昔ながらの風情を残し、風光明媚な観光立県の京都府では、地元ならではのデータ活用や中堅・中小企業向けシステムの開発が活発化している。データ活用の部分では、産官学で構成する団体「ITコンソーシアム京都」のシンポジウムなどをリポートし、府内で起きている具体例や課題を洗い出すほか、地元ITベンダー3社を取材し、「協創」した地域密着の取り組みを紹介する。(取材・文/谷畑良胤)
調査研究で「共通診察券」など開発
観光活性化でデータ基盤も
ITコンソーシアム京都 会長
京都大学学術情報
メディアセンター教授
美濃 導彦 氏
ITコンソーシアム京都は2006年6月、産官学が連携し、ITで地域産業の活性化を図ることを目的に設立した。コンソーシアムには、大学や専門学校、商工会議所や観光協会、ITベンダーなどが府内から参加している。会長で京都大学の美濃導彦・学術情報メディアセンター工学博士 教授は、「ITを使って、新しいサービスを構築する意思のある企業・団体・グループが加盟する団体だ」と、調査研究部会などで大学の専門家や業界関係者を交え、具体策を検討しているという。
現在、調査研究活動としては、観光サービス整備の視点で地域データの流通などを手がける「観光情報基盤検討部会」、医療分野のIT利活用を推進する「医療情報化部会」、京都の文化資源をアーカイブソースとして整備を目指す「クロスメディア部会」、府内の中小企業における情報セキュリティの意識向上を図る「サイバーセキュリティ部会」などで、課題解決策を探っている。
医療情報化部会では、医療・福祉・介護履歴の情報基盤「ポケットカルテ」を構築し、府民に「地域共通診察券」を発行する実証実験を開始。「医療情報を複数の機関で共有すれば、二重診療や病院の診察効率化につながる」(美濃会長)と話す。
観光情報基盤検討部会では、府・市の行政機関や大学などにある地域データを流通させるための集約基盤の構築を目指している。「この基盤は、府民が自由に使え、APIで連携しオープンデータとして活用できるようにすれば、ITベンダーなどでアプリがつくりやすくなる」(同)と話す。同様に、クロスメディア部会では、京都に残る文化資源をアーカイブリソースとして整備。多様なメディアを融合し経済発展と文化融合をねらう。
そして、「コンソーシアムの活動を活発化し府民の役に立つには、関係者の連携が欠かせない。とくにIT業界との連携は重要だが、満足できるものではない」と、積極的な参画を求めている。
ITの利活用で京都府域の発展と産業活性化を目指す産官学団体「ITコンソーシアム京都」は3月16日、2017年度の総まとめとなるイベント「産官学連携シンポジウム『KYOTO AI(きょうとあい)×ビッグデータ~ データ活用が促す新ビジネス・成長の可能性を考える』」を京都リサーチパークで開いた。
データ活用・流通基盤を整備
「情報銀行」が政府主導でスタート
内閣官房情報通信技術(IT)
総合戦略室
山路 栄作
内閣参事官
今回イベントの最初の講演では、16年に制定した「官民データ活用推進基本法」の作成に携わった内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室の山路栄作・内閣参事官が、国が推進するデータ流通・活用環境の整備について解説した。山路参事官は冒頭、「IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)の進化で、多種多様で大量なデータの効率的な収集・共有・分析・活用が可能になった。だが、わが国では、データ活用が企業や特定のグループにとどまっている」と指摘し、データ・ビジネスの展開が不十分だと述べた。
そのため、15年には「個人情報保護法」を改正し、個人情報を匿名加工情報にし安全に利活用できる制度を創設するなど、IoT機器やスマートフォンなどから得たデータをセキュアに共有・利用できるインフラ・技術環境の実現を図ってきた。データの流通・活用を促す仕組みとしては「情報銀行(情報利用信用銀行)」をつくり、個人に代わり妥当性を判断の上、データを事業者などに提供することを政府主導で始めたことを報告した。
山路参事官は、「自分の個人情報がどう活用されているのかわからないという不満がある。第三者に情報がわたり、自分にメリットが返ってくるならば快く提供するだろう」と、引き続き環境整備を急ぐことを強調した。
すべての行政機能をAPI化すべき
オープンデータの民間活用を促進
オープン&ビッグデータ活用・
地方創生推進機構
三菱総合研究所
社会ICTイノベーション本部
村上 文洋
主席研究員
