政府が推進する学校教育現場のIT活用。2018年度以降の新たなIT環境整備方針が示され、さらに20年から小・中学校で順次実施される新学習指導要領では教育におけるIT活用の必要性が明記されているなど、今後ますます学校でのIT活用は加速していくとみられる。一方で、IT環境の整備が進むと考えなくてはならないのがセキュリティ。16年6月に明らかになった佐賀県での学校教育ネットワークに対する不正アクセスに端を発し、学校教育現場におけるセキュリティ対策も急務となっている。学校現場で求められるセキュリティ対策とは。(取材・文/前田幸慧)
新たなIT環境整備の目標値が決定
学校のIT化が一層加速
政府が主導となって推進する学校教育のIT化。かねてより、児童・生徒一人1台分の教育用情報端末の配備などの方針を打ち出し、学校現場のIT環境整備を推し進めてきた。
具体的な施策としては、13年度から17年度にかけての具体的な作業計画としてまとめられた「第2期教育振興基本計画」において、児童・生徒3.6人あたり1台の教育用コンピュータや1学級あたり1台の電子黒板・実物投影機、教員一人あたり1台の校務用コンピュータの配備、超高速インターネットおよび無線LANの整備率100%などを目標として掲げた。その達成に向けては、単年度1678億円の地方財政措置も講じられている。
17年3月現在の整備状況みると、教育用コンピュータは児童・生徒5.9人に1台、普通教室の電子黒板整備率は24.4%、普通教室の無線LAN整備率は29.6%。目標よりも学校におけるIT整備が遅れている現状がうかがえる。なお、教員の校務用コンピュータ整備率は、共用のものを含め118%となっている(「平成28年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」より)。
内閣府「第5期科学技術基本計画」において提唱された「Society 5.0(ソサエティ5.0)」。IoTやAIなどのテクノロジーを活用して経済発展や社会課題の解決を目指す時代を子どもたちが生き抜いていくため、必要な資質・能力を育んでいくことが重視されている。また、20年からは、小・中学校で新学習指導要領が全面実施されていく。新学習指導要領では、「各学校において、コンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図る」ことが明記されており、学校におけるIT環境の整備がますます求められている。
そこで、17年度を終え、新学習指導要領の実施も見据えた新たな方針として、文部科学省は「2018年度以降の学校におけるICT環境の整備方針」を取りまとめるとともに、この整備方針を踏まえた「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(18~22年度)」を策定した。新たな整備方針では、児童・生徒が使う学習者用コンピュータの配備を3クラスに1クラス分程度とし、授業で必要な時に一人1台の環境を用意できるようにする。加えて、故障時などの予備用として複数の端末を備えることを定めた。また、授業を担任する教員一人1台分の指導者用コンピュータの配備、普通教室に加えて、特別教室での大型装置や実物投影装置、無線LANの整備、学校ごとに1台の学習用サーバー、教育委員会ごとに1台の校務用サーバーの整備など、新たな追加事項を含めて、IT環境がより充実化されていく方針となっている。18年度から22年度にかけて、単年度1805億円の地方財政措置もとらている。
IT化とともに、セキュリティ対策が急務
政府、対策の方針などを示す
このように、学校のIT環境整備が今後ますます加速していくことで、同時に考えなければならないのが、セキュリティ対策だ。IT化が進むと、それだけセキュリティリスクが高まることが懸念される。
政府も近年、学校のセキュリティ対策に対する取り組みを急いでいる。そのきっかけとなったのは、16年6月に明らかになった、佐賀県の学校ネットワークへの不正アクセスによって、1万人超の個人情報が流出した事件だ。当時17歳の少年が他人のIDとパスワードを利用して不正アクセスを行ったことで起こった事件だが、現場のパスワード管理の甘さなど、運用上の問題点も指摘されている。これを受け、16年8月、文部科学省は「教育情報セキュリティのための緊急提言(案)」を発表。緊急に取り組むべき対策として、(1)校務系システムと学習系システムの論理的または物理的分離(2)学習系システムへの個人情報の格納禁止(3)校務系システムのセキュリティ要件を満たしたデータセンターでの一元管理(4)二要素認証の導入などの認証強化(5)システム構築時および定期的な監査の実施(6)アクセスログの6か月以上保存、デフォルトパスワードの変更確認(7)全学校・全教職員に対する実践的研修の実施(8)教育委員会事務局の体制強化など、とくに技術的に講じるべき対策が示された。
また、17年10月には、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を公表。安心・安全にITを活用していくうえで情報セキュリティポリシーを策定し、適切な対策を実行していくために、セキュリティの基本的な考え方や対策の内容が示されている。このガイドラインについて、内田洋行の白方昭夫・執行役員 営業本部メジャーアカウント&パブリックシステムサポート事業部事業部長は、「教育現場の実態を踏まえること、教職員の業務負担を軽減すること、ICTを活用した多様な学習を実現できることが重要なポイントで、本当に学校のことを考えた内容が盛り込まれている」と説明する。
実際に、こうした政府による施策の発表を受けて、学校教育市場向けにセキュリティ対策ソリューションを提供しているITベンダー各社は、施策の内容解説や自社の提案内容についての情報を積極的に発信している。ただ、文教市場で長年ビジネスを展開してきた内田洋行からみると、現状はまだ学校においてセキュリティ対策がそれほど進んでいるわけではない。白方執行役員によると、「16年の『自治体強靭化計画』の時と違って補助金が下りていない。自治体と連携して積極的に計画を立ててセキュリティ対策に取り組んでいるお客様のなかには、平成29年度中にガイドラインに沿った内容のセキュリティをある程度確保できているところもいくつかある。ただ、17年の夏にガイドラインのパブリックコメントが募集され、ちょうどその時期が平成29年度の事業計画を予算化するピークだった。タイミングよく更新の時期がきていたところは盛り込めたが、多くは予算も確保できず、対策が十分でないというのが実態だ」という。しかし裏を返せば、これからがビジネスチャンスということでもある。
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