デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の生き残りにとって不可避な取り組みとさえいわれるようになった。だが、日本の企業の実態をみると、掛け声は高まるものの、DXに対する投資意欲が低く、取り組み実績において、先進的な欧米企業との差はもちろん、アジア全体と比較しても遅れがみられる。日本の企業におけるDXの取り組みと課題を追った。(取材・文/大河原克行)
IT業界はビジネスチャンスと捉えよ
DXが企業の業績を左右
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術(ICT技術)を活用し、企業のビジネスモデルやビジネスプロセスを変革していくことを指す。ここでいうデジタル技術とは、クラウドやビッグデータ/アナリティクス、エンタープライズモバイル、ソーシャルなどである。これらを利用して新たな製品やサービスを創出したり、顧客との新たな関係を構築したり、あるいは働き方を変えていくことが、DXへの取り組みとなる。
調査会社のIDC Japanは、アジアの二つの銀行を比較した際に、DXに取り組んだ銀行と、そうではない銀行に大きな差が生まれたことを示した。同調査によると、2006年には、ほぼ同等の売上高であった2行だが、10年後の16年には、DXに取り組み、顧客サービスにもデジタルを積極的に活用した銀行は、そうでない銀行に比べて、売上高で43%も上回り、利益では13億ドル(約1080億円)もの差が生まれたという。
IDC Japanは、「21年までには、世界のGDPの50%以上がデジタル化され、デジタルITによって強化された製品/サービス、運用、顧客との関係がますます重要になる。こうした変化が、すべての産業で起こる」と指摘(図1)。これからの時代において、DXは企業の生き残りを左右する取り組みであるといえる。
GEがソフトウェア企業に
米GE
ジェフリー・イメルト
前CEO
DXはデジタルネイティブと同義語に捉えるケースもあるが、厳密には異なるといっていい。DXは、従来の事業をデジタル技術で変え、新たなビジネスモデルの創出によって、成長を促進するというものだ。
米GEは、自らをデジタル・インダストリアル・カンパニーと称し、ソフトウェアに対する投資を加速。IoTプラットフォーム「Predix」を開発して、既存のビジネスを変革したのは、DXの象徴的な取り組み事例だ。
同社は、金融部門であるGEキャピタルがもつ資産の大半を売却し、パワーやエネルギー、ヘルスケアなどの本業ともいえるインダストリー領域にフォーカスした。さらに、同社の産業機器に数多くのセンサを組み込み、ネットワーク経由で管理。これによって、製品開発や運用、保守を効率化するとともに、最先端のモノづくり企業へと変革することに成功した。
航空機向けのジェットエンジンには、数多くのセンサを取り付け、1機あたり1TB以上のデータを収集する仕組みを構築し、他社との差異化を図ったのはその最たる例といえるだろう。
同社の変革を担った米GEのジェフリー・イメルト前CEOは当時、「われわれは重厚長大な製造業の企業から、ソフトウェア企業へと変革した。技術や製品がデジタル化するなかで、われわれ自身がデジタル化する必要があった」と述べ、デジタルを活用して企業そのものを変革(トランスフォーメーション)してみせた。
これに対して、デジタルネイティブは、デジタル技術を活用して、新たなサービスなどを創出し、既存の産業などを破壊していくことを指す。
デジタル技術を活用することで、タクシーを1台も保有しないタクシー会社として、既存のタクシー業界を破壊した米Uberは、その好例だ。いまでは、金融、製造、医療、流通、小売りなどのあらゆる業界にデジタルネイティブ企業が進出している。
アジア圏のなかでも遅れている日本のDX
日本においても、DXへの取り組みの重要性については、声高に叫ばれている。メディアの報道でも、DXはバズワードといわれるほど、頻繁に取り上げられている。
だが、日本におけるDXへの取り組みの実態は、残念ながら進んでいない。マイクロソフトが昨年、調査会社IDC Asia/Pacificの協力を得て行った調査においても、アジア全体と比較して、日本の企業の遅れがみられる(図2)。