続いて登壇した三菱総合研究所ICTイノベーション本部の村上文洋・主席研究員は、AIやIoTなどの先端技術とデータを活用し、人口が急減する日本の社会を変える必要があると指摘。冒頭、行政機関のオープンデータがあまり使われていない状況を危惧して、データをオープン化することと、それを活用するメリットについて実例を交え説明した。
村上主席研究員は、データ活用で効果を生む領域として行政機関を挙げた。「東日本大震災を機に、行政のオープンデータの公開機運が高まり、避難所のアプリなどが開発されるなど、民間から新たなサービスが生まれた」と、財政がひっ迫する行政の自前主義からの脱却を強調し、「AI、IoTなど使える技術を総動員すべき」と呼びかけた。
民間がオープンデータを使った例としては、家計簿アプリ「Zaim」には行政の給付金・控除情報を掲載していたり、ローカルビジネスレビューサイト「yelp」が近隣のショップ情報を使うなどの例を示した。「極論をいえば、行政のすべての機能をAPI化すべきと考える」(村上主席研究員)と、行政機関に制度改正を促していた。
データ整理よりもデータ分析
納得度を得る手法で課題解決
データ&ストーリーLLC
柏木 吉基 代表
講演の最後には、グローバル組織の経営課題解決や社内変革プロジェクトのコンサルティングをするデータ&ストーリーLLCの柏木吉基代表が、実務で成果を出すために必要なデータ分析スキルについて解説した。柏木代表は、「10社中10社が同じことに悩んでいる」と指摘する。企業内でのデータ活用が叫ばれるなか、大量のデータから必要な答えを導き出せていないという。
柏木代表は、「多くの企業では、データを整理しているだけで、データ分析ができていない。データの裏側にある“ストーリー”を引き出す必要がある」と述べ、データ分析前に何を知るためにどんなデータを見ればいいかというゴールを決める必要性を、実際の数値を例に壇上で示した。
例えば、「残業時間が多い」という問題を解決するにあたり、曜日別に残業の多い順に並べ、「では、〇〇曜日を定時退社日」と安易に決めている。そうではなく、「部門別や役職別、スキルの高低、仕事の集中度など詳細データを取得し分析して要因を特定し、方策を検討する」(柏木代表)ことで、業務教育のあり方やプロセスの見直し、評価基準の変更などに目がとどくようになると、いまの「働き方改革」の進め方に苦言を呈した。
外国人呼び込むアプリなど、データ活用で地域活性化
シンポジウムの最後には、ITコンソーシアム京都の美濃会長がコーディネータとなり、「これからの京都に期待するデータ活用による地域経済・企業活動等の活性化」をテーマにパネルディスカッションを実施した。パネラーには、講演の登壇者に加え、京なかGOZANの桂田佳代子代表とウイングアーク1st技術本部の加藤大受・カスタマーサービス統括部製品品質管理責任者が参加。聴講者から質問を受ける場面を設けるなど、京都経済について積極的な議論がなされた。
講演者を交えたパネルディスカッションでは、データ活用の具体例をもとに、京都でできることを考えた
京なかGOZAN
桂田 佳代子 代表
本格的な議論の前に、オープンデータなどを活用し事業を展開するITベンダーからビジネスモデルの解説があった。最初に桂田代表が、自社で展開するアプリの「KOI(京都・おもてなし・インバウンド)サービス」を説明した。同サービスは、府内の店舗が自店のターゲット層にマッチした外国人観光客向けにPRできる。店舗は、無料の発信器を置くことで、スマートフォンの個人情報に合った客に対し、自動でクーポンや広告などを発信できる。桂田代表によれば、「府内52か所に発信器を設置しているが、将来的に1000か所を目指す。6月には有償化することで収益を得ていく」と見通しを語った。
ウイングアーク1st
カスタマーサービス統括部
加藤 大受 製品品質管理責任者
ウイングアーク1stの加藤責任者は、IoTの技術を使ったデータ活用例を示した。例えば、世界遺産である元離宮二条城のトイレの施錠部分にセンサを付け、遠隔で施解錠の状態を確認し混在時を避けた清掃計画や備品補充などに役立てている。このほかでも、訪日外国人のSNSをもとに、行動を分析し「訪れて良かった」地点を可視化するなどの例を示した。「訪日外国人は、東京でカフェを楽しんでいる傾向があった」(同)と、こうした分析をもとに観光施策を打てると強調した。
この2社の発表に対し、講演した3者からさまざまなアドバイスや質問が出ていた。山路参事官は、「有益なサービスを展開するには、良質な個人データが必要だ」と述べたほか、柏木代表が「観光者向けの新たな価値をつくるためのサービスは、もっと登場していい」などと意見が出ていた。美濃会長は、「IoTなどで取得したビッグデータをAIを使って分析することは、一時のブームではない。21世紀は、これがデフォルトで進む」と語った。
[次のページ]「協創」で地域貢献するIT 中堅・中小の製造業中心に支援