パブリックやプライベート形態のクラウドを横断的に運用するハイブリッドクラウド。パブリッククラウドへの流れは確かだが、近年注目を集めるハイパーコンバージドインフラ(HCI)によって、プライベートクラウドもおもしろくなってきた。SIerには、クラウド商材の選択肢の幅を一段と広げると同時に、形態が異なる複数のクラウドを扱うためのノウハウが求められている。ハイブリッドクラウドの最前線を取材した。(取材・文/安藤章司)
クラウドは依然として高い伸び率
クラウドビジネスの原動力になっているのは、基幹業務システムなどのレガシーからのクラウド移行と、SoEと呼ばれる価値創出型システムでのクラウド活用である。国内の非クラウド系のITインフラビジネスは、ほぼ横ばいで頭打ちの状態であるのに対して、クラウド関連ビジネスはIT市場全体の伸び率を上回る勢いで推移している。
多くのSIerにとって、ITインフラ領域は依然として売り上げや屋台骨を支えるビジネスであることに変わりはない。サービス商材を売るにしても、その基盤となるITインフラは、パブリックなり、プライベートなりで必ず揃えなければならないからだ。
パブリッククラウドの概念を世界に浸透させたアマゾンのAWS(Amazon Web Services)が登場して10年余り、日本に本格的に上陸してからおよそ7年になる。マイクロソフトのAzureやグーグルのCloud Platformなどの有力パブリッククラウドも台頭するなか、興味深いのはSIerやITベンダーがIT資産を所有し、これをマネージドクラウドの形でユーザーに提供するビジネスも拡大している点だ。また、ユーザー自身がIT資産を所有し、プライベートクラウドとして運用する市場も伸びている。つまり、パブリックとプライベートは、クルマの両輪のように、双方が補完し合いながらハイブリッドクラウドのビジネスを形成している。
折しも、パブリッククラウド並みの拡張性能(ウェブスケール)を1ラックに集積したハイパーコンバージドインフラが普及期に入り、オンプレミス(客先設置)型のプライベートクラウドを製品面で支える構図となっている。ニュータニックスやヒューレット・パッカードの「SimpliVity(シンプリビティ)」、国内コンピュータメーカーもヴイエムウェアなどのハイパーコンバージドソフトを採り入れる動きを加速させている。一方、パブリッククラウドも苛烈な勢いで機能拡張を進めており、今後も技術革新が進展することは確実だ。
オンプレミスやマネージド、パブリックとさまざまなクラウドの選択肢が増えるに従い、例えばAシステムはレガシー(非クラウド)、Bシステムは買い取り型のプライベートクラウド、Cシステムはパブリッククラウド、DシステムはSIerが運営するマネージドクラウドで稼働するマルチクラウド化が進展している。ややもすればシステムがサイロ化してしまい、横断的でシームレスな運用の障害になりかねない。
日本のユーザー企業は、ITインフラの構築や運用をSIerにアウトソーシングするケースが多い現状を踏まえれば、このサイロ化、細分化の課題を解決することが、SIerの付加価値につながると期待できる。パブリックとプライベートがそれぞれが大きく変化していく状況で、主要SIerの動きを追った。
新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)
次世代運用サービスが付加価値の源泉に
新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)の売上増の一翼を担っているのがITインフラ事業である。昨年度(2017年3月期)の民需向けITインフラ事業は、クラウドや関連アウトソーシングを中心に前年度比5.2%増の608億円、公共向けITインフラ事業は同35.3%増の230億円と大きく伸びた。民需・公共の合算では838億円で、全社売上高の実に36.1%を占める主力事業となっている。今年度(18年3月期)もITインフラ刷新の需要は堅調に推移しているといい、NSSOLがIT機器を所有し、サービスとして提供するマネージドクラウド「absonne(アブソンヌ)」への引き合いも活発だという。
NSSOLの安藤具隆部長(左)と吉岡昌修部長
業界に先駆けてマネージドクラウドのabsonneを07年に投入し、いちはやくオンプレミスとマネージド、パブリックのハイブリッドクラウドの構築体制を確立させたNSSOL。直近では、ニュータニックスをはじめとするハイパーコンバージドインフラも採り入れ、オンプレミス環境におけるプライベートクラウド構築ビジネスを伸ばしている。収益のポイントは「オンプレミスからマネージド、パブリックまで一気通貫で運用できること」(NSSOLの安藤具隆・ITインフラソリューション事業本部営業本部マーケティング部長)だと話す。
SIerのITインフラ事業の収益の観点からみて、オンプレミス、マネージド、パブリックのそれぞれに一長一短があり、「クラウド単品で売る考えはあり得ない」(安藤部長)としている。詳しくみていくと、オンプレミスでプライベートクラウドを構築する案件は、エンジニアリング工数が増えるため最も粗利が見込める形態ではあるが、これを機器販売としてみると、「実はパブリッククラウドの粗利とたいして変わらない」と厳しくみている。サーバーやハイパーコンバージドの機器販売の販売差益は限られており、薄利多売のAWSやAzureの商売と共通している部分は多いのかもしれない。
NSSOL独自のマネージドクラウドのabsonneも、ハイパーコンバージドインフラの登場で導入のハードルが下がっているオンプレミス型のプライベートクラウドや、AWSをはじめとするパブリッククラウドの高性能化の間に挟まれる。機能拡張の先行投資がかさんでおり、損益分岐点を超えるまでは利益が見込めないシビアな競争状態だ。そこで安定収益を支える仕組みとして、「複数のクラウドを横断的に運用するノウハウと技術力が試されている」(NSSOLの吉岡昌修・ITサービスソリューション第一事業部absonne推進部長)と捉えている。
これまでのシステム運用は、どうしても人に依存しがちで、運用工数もなかなか下がらない課題を抱えてきた。NSSOLでは運用の徹底した標準化・自動化を目的に、米国のIPソフト社の自動化ツールなどを活用しつつ、次世代運用サービス「emerald(エメラルド)」を投入。ここ1年余りで「さまざまな運用面での革新を行い、当社の付加価値につなげてきた」(安藤部長)と、手応えを感じている。
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