同調査は、日本を含むアジア15か国/地域のビジネスリーダー1560人を対象に実施したもので、ここではデジタル技術を活用にしたビジネスの売上高が全体の3分の1以上を占める企業を、DXの「リーダー企業」とし、それ以外を「フォロワー企業」に分類している。リーダー企業は103社とアジア全体においても7%にとどまった。なお、日本の企業は150社から回答を得ており、約10%を占めている。
ここでは、DXのリーダー企業は、フォロワー企業に比べて、大きなメリットを享受していることが明確になっている。具体的には、「顧客からの評判やロイヤリティ、顧客維持率の向上」「生産性向上」「コスト削減」「利益向上」「新しい製品やサービスによる売り上げ」の5項目において、リーダー企業はフォロワー企業に比べて、1.9倍~2.5倍のメリットを享受しているという。
こうしたなかで、アジアの企業と比較すると、日本の企業にはいくつかの課題があることも浮き彫りになった。
同調査では、日本の企業は「どのIT技術が適切かを見極められない」「適切なITパートナーが選択できない」「既存システムの保守サポートに追われている」「プロジェクトに対する投資不足」「幹部のサポートやリーダーシップが不足している」といった点で課題を抱えているとしている(図3)。これらの課題は、DXに踏み出したくても踏み出せないという状況を示すものだといえよう。
そして、最大の課題は、予算措置に対する意識の低さだ。調査によると、DXに関する予算について、組織特性として合意した企業は、アジアのリーダー企業では70%、アジアのフォロワー企業では50%であるのに対して、日本の企業は40%にとどまっている。これはアジアのリーダー企業との比較ではなく、アジアのフォロアー企業と比べても、日本の企業が遅れていることを示している。
日本企業のDXに対する関心は高まりつつある。しかし、「かけ声ばかりで、金は出さない」という実態が示されたともいえるのだ。
企業年齢で考える
DXとデジタルネイティブの構図
歴史を刻む高齢企業はDXで変革
企業の年齢を人の年齢にあてはめてみると、DXおよびデジタルネイティブの観点からユニークな考察ができる。
創業からの年月を年齢として表現すると、GEは126歳、日立製作所は108歳、IBMは107歳、パナソニックは100歳となる。これらの「高齢」ともいえる企業に共通しているのは、DXによって変革を遂げようとしている点だ。また、95歳のディズニー、81歳のトヨタ自動車、79歳のヒューレット・パッカード、72歳のソニーも同様に、既存事業のDXによって企業の変革に挑んでいる。
人間でいえばシニア層となったこれらの企業は、DXによって、再び成長に向かっている企業群だといえる。
これに対して、50歳となったインテルや43歳のマイクロソフト、そして、42歳のアップルの場合には、DXを推進するとともに、デジタルネイティブによってビジネスを創出し、成長を遂げている世代ともいえる。
アップルは、MacやiPad、iPhoneといったハードウェアビジネスで新たな市場を創出するだけでなく、デジタルを活用した音楽/映像配信サービスで、既存のレコードやCDの産業を破壊した。レコードやCDの業界にとってみれば、アップルがライバルになるとは思ってもみなかっただろう。
一方で、20代となるのが、Amazon、Google、Netflixなどの企業だ。さらに、中国のアリババや米セールスフォース・ドットコムは19歳。人間でいえば、大学生であったり、大学を卒業したりといった若さをもち合わせている。世間の常識を理解しはじめた年齢だといえよう。これらの企業になると、まさに、デジタルネイティブ世代となる。デジタルを活用して、新たな産業を創出してきた企業群だ。
さらに、中学生ぐらいの10代前半には、Tesla、Facebook、Twitterなどがおり、小学生の年齢には、9歳のUberや、8歳のXiaomiがいる。これらの企業はデジタルネイティブ企業として、その年齢相応に、少しやんちゃなことをしている印象が強い。
こうしてみると、DXおよびデジタルネイティブの取り組みは、企業の年齢と相関している。そして、企業の競争相手が業界内だけでなく、業界以外から参入した企業となっていることも、DXやデジタルネイティブによって生み出された新たな常識ともいえる構図だ。
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