに置かれている。ダッシュボードの上に自動運転に切り替えるスイッチがあるものの、車内は一般的な車両とほぼ同じだ。
手前からレーザーセンサ、カメラ、GPS機器
トランクに置かれたコンピュータや通信機器など
自動運転車は「あらゆるITの集積となるもの」(小木津助教)で、センサなどの精密機器が多く搭載される。そのため、安全に走行させるためには、人間が運転する車以上に、日頃のメンテナンスには気を遣わなければならない。
取材に訪れた日は、断続的に雨が降る天気。センサやカメラなどが故障する可能性があったため、実験車両は走行できず、動画で実験の状況を説明してもらった。
天気の変化だけでなく、気温の変化や空気中のごみなども、機器の作動に影響する可能性がある。自動運転を実用化するためには、メンテナンスのルールづくりも課題になりそうだ。
自動運転で国力の強化を
小木津助教は、将来的に特定のエリア内での完全自動運転(レベル4)の実用化を目指している。エリアを限定する理由は、「あらゆる場所を走らせるよりも、地域を限定した方が、実用化の可能性が高い」との考えがあるからだ。
群馬大学は今年度、群馬県前橋市にある荒牧キャンパスで、データセンターや管制室、シミュレーション室、車両の整備開発室を設けた研究開発棟と、国内大学として最大規模の自動運転専用の試験コースを整備する。また、観光地の富岡市や工場が立地する太田市、過疎化が著しい南牧村の公道でも走行実験をスタートし、実用化に向けた動きを加速させる。
両手を放した状態で公道を走る実験車両
(群馬大学提供)
小木津助教は、「完全自動運転は、無人という大きなキーワードをもった移動体。これを使えば、治安や防災、保険、観光など、多業種の競争力強化につながり、結果として国力の強化が期待できる」と主張し、「技術相談から実証評価、他分野の連携を、独立かつ公益的な立場で後押しするのが大学の使命。『自動運転のよろず相談所』としての役割をしっかり果たしていきたい」と意気込む。
将来は「3ケタ億円」の事業に
小木津助教は、「自動運転の世界で、一番価値を高めるプレイヤーはIT企業だ」と断言。システムの開発やサービスの展開をする際、IT企業の存在が欠かせず、自動運転とITを組み合わせることで「無限の可能性」が生まれると予想している。
IT企業に大きな期待がかかるなか、17年4月に群馬大学と産学連携を結んだのが、NTTデータだ。
同社は、群馬大学との産学連携を通じて、限られた地域内でバスやトラック、タクシーの完全自動運転化を確立させ、新たなサービスとして全国に展開することを見据えている。今後は、群馬大学とともに情報収集やリモートコントロール、アプリケーションの開発などについて研究を進めるという。
(左から)山田隆司氏、坂田年央氏、町田宜久氏
NTTデータの町田宜久・第一公共事業本部第一公共事業部営業統括部第一営業担当課長は、「商用車をターゲットにしているのは、事業者が運行状況をしっかり管理する必要があるため、自動運転との親和性が高いため」と説明する。
ただ、サービスを事業として成り立たせるためには、ハードルもある。NTTデータアイの山田隆司・第一事業部企画担当部長は、「既存の事業者との関係や運行に関する法的な部分が、一番大きな課題になる」と分析する。
自動運転車は今後、普及が進み、関連サービスの市場も大きくなることが予想される。NTTデータの坂田年央・第一公共事業本部第一公共事業部営業統括部第一営業担当部長は、「将来的に、自動運転のサービスを3ケタ億円規模の事業に育てることを目標にしている」と話す。
新規参入の動きが活発に
自動運転では、これまで車と縁遠かったIT企業の参入も目立つ。インターネットでゲームなどのコンテンツを提供するDeNAは、代表的な一社だ。
DeNA
黒田知誠
経営企画本部企画統括部
広報部
サービス広報グループ
グループリーダー
同社は、自動運転バスを活用し、ラストワンマイルの移動手段を提供するサービス「ロボットシャトル」や、自動運転の技術を使って次世代の配送の形を探るプロジェクト「ロボネコヤマト」について、実験を進めている。
また、17年1月には、日産との提携を発表。自動運転車両を活用した新たな交通サービスのプラットフォームを開発することが決まっている。
黒田知誠・経営企画本部企画統括部広報部サービス広報グループグループリーダーは、「今あるものとインターネットを融合させると、新しいものが生まれる動きが多くの業界で起こっている」とし、「車もインターネットを活用すれば、新しい付加価値やサービスを生み出すことが期待できる。しかし、まだ自動運転にはインターネットの要素がほとんど入っていないので、われわれが得意とする分野のノウハウを生かせる相性のよさを感じた」と参入の理由を説明する。
ロボットシャトルの車両(DeNA提供)
半導体メーカー間で火花
エヌビディア、インテル
自動運転では、カメラやセンサで膨大な量のデータを収集する。データを処理するうえで、大切な部品の一つが半導体だ。最近では、人工知能(AI)プラットフォームを採用する自動車メーカーも増えており、事業拡大を目指す半導体メーカー間では、激しい火花が散っている。
エヌビディア
浜田 勝
オートモーティブビジネス
事業部長
「オートモーティブは、AIが必ず解決策になると考えている」。エヌビディアの浜田勝・オートモーティブビジネス事業部長は、自動運転を実用化するために、AIがカギを握っていると説明する。
同社は、ゲーミング事業を主力とする半導体メーカーとして有名だ。最近では、並列計算が得意な画像処理半導体(GPU)がディープラーニングに向いていることから、AIの分野でも大きく注目されている。
ディープラーニングは、現在の「第三次AIブーム」の立役者といわれている。AIは、さまざまな業界での活用が期待されており、自動運転もその一つに位置づけられている。
エヌビディアは、アウディやボルボ、メルセデス・ベンツ、テスラと協業。最近では、トヨタも協業に加わり、大きな話題となった。
名だたる自動車メーカーが、エヌビディアを協業先に選んだのはなぜか。GPUの特徴に加え、同社が標榜する「ワンアーキテクチャ」という設計も理由の一つといえそうだ。
同社は、スーパーコンピュータやワークステーション、PC用、自動運転のプロセッサを同一のアーキテクチャ上で提供する。
そのため、浜田オートモーティブビジネス事業部長は、「スーパーコンピュータで生成したニューラルネットワークは、そのままオートモーティブ向けのアーキテクチャ上で使える。移植作業が不要になるので、ほかのアーキテクチャよりも開発効率を上げることができる」と優位性を説明する。
一方、半導体市場で世界トップのインテルも、自動運転を注力分野の一つに位置づけ、積極的に投資している。
インテル
江田麻季子
社長
6月に都内で開催された説明会で、江田麻季子社長は、「自動運転の分野は、インテルがもっているさまざまな技術を総合して、新たな市場をつくっていける。投資の優先順位は高い」と述べた。
インテルは、「インテルGO自動運転プラットフォーム」を提供。BMWグループや自動車部品大手の独コンチネンタルと協力したり、デジタル地図や位置情報サービスを手がける独HEREに出資したりして、自動運転の実用化を目指している。
説明会最後の質疑応答では、GPUとの比較を問う質問があり、日本アルテラの和島正幸社長は、「GPUに比べて、消費電力性能で非常に優位に立っている。また、インテルは、高性能のCPUとFPGAを一気通貫でお客様に提供できる。これが一番大きい」と回答。エヌビディアへのライバル意識を鮮明にした。