東日本大震災から7年。沿岸部に甚大な津波の被害を受けた宮城県は、地方創生と復旧・復興の二つに取り組んでいる。主要産業は漁業と水産加工業だが、震災後は深刻な人手不足に悩まされている。この救世主となるのが、IoTやAIなどのIT技術だ。自治体、大学、そして地元仙台市のITベンダーがこの難題解決に力を注ぐ。その実態を追った。(取材・文/山下彰子)
IoT/AIが地域課題を解決する
ITベンダーを誘致する仙台市
今年2月2日、エリクソン・ジャパンが仙台駅東口エリアに仙台オフィスを開設した。地元で採用した人材を中心に約100人がこのオフィスに勤務し、5G、IoT、クラウド戦略分野の通信インフラサービスを提供する。今後は220人体制を目指し、順次拡大する計画だ。
仙台市に進出する大手IT企業はエリクソン・ジャパンだけではない。2014年にはメルカリが24時間体制のカスタマーサポートセンターを開設。16年12月には日本IBMがシステム運用サービスを展開する「IBM 仙台市クライアント・イノベーション・センター」を設立した。このほか、サイバーエージェントグループのシーエー・アドバンス、楽天、メンバーズなどが東日本大震災後、仙台市に拠点を置いている。
仙台は、首都圏から新幹線で1時間半とアクセスがいい。さらに、仙台市はIT企業への手厚い施策として「企業立地促進助成金」を実施している。対象となるのはソフトウェア業、デジタルコンテンツ業、データセンターなどで、新設・増設・市内移転の場合は、新規投資に係る固定資産税等相当額の100%を3~5年間、設備更新の場合は、同100%を1年間交付するほか、新規雇用・異動の正社員など雇用加算に対して、社員一人につき1年間10~100万円の助成金を出す、といった内容が盛り込まれている。
宮城県も、コールセンターやデータセンターの開設を促す施策として、「宮城県民間投資促進特区」を設けた。対象となる地区は県内の仙台市や石巻市など11市5町1村で、対象地域にソフトウェア業、情報処理・提供サービス業、インターネット付随サービス業、コールセンター、BPOオフィス、データセンターなどを開設した場合、税制上の特例措置が受けられる。
こうした取り組みが功を奏し、宮城県外からの進出が増え、仙台市を中心にITベンダー数は増加している。総務省と経済産業省が調査した経済センサスによると、震災後の12年の事業所数は422社、従業者数は1万266人だったが、16年には463社、1万330人に増加。宮城県の事業所数、従業者数は東北6県で最も多く、2位の福島県の233社、3549人の2倍以上だ。また、宮城県情報サービス産業協会(MISA)によると、直近の事業所数は580社近くまで増加しているという。
2020年特需の反動を危惧
東北経済産業局
村田久明
地域経済部 情報政策室長
地方のIT産業における特徴として、よく挙げられるのが受託開発や多重下請け構造の問題だ。宮城県のITベンダーも同様の課題を抱えている。階層が下がるごとに案件の受注単価は下がり、首都圏の景気変動の影響を受けやすくなる。MISAの穴沢芳郎・事務局長によると、「宮城県のITベンダーが請け負う案件の35%ほどが首都圏のビジネス」という。首都圏は20年に向けてIT投資を行う企業が増えており、宮城県のITベンダーに発注する案件数も増えている。しかし、この上昇傾向は一時的なものとみられ、「20年の特需後には首都圏からの仕事が減少し、大きく落ち込むことが予想される」と、穴沢事務局長は警鐘を鳴らす。
安定した成長のためには、首都圏からの下請け中心のビジネスから地域密着型ビジネスへのシフトが課題だ。ITベンダーの現状について、東北経済産業局の村田久明・地域経済部情報政策室長は「首都圏のビジネスを主軸としているITベンダーは、地元の中小企業に対する営業体制が十分に整っていないところが多い」という。従業員のほとんどをエンジニアが占め、専属の営業・マーケティング部隊をもてない小規模企業もある。また、「ユーザー企業のIT予算が少ない」とMISAの穴沢事務局長は語る。ユーザー企業のIT利活用の促進も課題となっているようだ。
企業のIT活用促進対策としては、経済産業省が「IT導入補助金」を打ち出している。しかし、東北全域でこの補助金制度を利用する企業が少ないのが現状だ。宮城県以外の5県の採択数は、17年度で50件前後と少なく、宮城県も108件と振るわない。採択数が伸び悩むなか東北経済産業局の村田室長は、「7月中に東北の全県でIT導入補助金の説明会を開催したが、まだまだ認知度は低い。引き続き、動画を配信するなどして周知活動に取り組む」と話す。
また、ITに関する情報が不足しているため、導入が遅れている一面もあるという。MISAの穴沢事務局長は、「首都圏顧客からの要望に沿って、注文通りにソフトウェア、システムを開発してきたITベンダーは多い。一方、宮城県内のユーザー企業は首都圏ほどITの最新トレンドに精通していない。補助金を利用したいが、何を導入したらよいか、判断できないケースが少なくない」と説明する。ITベンダーの提案力を強化するためMISAはソフトウェア選定の手引書「みやぎソフトウェアカタログ」を制作し、ITベンダーが提供するソフトウェアやソリューションを業界別に紹介している。
地域課題をITが解決する
宮城県情報サービス産業協会
(MISA)
穴沢芳郎
事務局長
IT導入の促進、地域密着型ビジネスへのシフトといった課題を抱える宮城県のITベンダー。この解決策として今、IoTやAIを活用しようとする動きが大きくなっている。
宮城県が抱える地域課題のなかで避けて通れないのが、東日本大震災からの復旧・復興だ。宮城県は18年度から発展期に入る震災復興計画を立て、取り組んできた。インフラの復旧、災害廃棄物処理問題も解決し、農林水産関連も震災前の状態に戻りつつある。雇用も増え、18年4月時点の有効求人倍率は1.73倍となり、過去最高を記録した。県内総生産は15年度には約9兆5000億円まで回復し、震災前に打ち出した長期総合計画「宮城の将来ビジョン」に盛り込んだ10兆円まであともう一歩のところまできた。順調に計画が進むなか、課題が残るのが水産加工業だ。
宮城県沖合は親潮と黒潮がぶつかる生産性の高い海域で、金華山・三陸沖漁場は世界3大漁場に数えられている。県内だけで142の漁港と9か所の水産物産地卸売市場があり、気仙沼、志津川、石巻、女川、塩釜は、沿岸・沖合・遠洋漁業などの漁船漁業の基地であり、魚市場などの流通機能や水産加工業が集積する水産都市だ。それが東日本大震災が引き起こした津波により、壊滅的な被害を受けた。漁業は順調に回復しつつあり、15年の水揚げ量は全国3位の24万2072トンまで戻したが、その先の水産加工業では、人が集まらず深刻な人手不足に陥っている。これに、高齢化が拍車をかけているのだ。
これをIoTやAIといったITの力で解決しようという動きが活発になっている。活動の中心となっているのが「せんだいIoT推進ラボ」。仙台市と東北大学 情報知能システム(IIS)研究センターが軸となっており、地元のITベンダーとともに地域課題の解決に取り組んでいる。
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