かつてはコモディティー市場とも言われたERPビジネスが活性化している。「SAP ERP」の標準サポート提供期限が2025年に迫る「SAP ERPの2025年問題」や、関連して経済産業省のレポートで指摘された「2025年の崖」問題を背景に、多くのERPベンダーが今こそビジネス拡大の好機だと考えている。その一つの証とも言うべきか、近年、日本市場に新たに本格参入するERPベンダーが相次いで登場している。激しくうねる基幹業務システム市場の台風の目となるか。(取材・文/本多和幸)
“セールスフォースのERP”が日本上陸
SFDC製品と同一のUI、同一のDB
クラウドERPベンダーの米ルートストック・ソフトウェアが日本市場に本格参入する。同社のERP製品「Rootstock Cloud ERP」は、何といっても米セールスフォース・ドットコム(SFDC)のPaaSである「Lightning Platform(旧Force.com)」を基盤としている点が大きな特徴だ。SFDC製品とのシームレスな融合が可能であるという強みを前面に押し出すとともに、SFDCのビジネスエコシステムを存分に活用して、国内ERP市場のメインプレイヤーの座を狙う。
米国で150社の顧客獲得
18年末に日本法人も本格始動
米ルートストック・ソフトウェアは2006年創業のクラウドERPベンダーだ。18年1月に日本法人としてルートストック・ジャパンを立ち上げ、同12月から本格的に活動を開始した。製造業をメインターゲットに、生産、販売、物流、調達などをカバーするSCM(サプライチェーンマネジメント)や財務会計モジュールなどを提供している。HCM(人事給与)系のモジュールはラインアップしておらず、SFDCのマーケットプレイスである「AppExchange」上の他社製HCMアプリケーションや、米ワークデイなどHCMに強いクラウドERPベンダーの製品と連携する戦略を採る。
トップベンダーである独SAPをはじめ、老舗ベンダーが大きなシェアを握るERP市場にあって、同社は新興ベンダーと言っていい存在だが、10年代初頭に早くも大きな転機を迎えている。08年に最初の製品をリリースした当初は、同じくクラウドERPベンダーである米ネットスイートの基盤上で生産管理アプリケーションなどを提供していた。ネットスイートはERPやCRM、Eコマースを統合したビジネスアプリケーションスイート「NetSuite」などのSaaS製品群とともに、それらを補完するサードパーティーアプリケーションの開発プラットフォームも提供している。当時はNetSuiteに生産管理系の機能は含まれていなかったため、ルートストック製品はNetSuiteに製造業のユーザー向け機能を付加する役割を担っていたと言える。
ルートストック・ジャパン
杉井要一郎
社長
しかしネットスイートは13年、NetSuiteに製造業向けの生産管理機能モジュールを追加するなど、自社製品の顧客対象を拡大する戦略に舵を切った。このタイミングでルートストックはアプリケーションの開発・動作基盤をSFDCのForce.com(現Lightning Platform)に移すことを決断。ここで全く別の製品に生まれ変わったという。以降、米国で約150社の顧客を獲得し、18年から本格的に米国以外でのビジネスにも注力し始めた。ルートストック・ジャパンの杉井要一郎社長は「オーストラリアで既に本稼働の事例が出てきているほか、英国、スウェーデン、フランス、日本で受注があり、欧州と日本はビジネス拡大に向けて積極的に投資していくエリアと位置づけている」と説明する。日本市場では精密研磨剤や研磨装置を扱う総合研磨剤メーカーのMipoxが国内第1号ユーザーとして導入を決定し、既にタイ工場への導入が完了、今春には京都工場、山梨工場でも稼働を開始する予定だ。
パートナーエコシステムの整備と
技術者育成が喫緊の課題
SFDCは近年、業務アプリケーションベンダーとしての側面だけを見てもポートフォリオを急速に拡大している。クラウドCRM/SFAのトップベンダーであるだけでなく、デジタルマーケティングやカスタマーサポート、Eコマースなど、ユーザー企業の顧客接点を網羅的にカバーする業務アプリケーションをそろえ、SaaSとして提供している。杉井社長はルートストック製品について「SFDCのSaaS群と同じ基盤上で動き、非常に強い補完関係にあることが市場に高く評価されている。Lightning Platformで稼働する業務アプリケーションで製造業のコアな業務向けの機能を提供しているのはルートストック製品だけだ」と強調する。
さらにルートストック・ジャパンの福岡博重氏は詳細を次のように解説する。「連携という表現よりもシームレスな統合と言った方が正確だ。SFDCのSaaSと完全に同じ環境で、データベース(DB)も共通化される。プロスペクトから受注に至るまでをSFDCの『Sales Cloud』で管理して、その後のプロセスをRootstock Cloud ERPで引き継ぐ場合、Sales CloudからRootstock Cloud ERPにデータを転送するわけではない。Rootstock Cloud ERPはSales Cloudと同じDBの受注データを使うだけ(ただし、SCMでは営業系のDBをそのまま共通で使うだけでは不十分な場合も多いので、足りない属性情報などは付帯のDBを追加するかたちになるという)。UIもSFDC製品と一体で、SFDCユーザーにとっては、一連の営業プロセスや納品後のカスタマーサポートなどと生産、販売、物流、調達といったプロセスを同じ画面上でシームレスに管理できるようになることのメリットは大きい」
ルートストック・ジャパン
福岡博重氏
日本企業として初のユーザーになったMipoxも、11年にSFDCのCRMを導入し、自社グループの全社員の基本業務ツールとして位置づけている。Rootstock Cloud ERPの採用に当たっては、「Lightning Platform上で顧客情報、営業・受注活動、生産活動までがシームレスに管理できる」(福岡氏)ことが決め手になった。
ルートストック・ジャパンは本格的な営業開始から数カ月という段階だが、ユーザーからの問い合わせに加え、Rootstock Cloud ERPを担ぎたいというSIerからの問い合わせも急増しているという。基本的にはパートナービジネスで国内市場開拓を進める方針で、SFDCの有力パートナーのほか、製造業に精通する全国の中堅規模のSIerなどにもアプローチしていく。福岡氏は「Lightning Platformでアプリケーションを作りこむ技術やノウハウがあれば、Rootstock Cloud ERPのカスタマイズも十分にできる。ただし、SCMの実装には製造業の業務知識やノウハウもないとうまくいかない。この二つの要素を兼ね備えたパートナーを増やすとともに、パートナー同士の協業なども促していきたい」と話す。認定技術者制度の立ち上げも視野に入れつつ、パートナーが低コストで受講できるトレーニングメニューの充実なども急ぎ、「パートナーが先行投資しやすい環境をつくっていく」(杉井社長)という。パートナーエコシステムの整備と技術者育成が目下の最優先課題だ。
また、杉井社長はユーザー層について「現時点では、グローバル企業の海外拠点での活用を前提にした引き合いが圧倒的に多い。グローバルな製造業では中国から東南アジアに製造拠点を移す動きがあるなど、製造拠点の移動が活発になってきていて、ITインフラの資産が必要なく、本社との情報共有もスムーズになりガバナンスを効かせやすいシステムとしてクラウドERPのニーズが高まっているからだ」と説明する。一方で、ドメスティックなビジネスをしている国内中堅企業なども積極的に開拓していく意向で、「レガシーな基幹システムをどうするのか、困っている企業を広く支援する体制をつくっていきたい」と力を込める。
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