Special Feature
AWS vs. Azureの時代 パートナー戦略の違いが2強の行く末を左右する?
2018/10/31 09:00
週刊BCN 2018年10月22日vol.1748掲載
変革が進むマイクロソフトのパートナーエコシステム
規模を生かしつつメリハリをつけた協業で成長
高橋美波
執行役員常務
パートナー事業本部長
日本マイクロソフトにはクラウド時代以前から培ってきたパートナーエコシステムの資産があり、その規模はAWSとは比較にならないほど大きい。ただし、クラウドビジネスにその資産をそのまま生かすことができるかというと、話は別だ。むしろ、過去の成功体験が半ば障害になり、同社がクラウドビジネスに適したかたちでパートナー向けの施策をアップデートし、パートナー自身の変革も促していくという取り組みを進めるのに時間がかかった印象もある。
とはいえ、マイクロソフトのクラウドビジネスが著しく成長しているのは前述の通り。ここにきて、パートナーエコシステムのさらなる活性化に向けた施策も矢継ぎ早に打ち出している。
直近で最も大きな動きは、日本マイクロソフト社内でパートナー支援の体制を抜本的に変革したことだろう。同社は昨年7月、8部門に分かれていたパートナー支援機能をパートナー事業本部に集約した。その結果、パートナー事業本部が支援するパートナーの総数は約1万社という規模になった。ただし、全方位的な支援では成果を出すのは難しいとの判断から、まずはクラウド時代、デジタルトランスフォーメーション時代の次世代エコシステムの基盤づくりを進めるべく、重点的に協業するパートナーを500社に絞り、Microsoft Azureを活用した産業別ソリューションの開発やマーケティング、プロモーション、顧客への提案活動などで密接な協業に取り組んできた。
こうした活動の成果について日本マイクロソフトの高橋美波・執行役員常務パートナー事業本部長は、次のように語る。「2018年6月期の実績には大きな手応えがある。Azureの年間契約額は前年度比350%と大きく成長し、マイクロソフトのクラウド製品を再販できるCSP(クラウド・ソリューション・プロバイダー)リセラーは約2200社にまで増加した。パートナーによって新規に公開されたクラウドベースのビジネスアプリケーションの数は865で、そのうちAzure関連は553。協業によって受注したAzureベースのビジネスアプリケーションの受注案件数は400以上に達した。さらに、AI、IoTなどの新たな領域でも、53の新たなソリューションが日本マイクロソフトのパートナーエコシステムから生まれた。日本マイクロソフトとパートナーの協業だけでなく、パートナー同士が連携する例も多くみられるようになったことが、パートナーエコシステムの成長を加速させている」。
日本マイクロソフトのパートナーエコシステムは、規模の面での成長のアピールが目立つ。一方で、高橋常務はAWSのAPNと類似の「パートナーのケイパビリティ可視化」施策に取り組み、パートナーエコシステムの“質”の担保にも注力する方針を示す。同社はこの1年間と同様、今後も1万社のパートナーから毎年約500社の重点パートナーを選定し、密接な協業を継続する方針だが、パートナーのケイパビリティ可視化もこれと連動した施策になるという。奇しくもAPNパートナーは今年5月の時点で538社であり、日本マイクロソフトが重点パートナーを500社選定し、認定制度のようなものとひも付けて協業を進めていくとすれば、APNパートナーと同規模の「ケイパビリティ可視化」パートナーを早急に揃えようとしているようにもみえる。
ただし、高橋常務は、「AWSを意識した設定ではない」と明確に否定する。「パートナーに対して間口を広くしておくという基本方針は変わらないが、われわれは(AWSのパートナー制度と比べても)より限定した、深い協業をやろうとしている。一方で、その枠に入らなかったパートナーを放置するわけではなく、デジタルマーケティングなどを活用し、より効率的な協業の仕方に変えていくイメージだ。全てのパートナーとの協業をマネージしていく。より深く協業するパートナーを明確にして、メリハリをきかせる方針だと理解してほしい」と説明する。
約2200社まで増加したCSPリセラーも、規模の拡大が目立つが、実際にアクティブなパートナーは4割程度だという。高橋常務は、CSPリセラー網を活性化していくことも大きな課題であることを認める。「当社がCSPに求める年間取引数の基準があって、それを満たしていないパートナーが5割以上いる。今年の第1四半期中には、取引額を満たしたパートナーの割合を8割くらいまでもっていきたい。アクティブでないCSPとも接点はあるので、情報提供や教育次第で取引数も増えるはず。これまでかなり注力してきて成果も挙げているので、目標達成はみえてきている」と説明する。
「Windows Server 2008」EOSに見る激戦の兆し
EOS需要の取り込み狙う施策を展開
両社とも、基幹系システムのクラウド移行を直近のクラウドビジネスにおける成長領域と位置付ける。そこで市場に大きな影響を与えそうな動きが、2020年にサポート終了(EOS)を控える「Windows Server 2008」のマイグレーション需要だ。いち早く動いたのはAWS。今年5月、APNパートナーの評価軸の一つである「サービスデリバリープログラム」の対象サービスに、「Amazon EC2 for Windows Server」を追加したのだ。国内では、富士ソフト、日本ビジネスシステムズがすでにAmazon EC2 for Windows Serverについてサービスデリバリープログラムの認定を取得している。「AWS、Windows Serverの両方について、ハイレベルなノウハウ、知見と導入実績が求められる認定基準をクリアした2社」(アマゾン ウェブ サービス ジャパンの今野本部長)だという。さらに、「エンタープライズシステムへの対応という観点では、導入済みのマイクロソフト製品をAWSで動かしたいという要望が近年非常に増えている。企業で導入されているアプリケーションの70%がWindows Serverで稼働しており、すでにAWS上でWindows Serverを稼働、安定運用している事例もたくさんある。マイクロソフトのワークロード稼働先として、AWSが最適であることを市場にアピールしていきたい」と強調する。また、パートナー2社によれば、Windows Server 2008のEOSに伴い、延命措置としてAWS環境への移行を検討するユーザーも少なくないそうだ。
