中国が、国を挙げて人工知能(AI)の研究開発を推進している。国内では、中央政府からの後押しを受けた企業を中心に革新の波が広がり、盛り上がりは増す一方だ。「AI大国」を目指して突き進む中国の実力を紹介する。(取材・文/齋藤秀平)
アイフライテックが開催したイベントの会場
AIの五大都市の一つ、安徽省・合肥市
「スマート音声のブランドをつくり、中国でも重要なAIの産地になることを目指す」。10月24日、中国安徽省の省都・合肥市で開かれたイベントで、同省政府の幹部はこう呼びかけた。
上海市や江蘇省、浙江省とともに華東地域に分類される安徽省は、長江沿いに位置する内陸省の一つ。合肥市と上海市の距離は約450キロで、最も速い高速鉄道を利用すれば約2時間で移動できる。
日本貿易振興機構(ジェトロ)がまとめた概況によると、安徽省の経済規模を示す2017年の域内総生産(GDP)は2600億元(約4兆2700億円)で国内13位。前年からの伸び率を見ると、中国全体の6.9%を上回る8.5%となった。
二次産業や三次産業の割合が多い安徽省の中で、合肥市は科学都市としての一面もある。安徽省政府によると、合肥市は、国家技術革新プロジェクトのパイロット地域で、国家規模の実験室や省級レベル以上の研究センター、ハイテク関係の産業開発区が建設されている。
研究開発が盛んな合肥市は最近、AIの領域で脚光を浴びている。9月に中国のIT大手・浪潮と調査会社IDCが発表した「2018中国AIコンピューティング発展報告」によると、阿里巴巴集団(アリババグループ)が本拠を置く杭州市のほか、大都市の北京市や深圳市、上海市とともに、合肥市がAIの研究開発が盛んな五大都市に選ばれたほどだ。
世界トップ級の技術
合肥市のAIの発展をけん引しているのが、冒頭のイベントを開催した科大訊飛(アイフライテック)。AIの音声技術で世界トップ級の技術力を誇り、中国市場では7割と圧倒的なシェアを獲得している企業だ。
アイフライテックは、1999年に創立し、翻訳機や音声合成サービス、教育向け製品などを手掛けている。国を挙げてAIの発展に取り組む中国政府が17年、アリババや騰訊控股(テンセント)、百度(バイドゥ)と並び、音声分野の重点育成企業に指定したことで、大きく注目されるようになった。
劉慶峰
董事長
イベントで創業者の劉慶峰董事長は、自社の技術の高さを「われわれの技術は圧倒的に優秀だ」と表現した。会場に集まった来場者を前に、テキスト音声合成の品質を競う国際大会「Blizzard Challenge」で、昨年に引き続き1位を獲得したほか、日本の英検準一級と同等のレベルとされる中国の大学生向け英語検定試験CET6級でトップ1%以内に入ったことも示し、「英語の理解度は人間の平均レベルを超えている」と胸を張った。
技術開発を推進する一方、アイフライテックが力を入れているのが、パートナーの拡大だ。製品やサービスのほかに、AI技術のオープンプラットフォーム「訊飛開放平台」を提供し、17年の開発パートナー数は51万に到達。18年は、9月末時点で86万を超えたという。
胡郁
CEO
高い技術があるとはいえ、パートナーの力を必要とする理由はなぜか。イベントで登壇した胡郁CEOは「1社の企業が一つの領域を独占するのではなく、エコシステム全体でさまざまな領域に進出することが重要だ」と説明した。
さらに「われわれイノベーション型の企業は、さまざまな業界でスマート音声を基礎にした駆動型のエコシステムをつくり、パートナーがお互いに強くなることを目指すべきだ」と強調。エコシステムのさらなる拡大を目指す方針を掲げ、開発者向けサービスメニューの充実やAI教育の強化などを盛り込んだ「1024計画」を発表した。
中商産業研究院の調査によると、中国のスマート音声市場は年々拡大しており、17年は前年比70%増の105億7000万元になった。18年は159億7000万元になる見通し。グローバルでも同様の傾向になると予想されている。
合肥市では、アイフライテックの技術を活用した製品やサービスを展開する企業が続々と誕生しており、各企業がイベントでブースを設置した。
音声でPCを操作できるマウスを開発した咪鼠科技は、15年に創業したベンチャー企業で、担当者は「音声技術の研究開発力が中国トップで、人材も豊富なことが、われわれが合肥で会社を設立した理由だ」と説明した。
成長は維持できるか
アイフライテックは、中国政府の後押しもあり、業績は右肩上がりを続けている。10月25日に公表した18年1-9月業績では、売上高は前年同期比56%増の52億8000万元、純利益は29.94%増の2億1900万元となった。
順調に成長しているようにみえるものの、中国国内では財務体質を懸念する意見もある。
中国メディアの21世紀経済報道は10月19日の朝刊で、アイフライテックの業績を分析する記事を掲載し、「収益性は十分ではなく、政府の補助金に過度に依存している」と報じた。
21世紀経済報道の記事によると、アイフライテックへの政府補助金は、17年が1億1800万元で、18年上半期は1億4900万元だった。営業利益に占める割合はそれぞれ1.42%、2.74%となり、「収益性は依然として外界の期待とかけ離れている」と指摘した。
また、9月に入ってからは、国際会議で使用されたアイフライテックの同時通訳技術の信ぴょう性が疑われて、株価は大きく下落した。アイフライテックにとっては、成長を維持するために技術開発を続けることとともに、財務体質の改善と疑念の払しょくも求められている。
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