「世界の工場」もいまや過去の話。中国は現在、「製造強国」と並んで「インターネット強国」を目標に掲げている。今年10月に開催された中国共産党の第19回全国代表大会。習近平総書記(国家主席)は、「中国の特色ある社会主義は新時代に入った。これはわが国の発展の新たな歴史的位置づけだ」と宣言し、今世紀半ばまでに「社会主義の現代化強国に築き上げる」という新たな国家目標の達成に向け、次世代情報技術を重視する姿勢を鮮明に示した。高成長を続ける同国のIT産業では、各地で特色あるIT都市が増加中だ。本稿では、注目に値する主要沿岸部と地方IT都市の現在をレポートする。
(取材・文/上海支局 真鍋武)
上海市
日系ビジネスの中心地 市政府はAI産業の高地目指す
浦東新区の金融街
上海を中心とする華東地域には、2万2197社(外務省調べ、2016年10月時点)の日系企業(拠点)が存在する。当然、日系のITベンダーが最も集中しているのもこの地だ。そして、ほとんどのベンダーが、この日系マーケットで売上高の大半を捻出している。海外といえど、2万社も母数があれば、日系企業だけで食べていけるというわけだ。文化や商慣習が異なる地場市場と比べて、日系向けは強みが生かせる領域でもある。ここ数年は、日中関係や為替変動などの影響で、日系企業のIT投資が冷え込んでいたが、17年は「投資が戻ってきている」との見方が強い。ただし、企業数は伸びておらず、マーケット自体は頭打ち感があるうえに、競争は年々激しくなっている。上海の日系ITベンダーが持続的な成長を遂げるには、今後いかに地場市場を開拓するかがカギとなる。
一方で、その地場IT市場では、このところ人工知能(AI)の話題が豊富だ。中国では、国務院が今年7月に「次世代AI発展計画」を発表し、30年までにAIの関連産業の規模を10兆元にする壮大な目標を掲げた。上海市政府は、これに先立ってAI産業を重要戦略に位置づけ、全国トップクラスを目指している。年内にはAI産業の発展に向けた実施意見を公表する方針だ。
AIに関する取り組みは他地域も進めているが、上海は経済の中心地のため、産業発展の源泉であるビッグデータや人材が豊富で、技術も蓄積されている。中国メディアの報道によれば、上海には全国の3分の1近いAI専門人材が集まっているという。とくに、浦東新区の張江高科技園区では関連企業が顕著に増えており、今後は集積エリアになる見込み。ビッグデータ金融サービスの法海風控、顔認証技術の上海看看智能科技、自動運転技術の縦目科技など、有力企業が育っている。
北京市
大手企業の本社が集中 政治動向観測地として重要度増す
天安門周辺は党や政府系の建物が目立つ
首都北京。この都市には、中国共産党や政府機関の雄大で荘厳な建物な立ち並び、非常に政治色の濃い街並みを呈している。現地を歩けば、この国は共産党が支配している社会主義国だということを肌で感じられる。
北京には大手企業の本社が集中。伝統的なIT企業では、航天信息や中軟国際、文思海輝技術、デジタルチャイナ、亜信科技、軟通動力、用友網絡科技など。インターネット企業では百度、京東、新浪、搜狐、美団といった具合に、北京本社のIT企業は挙げればきりがない。とくに海淀区の中関村エリアは、中国屈指のIT集積地として有名だ。ハードウェア系のスタートアップが急増する深センと比べるとソフトウェア・サービス系が豊富。最近では、自転車シェアリングの摩拝単車(mobike)、小黄車(ofo)を輩出している。
マイクロソフト、IBM、オラクルなどの外資IT大手も北京に中国の本社機能を置いているが、その理由は単に市場規模が大きいからではない。中国はよくも悪くも、政治と経済が密接に結びつく国。党や政府の動向を迅速に収集し、関連部署との関係を構築・維持したうえで自社のビジネス戦略を練るために、北京は欠かせない。とくに、新たな政策や規制は企業にとって商機にもリスクにもなり得るが、中国では具体的なプロジェクトの詳細や投資金額、優遇策の申請条件などの情報は表に出ないことが少なくない。今年6月にはインターネット統制を強化する「中国サイバーセキュリティ法」が施行されたが、同法が可決された昨年11月、懸念を示す外国企業や業界団体に対し国家インターネット情報弁公室が緊急説明会を開いたのも北京だった。
このところ、中国は外資企業への市場開放を強めると声高にアピールしているが、IT分野では、通信ライセンスを外資企業が事実上取得できなかったり、特定業界で国産の製品が優遇されたりする状況は続く。それだけに、政府との関係構築の重要性は高まっている。今11月には、アップルのティム・クックCEOやマイクロソフトのサティア・ナデラCEOが北京で政府要人と会談した。
広東省
中国のシリコンバレー ハードウェア系スタートアップ急増
超高層ビルが並ぶ深セン市福田区
珠三角デルタを筆頭に製造業が著しい発展を遂げてきた広東省。ハードウェアの生産委託サービス(EMS)を手がける企業が豊富な特性から、近年では深セン市を中心にスタートアップが急増している。ドローンの大彊(DJI)やSTEM教育ロボットのMakeblockなど、海外で活躍する企業も輩出。いまや「中国のシリコンバレー」と呼ばれ、世界中から投資家や起業家が集まるようになった。
革新的な技術やサービスを原動力とした経済発展を重視している中国は、「大衆創業・万衆創新(双創)」政策として起業家の育成に注力している。李克強首相によれば、16年には中国の新規登録企業数が「一日平均で1万5000社増えた」。深センでは、こうした起業家の成長を支えるインキュベータ/アクセラレータの充実が原動力となっている。15年に市政府は関連政策を発表し、市内に毎年50か所の衆創空間(メイカーズスペース)を設け、17年末までに200か所にする目標を掲げた。今や、市内ではいたるところで、こうした施設の看板が見受けられる。
例えば、南山区の「深セン湾創業広場」には、約50ものインキュベータ/アクセラレータや衆創空間が点在するほか、金融機関も25社ほど進出し、起業家をサポートするためのエコシステムが構築されている。エリア内には、Tシャツにジーパン姿のラフな格好をした若者の姿が目立ち、起業家が作業したり情報交換したりできる「創業カフェ」の店舗も多く活気づいている。
数あるスタートアップ支援企業のなかでも、seeed studioやHAXは、その先駆けとして名高い。ハードウェアのプロトタイプの作成から生産サービス、さらにはパートナーや自社サイトを通じた販売支援までトータルで支援。起業家はアイデアさえあればビジネスの形をつくることができる。ファーウェイやテンセントのような深セン発の大手企業が今後は増えるかもしれない。
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