これには日本マイクロソフトも黙っていなかった。今年8月、オンプレミスで利用されているWindows Server 2008インストールマシンからAzureへの移行を促すべく、戦略パートナー57社と共同でWindows Server 2008ユーザーの最新インフラへの移行をサポートする体制を構築すると発表。さらに、Azure上で稼働させる場合に限って、Windows Server 2008の延長セキュリティー更新プログラムを3年間無料で提供する計画をぶち上げた。
MM総研の調査では、国内で稼働中のWindows Server 2008インストールマシンは2018年8月時点で約54万台に上る。日本マイクロソフトはEOSの期限である2020年1月までに、この54万台のサーバー全てを最新環境に移行することを目指す。そのための施策として同社は、戦略パートナー57社と連携し、顧客ごとの課題に合わせた適切なマイグレーションを支援する「マイクロソフトサーバー移行支援センター」を設立した。マイクロソフトサーバー移行支援センターは、日本マイクロソフトが窓口を用意し、Windows Server 2008から最新インフラへの移行に必要な各種のアセスメントサービスや実際の移行支援サービスを同社と戦略パートナーの協業により提供していく。また、19年6月末までに移行技術者を4000人育成するほか、全国で240回、7000人規模の移行支援セミナー「Azure Migration Roadshow」を開催する計画だ。
日本マイクロソフトはWindows Server 2008環境を最新インフラに移行するための具体的な方法として、三つのシナリオを用意している。一つはオンプレミス環境をそのまま最新のWindows Serverにアップグレードする方法、二つめはオンプレミスのWindows Server 2008環境をAzureにリフト&シフトした後に最新インフラに移行する方法、そして三つめが、AzureのPaaSを活用して一気に業務アプリケーションのリファクタリング(再設計)をしてしまうという方法だ。同社は前者二つのシナリオを選んだユーザー向けに、Windows Server 2008環境をサポート終了までに最新環境に移行できなかった場合でも、延長セキュリティー更新プログラムを提供する。このプログラムはWindows Server 2008のサポート終了から3年間にわたって提供される。ただし、Azureへのリフト&シフトを選択すれば無料で使うことができるが、オンプレミスで利用する場合は有償だ。

日本マイクロソフトのWindows Server 2008環境の移行支援策は、オンプレミスユーザーをAzureに誘導する動線を大幅に強化した印象だ。同時に、AWSに対する強い対抗心も感じさせる。日本マイクロソフトが一連の移行支援策を発表した記者会見には、Amazon EC2 for Windows Serverのサービスデリバリープログラム認定を取得している富士ソフトと日本ビジネスシステムズが、日本マイクロソフトの戦略パートナーの一社として出席した。57社という戦略パートナーの数も含め、AWSに一歩も引かないどころか、Windows Server 2008の移行ビジネスを機に国内クラウド市場の勢力図をひっくり返すための体制を整備したというメッセージが伝わってくる。高橋常務も、それを否定しない。Windows Server 2008環境の移行状況のみが両者のビジネスにおける優劣を決める要素ではないにせよ、さらに拡大するクラウド市場におけるトップベンダー同士の競争はさらに激しさを増しそうだ。
記者の眼
米マイクロソフトが9月に米フロリダで開催した「Microsoft Ignite 2018」では、同社のサティア・ナデラCEOに加え、アドビのシャンタヌ・ナラヤン社長兼CEO、SAPのビル・マクダーモットCEOという大物が顔を揃え、共通のデータモデルにより3社の製品の相互運用性とデータ交換における利便性を高めていく「Open Data Initiative」という取り組みを進めることを発表した。ほぼ時を同じくして、米セールスフォース・ドットコムは、AWSとの戦略的提携を深め、両社サービスの機能連携を強化すると発表。まさに大手グローバルベンダーによるクラウド時代の合従連衡といった様相だが、その中心にはマイクロソフトとAWSがいる。日本におけるクラウド市場の競争も激しさを増しつつあるが、両社にとっての重要パートナーである日本ビジネスシステムズの牧田幸弘社長は、「IaaSでは一日の長もあってか、機能の豊富さなどAWSが優れている点が目立つ。一方でAzureは、クラウドに精通したエンジニアでなくても簡単に使える優れたUIがメリットで、特にPaaSが素晴らしく、アプリケーションの開発生産性向上に大きく貢献する」として、それぞれ異なる特徴があり、棲み分けが進んでいく可能性を示唆する。両社のエコシステムの中で成長しようとするパートナーには、それぞれの戦略を正確に理解することが求められている。
(この特集は『週刊BCN』1731号、1735号、1741号に掲載した記事を再編集、再構成したものです)
クラウド市場の2強といえるAmazon Web Services(AWS)とMicrosoft Azureの競争が激しさを増している。矢継ぎ早に新しい機能をリリースして継続的にサービスポートフォリオを充実させようとしている点は両者共通だが、パートナーエコシステムの現状には大きな違いがある。その違いがこれからの成長にどんな影響をもたらすことになるのだろうか。(取材・文/本多和幸)
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