Quantum Computer
現在のAI(人工知能)は、音声認識か画像分析、データ分析など、得意分野が明確になりつつある。逆にそれは、現在のAIに限界を感じるポイントにもなっている。AIでイメージする「人間の代替」の実現は、どうしてもみえてこない。原因がどこにあるのか。もしかしたら、現在のコンピュータにあるのもしれない。「脳が量子でできているのなら、AIも量子力学の性質を利用するべき」。量子コンピュータの周辺がざわついてきたのは、そうした背景があるからだ。(取材・文/畔上文昭)
アニーリング方式が先行
結論からいうと、量子コンピュータで人間を超えるようなAIができるかどうかは、現時点ではわからない。ただし、ディープラーニングや機械学習といったAIのアルゴリズムを量子コンピュータで実行するという取り組みは始まっている。今後、効果的に活用する方法が確立し、ハードウェアが発展して、量子コンピュータを理想的な環境で利用できれば、AIを発展させる大本命のハードとなるだろう。量子コンピュータは、図1のように既存のコンピュータ(汎用コンピューティング)よりも上位に位置する。
そんな夢のコンピュータには、現在利用できるものとして、二種類の方式がある。それは、「量子ゲート(量子回路)方式」と「量子アニーリング(焼きなまし)方式」だ。
量子ゲート方式は、従来のコンピュータと同様に汎用的に使うことを目的としているため、「汎用量子コンピュータ」ともいわれる。IBMが開発を進めている量子コンピュータは、量子ゲート方式である。
一方、最初に商品化されて脚光を浴びたのが、量子アニーリング方式。商品化したのは、カナダのD-Wave Systemsだ。グーグルとNASA(米航空宇宙局)が、同社の量子コンピュータを使い、組み合わせ最適化問題において既存のコンピュータよりも「1億倍高速」と2015年12月に発表して話題となった。当時、D-Waveの量子コンピュータは1000量子ビットという性能で、D-Waveは17年に2000量子ビットに性能を強化した製品を発表している。
量子ゲート方式と量子アニーリング方式の関係について、東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻の大関真之准教授は次のように説明する。「量子アニーリング方式は活用できるケースが多いといわれることがあるが、それは違う。量子ゲート方式は、これまでのコンピュータにできたことは、すべて処理できる。ただし、それは理論上の話で、現在のコンピュータを超える処理を実現するのは大変。何年もかかるのではないか」。量子アニーリング方式が得意とする分野も、量子ゲート方式で対応できるため、上位互換のイメージになるという。
東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻の大関真之准教授。
東京工業大学の西森秀稔教授との共著「量子コンピュータが人工知能を加速する」が話題に。
10月1日に国内の大学としては初めてとなる「量子アニーリング研究開発室(QARD)」を立ち上げた
ゆっくり冷やして固める
アニーリングの意味は「焼きなまし」。金属の温度を上げて、ゆっくり冷やしたほうが急に冷やすよりも固くなるという金属加工に用いられる用語である。それを数学的に表現したのが、量子アニーリング方式である。
「パチンコ玉を箱に入れて、箱を軽く揺するとぎっしり詰まって安定した状態になる。つまり、エネルギーが一番小さい状態になる」と、アニーリングのイメージについて大関准教授は説明する。
図2も、パズルを用いたアニーリングのイメージである。一般的な手法では、あてはまりそうなパズルを置いて、試行錯誤を繰り返し、答えを導き出す。一方、アニーリング方式では、箱を揺らしてパズルをはめていく。ゆっくり揺らすことで、互いのパズルがハマるところに落ち着くというわけだ。
ところが、図をみるとアニーリング方式のパズルはきっちりとハマっていないことに気づくだろう。「ほぼハマっている」という緩い感じが、アニーリング方式だ。
「極所解。本当はもっといい解があるかもしれない。その場合は、大きめに揺らしてから、説いていく」と、富士通の東圭三・AI基盤事業本部長代理。解が悪いときは、一度大きく揺らしてから、ゆっくり揺らす。何度かやれば、正しい答えがみえてくる。このゆるさ・曖昧さに知能を感じることができれば、量子アニーリングとAIがつながってくる。
ゆっくりとはいえ速い
量子アニーリング方式では、量子ビットに横磁場をかけるところが、揺らすイメージになる。ノイマン型コンピュータは、1ビットに「0」または「1」の値をもつ。量子コンピュータでは、1ビットに「0」と「1」の両方を同時にもつことができる。これを量子ビットと呼ぶ。「0」と「1」の状態から、揺らすことで、「0」または「1」の値を導いているのである。つまり、揺らした結果、「0」または「1」の値に落ち着くというわけだ。
アニーリングでは、金属をゆっくり冷やす。そのイメージから、量子アニーリング方式も、ゆっくりと「0」または「1」の値に落ち着くのではとイメージしてしまう。
「量子の世界でゆっくりというだけで、その世界自体がものすごく速い」と大関准教授。「0」または「1」の値に落ち着くのは、一瞬だ。
組み合わせ最適化問題
ノイマン型コンピュータが苦手とするのは、大量のパターンがある場合の計算である。
「アニーリングの説明でよく用いられるのは、巡回セールスマン問題。複数の都市をどのように巡回したら効率的かを解くもの。5都市であれば、総当たりでも簡単に計算できる。それが、30都市になると、1京×1京パターンになる」と、東本部長代理は都市の数が増えるにつれて、パターンが急激に増えると説明する。富士通のスーパーコンピュータ「京」は、1秒間に1京の計算処理を行うことから、30都市では計算が終わるのに1京秒かかることになる。1京秒は、8億年。スーパーコンピュータ京をもってしても、計算が終わらないという意味だ。
では、量子アニーリング方式ではどうか。答えは一瞬ということになる。
巡回セールスマン問題は、「組み合わせ最適化問題」の一つであり、ほかにも代表例として、資産運用(ポートフォリオ)の最適化、新素材開発(分子構造分析)など、複数の組み合わせを解くときに、量子アニーリング方式が有効となる。
また、中国は渋滞回避のために、どのルートを通るべきかを各自動車に指示を出す計算に取り組んでいる。自動車会社でも、同様に最適なルートを選ぶための計算に取り組んでいるケースがあるという。
「量子アニーリング方式は、既存のコンピュータを置き換えるものではない。相性のいい分野がある。たくさんのパターンがあって、しらみつぶしに計算していく。そういうケースで有効活用できる」(大関准教授)。
AIも得意分野の一つ
このように、量子アニーリング方式はたくさんのパターンから最適解を導くのに向いている。そして、たくさんのパターンといえば、AIだ。多くのデータを取り込んで学習する機械学習、大量のデータから特徴を見出して判断するディープラーニング。最適化問題に似ている。AIブームで量子コンピュータが注目される理由の一つである。囲碁や将棋であれば、より先まで読んだ一手が打てるのだ。
「実際、機械学習に取り組んでみたら、量子アニーリング方式で適切な解を導くことができた。ディープラーニングの最適化においても、量子アニーリング方式で精度は高まることを確認している」と大関准教授。民間企業と共同で、AIと量子コンピューティングの研究を進めているという。
富士通の東部長代理も、「量子コンピュータとディープラーニングは、似た考えであり、相関関係がある。例えば、ボルツマン機械学習は量子アニーリング方式と融合するということが、研究レベルではわかっている」と語っている。ちなみに、東部長代理が所属するAI基盤事業本部は、スーパーコンピュータ京とAIの「Zinrai」も扱っており、三位一体のソリューション提供を目指している
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