急速に変化する中国市場では、ITを活用したユニークなサービスやビジネスモデルが続々と誕生している。この動きを商機と捉える日系ベンダーが増えてきた。本特集では、市場トレンドをつかんだ日系ベンダーが手がける中国ならではのIT商材を紹介する。(取材・文/上海支局 真鍋武)
デリバリサービス「外売」に対応
飲食業向けシステムを強化
平日の昼過ぎ。赤や青、黄色の色鮮やかなジャケットを着た人たちが、電気スクーターに取り付けてあるボックスから荷物を取り出すと、急ぎ足でオフィスビルに駆け込んでいった。北京や上海では見慣れた光景だ。そう、彼らはデリバリサービスの配達員。昼休憩の時間帯には、多くのビジネスマンが食事の出前を利用するため、配達員にはひっきりなしに依頼が舞い込んでくる。急いでいたのはそのためだ。
中国では、スマートフォンのアプリを通じて気軽に食事が注文できる「外売」と呼ばれるデリバリサービスが、過去数年間で爆発的に普及。外食産業に大きな変化を与えている。中商産業研究院の調べによれば、2017年の中国ネット飲食出前市場規模は前年比25%増の2070億6000万元。18年はさらに23%伸びて、2546億8000万元に達する見通しだ。在中国の日本人も相当数が利用している。外食産業・飲食店向け店舗・本部支援システム「TastyQube」を手がける高律科(上海)信息系統(クオリカ上海)は、この動きを商機と捉えた。
デリバリサービスの配達員。注文が殺到する食事時は街中をせわしなく駆け巡る
高律科(上海)信息系統
家本雅規
解決方案事業部 事業部長
これらデリバリサービスは、消費者から注文が入ると、飲食店舗に設置した専用端末にその情報を送る仕組みとなっている。しかし、専用端末がPOSシステムと連携していない店舗が多く、従業員は手動でPOSシステムに注文情報を入力して、厨房への調理を伝達する必要があった。クオリカ上海の家本雅規 解決方案事業部事業部長は、「飲食店では、デリバリサービスを通じた売上比率が大きくなる一方、POSシステム入力の業務負荷が生じており、入力ミスのおそれがあるなど課題となっている」と説明する。
同社では、日々の売上管理から発注・廃棄などの食材管理、従業員の勤怠管理まで、飲食店の経営に必要な業務を総合的に支援するSaaS型の管理システムとしてTastyQubeを提供している。「急速な市場の変化に対応しなければ、お客様から受け入れてもらうことは難しくなる」(家本事業部長)とみて、モバイル決済「支付宝(Alipay)」「微信支付(WechatPay)」の対応モジュールを現地開発するなど、中国市場の独自性に対応するソリューションを展開してきた。需要高まっているデリバリサービス向けにも、「TastyQubeデリバリーモジュール」を開発し、1月に提供を始めた。同モジュールでは、代表的な3大デリバリサービス「餓了么」「美団外売」「百度外売」からの消費者の注文情報を、店舗のPOSシステムと自動連携させる。
POSシステムに取り込んだ注文は、厨房のキッチンプリンタに自動で印字する。従業員が手作業で登録する手間を省くことで、食事を消費者に届けるまでの時間の短縮や、入力ミスの防止による正確性の向上につなげられる。
すでに、吉野家ホールディングスが中国4法人計54店舗で導入を決めた。これを皮切りにクオリカ上海では、今後2年以内にTastyQubeデリバリーモジュールを1000店舗に納入するという目標を掲げている。家本事業部長は、「課題を顕著に解決できるとあって、お客様の関心は非常に高い」と手ごたえを感じている。
さらに同社では、今年3月末の完成を目指して、電子発票(領収書)発行に対応するモジュールの開発を進めている。中国では、昨年から増値税普通発票の発行にあたって、受領者の納税識別番号を記載することが義務づけられた。飲食店では、従業員が発票に情報を手入力するやり方が主流だが、今後は記入事項が増えて負担が増大するため、電子発票のニーズ拡大が見込める。
これに加え、パートナー企業と連携して、飲食店の各テーブルに設置したQRコードから食事を注文できるモジュールの開発も進めていく方針だ。
「微信」で名刺管理
企業資産として活用へ
中国ビジネスに携わる日本人なら、誰もが知っているITツールがある。テンセントのメッセンジャーアプリ「微信(Wechat)」だ。日本では「中国版LINE」と表現されることもあるが、微信はいまや約10億ユーザーを抱える超巨大サービス。在中国の日本人でも、微信を利用していない人はほとんどいない。最近では、企業利用も活発化しており、公式アカウントを通して、自社の商品情報のクーポンを配信するなど、マーケティング活動を行うケースが増えている。
一方でテンセントは、業務利用を目的に、限られたメンバー間でやり取りを行うコラボレーションツールとして「企業微信」も提供している。日系企業を中心にOA機器の販売やネットワーク構築などを手がける上海天進網絡技術(天進ネットワーク)は、パートナー企業の才望子信息技術(上海)(サイボウズ中国)および上海人雨而系統技術軟件(レンユア)と3者共同で、これを活用した名刺管理ソリューション「QY name card」を開発した。
「QY name card」のイメージ。アプリで名刺をスキャンするだけでデータを登録できる
仕組みは簡単だ。スマートフォンの企業微信アプリを通して名刺の表裏をスキャンすると、文字認識によってテキストデータを読み取り、写真データと合わせて管理できるというもの。データはサイボウズのクラウド「kintone」上に自動で蓄積され、営業支援システムの顧客データベース(DB)として活用できる。
上海天進網絡技術
川岸雄馬
COO/運営総監
QY name cardを開発した背景について、天進ネットワークの川岸雄馬COO/運営総監は、「名刺は企業の資産。しかし、日系企業では、営業担当がたくさん名刺情報をもっているにもかかわらず、それをうまく活用できていないことが多い」と説明する。中国では、営業担当が属人的に業務をこなすことが多く、見込み顧客の情報が社内で共有されないことがある。また、従業員の離職率も高く、顧客情報が引き継がれないことも珍しくない。顧客情報の共有を徹底しようにも、従来の手入力では手間がかかる。
これに対して、QY name cardは、使い慣れた微信のユーザーインターフェースはそのままに、名刺をスキャンするだけなので手間いらずだ。企業向けに提供している微信なので、セキュリティ機能も比較的充実している。川岸COOは、「顧客情報を管理しながら、営業担当は本来の業務に集中できる」と自信をみせる。昨年7月に提供を開始して以降、すでに約20社が導入しており、出だしは順調だ。
天津ネットワークでは、ユーザーを惹きつけるためのドアノックツールとしてQY name cardを活用し、その後のkintone上で追加開発やその他の案件につなげていく方針。また、川岸COOは、「kintoneには大きな可能性を感じている」と話し、18年内には現地スタッフが提出する中国語の日報を自動で日本語に翻訳する新サービスの開発に意欲を示している。
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