ITを軸に、地域ぐるみで農業を活性化
「アグリイノベーションLab@山梨市」
山梨県内では、ITを軸にして、地域ぐるみで農業の活性化を目指す計画もある。計画の名称は「アグリイノベーションLab@山梨市」。舞台となっている山梨市では、関係者が大きな夢に向けた道筋を模索している。
●地域全体を実験場に
アグリイノベーションLab@山梨市は、山梨市とJAフルーツ山梨、バイオベンチャー企業のシナプテック(甲府市)、NTT東日本山梨支店の4者で17年2月に立ち上げた。最初に取り掛かったのが、地域全体を実験場にしてITを試すことだ。
実験では、路地栽培とハウス栽培を行っている農家計13軒に協力してもらい、畑にネットワークカメラやセンサを設置。遠隔地から畑の状況を見えるようにしたほか、15分おきに計測した温度や湿度、照度、土壌水分などのデータを確認できるようにした。
ビニールハウス内に設置された温室度センサ。
ハウス内には、ほかにネットワークカメラや二酸化炭素と照度を計測するセンサが設置されている
センサで収集したデータとカメラの撮影データは、畑ごとにWi-Fiで集約し、インターネットを通じてクラウドに蓄積。事前に温湿度などの上限値を設定しておけば、異常が発生した場合、スマートフォンに通知が出るようになっている。
ハウス内の気温や湿度がグラフで確認できるスマートフォンアプリの画面
近隣のブドウ農家で、「ピオーネ」や「シャインマスカット」などの品種を栽培する望月勝さんは、所有する広さ約1100平方メートルのビニールハウスに機器を設けた。約半年間、データを確認しながら栽培に取り組んだ結果、「離れた場所からでもハウス内の変化が把握できるため、定期的に見回る手間が減り、安心感が増した」と実感する。
JAフルーツ山梨
反田公紀
営農指導部 部長
JAフルーツ山梨の反田公紀・営農指導部部長によると、ハウス栽培では、温室度の変化に応じてビニールを開閉する必要がある。しかし、1年間に1件は、開閉を忘れて栽培に失敗するケースがあるという。
反田部長は、「開け閉めを半日忘れると、ハウス内の作物はすべて台無しになる。1度失敗すると、ゼロから栽培をやり直し、収穫できるようになるまでには4年くらいかかる。開け閉めの忘れを防げることは、農家にとっては非常に大きい」とし、「実験の結果を地域全体に広げられれば、生産者の負担は軽くできるし、栽培が上手な人のやり方を営農支援に役立てることもできる」と期待する。
一方で「農家は高齢者が多く、スマートフォンの操作に慣れていない人もいる。普及を進めるためには、機器を簡単に扱えるようにして、誰でもデータを利用できるようにする必要がある」と指摘する。
●桃栗三年柿八年
計画では、後継者や新規就農者への栽培技術の伝承も狙いになっている。ただ、ブドウの栽培は、一般的に手間がかかる農業として知られており、失敗するリスクもある。
山梨市
武井康浩
農林課 農林担当 主任
計画に参加する山梨市の武井康浩・農林課農林担当主任は、「熟練の農家の場合、翌年の状況まで先読みして作業を進めている。やり方やタイミングは感覚的な部分が多く、見よう見まねでやっても、なかなか同じようにならない」と、難しさを説明する。
シナプテック
戸田達昭
代表取締役CEO
シナプテックの戸田達昭・代表取締役CEOは、「桃栗三年柿八年というように、UターンやIターンで新規就農者が来ても、ノウハウがなければうまくいかない。新規就農がしやすいように、データを使って栽培方法をパッケージ化し、教材として提供できるようにしたい」と話す。
さらに、ブランド力の向上にも力を入れる考えを示し、「果実のブランディングというと、誰かがおいしいと言ったり、どこで売っている、という話が多いが、計画ではおいしさの証拠をつくることを目指している。土壌の状況などのデータを見える化し、おいしさとの相関関係を消費者に示せれば、山梨市の農業全体の底上げにつなげられるはずだ」と語る。
●全国に裾野を広げる
NTT東日本
酒井大雅
ビジネス開発本部
第三部門IoTサービス推進担当
担当課長
農業へのIT活用は、ベンダー側としては「儲からない」といわれることが多い。しかし、NTT東日本の酒井大雅・ビジネス開発本部第三部門IoTサービス推進担当担当課長は、「農家が抱える共通のニーズを満たせれば、ビジネスになる」とみている。
酒井担当課長は、「個別の農家に提案するとなると、ビジネスとしては難しいが、多くの農家が抱える共通のニーズに対し、クラウドサービスとして提供するようなことができれば、ビジネスの裾野は全国に広がる」と考えている。
そのうえで、「光回線とWi-Fiのエコシステムを組んで、これまで自宅で接続するだけだった通信回線を、農家の生産性向上などに役立てたい。痒い所には手が届かないかもしれないが、『ここまであればいい』と納得してもらえるようなサービスにしたい」と青写真を描く。
また、「データを使えば、バイオの分野で新しいビジネスを生み出し、農家に還元することができるかもしれない。いろいろな可能性が期待できるが、データの活用や分析は、パートナーの力が欠かせない」とし、計画を展開している“実験場”への参加を呼び掛けている。
ゲームで農業を盛り上げたい
デジタルジャケット
デジタルジャケット(東京)は、農業を盛り上げることを目的に、日本初の農家とユーザーの相互協力によるリアル連動型オンラインゲーム「恋する農園トミーファーム『らぶとみ』」を提供している。
「恋する農園トミーファーム『らぶとみ』」のプレー画面(デジタルジャケット提供)
ゲーム開発は、川島幸夫代表取締役のもとに、群馬県から農家の青年が訪れたことが端緒になった。青年は「農業だけでは絶対に食べていけない。儲かるようにゲームをつくってほしい」と依頼。限定で農家に従事する厳しい現状を切実に訴えたという。
デジタルジャケット
川島幸夫
代表取締役
千葉県山武市に住んでいた川島代表取締役は、日頃から後継者不足や耕作放棄地など、農業の問題点を目の当たりにしていた。そのため、「儲かるために大事な出荷先の確保や、コストを削減して生産性を上げることをITでお手伝いしたい」と決意し、無料で開発を引き受けた。
ゲームは、水やりや草取りなど、実際に農作物を育てる工程をユーザーに体験してもらい、収穫量を競う内容。収穫量の多いユーザーには、全国各地の提携農家から本物の農作物が届くようになっている。農家を訪れたり、地方でのイベントに参加したりすると、レアアイテムが手に入る仕組みも盛り込んだ。
同社は、歩けば歩くほど野菜が育ち、「らぶとみ」との連携ができる歩数計アプリ「Loveウォーキン」もリリース。現在は、土壌センサとウォーターバルブを活用し、遠隔地にいるユーザーが、画面で畑の様子を見ながら水やりができる新しいサービスを開発中だ。
川島代表取締役は、「農家がお金を使わず、まわりの人が楽しみながら農家を支援する取り組みとして広がってほしい」と期待を寄せる。