富士通クライアントコンピューティング(FCCL)がレノボグループの企業として再スタートを切ってから、まもなく1年が経過する。その間、「FUJITSU」ブランドのPCビジネスを推進する一方、PCの枠にとどまらない新たなコンピューティングデバイスの開発にも着手した。この1年の動きから見えてきた、FCCLの生きる道とは――。(取材・文/大河原克行)
PC一辺倒の事業から脱却へ
2016年2月に富士通のPC事業を分社化する形で設立されたFCCL。富士通の100%子会社だったが、18年5月2日付で中国レノボグループが51%、富士通が41%、日本政策投資銀行が5%を出資する合弁会社として再スタートを切っている。
富士通のPC事業は、「FM-8」を発売した1981年に始まった。93年には現在も続くブランドであるAT互換アーキテクチャーを採用した「FMVシリーズ」を投入。2000年にはモバイルPCの「LOOX」、08年にはシニア向けの「らくらくパソコン」など、独自性のある製品を投入して話題を集めた。18年にはAIアシスタントの「ふくまろ」を開発し、同社のPC製品に搭載している。
FCCL
齋藤邦彰
社長
FCCLの齋藤邦彰社長は、「PC事業を開始して以来、企画、開発、設計、製造、販売、サポートまでの全てを自ら行う一貫体制を敷いてきたのが富士通のPC事業の特徴」とし、「われわれはこの財産を手放すようなことはしない。新たな道はこれまでの道の先に続いている」と語っている。
レノボ傘下でも
独立体制を維持
「新たな体制になっても、設計、開発、生産、販売、サポート、そしてブランドも変わらない。皆さんの力をこれまで以上に発揮してもらいたい。そして、今までやってきたことを、もっと、もっと強化できる。それをやっていくことが、新たな富士通クライアントコンピューティングに課せられたテーマである」
18年春、FCCLの齋藤社長は新体制スタートに合わせた社員向けの最初のメッセージでこのように語った。ここには、これまでFCCLが取り組んできた特徴を、さらに強化するという意味が込められている。
その後ろ盾になるのがレノボの存在だ。富士通の100%子会社時代には「PC事業はノンコア事業」(富士通の田中達也社長)と位置付けられていたが、グローバル大手のPCメーカーであるレノボグループにとってPC事業は主力中の主力。しかも、レノボグループは、日本で生まれた「ThinkPad」を中核とするIBMのPC事業を買収したことに加えて、かつて国内PC市場で圧倒的シェアを誇った「PC-9800シリーズ」の流れを持つNECのPC事業を傘下に収めるなど、日本市場を重視してきた経緯がある。FCCLにとってはこれまでとは異なり、戦略的投資を行いやすい環境へと立場が変わったともいえる。
一方、レノボグループが重視しているのは、FCCLの独立性だ。レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータは、同じオフィスで仕事を行い、両社を兼務する社員がいて、物流体制や製造体制、サポート体制で連携し、製品ロードマップを共有している。これに対し、FCCLは開発や製造、販売、サポートの全てで独立した体制をとっている。製品ロードマップも基本的には共有されていない。
「FCCLのこれまでの体制を維持することで、ビジネスを最大化できると判断した。日本で開発と生産を行うことにより、高い品質や短納期の実現、あるいは一個流しで生産できるといった柔軟性を得られる。また、生命保険会社向けPCや、文教分野向けタブレットでの実績のように、顧客の要求に合わせてカスタマイズしたモノづくりを支える体制の維持が、FCCLの優位性となる」(齋藤社長)。
役員構成では、レノボグループ側からの常勤役員として、フェリックス・シュ専務が入っているのみ。本社部門とのパイプが強いシュ専務は、レノボ本社とのつなぎ役と同時に、レノボ流の経営手法をFCCLに反映するといった点で貢献。むしろ、FCCLの独立性を維持するための役割を果たしている。
レノボとの合弁で
社員のマインドに変化
レノボとの合弁会社として歩み出したFCCLだが、独立性を重視する中で、両社のシナジー効果はどのようなところに発揮されているのか。
一つは、調達コストの削減だ。富士通グループは、年間360万台の出荷規模の中でCPUやOSなどの基幹部品を調達していたが、レノボグループとなったことで、年間6000万台規模という桁違いの規模を生かせるようになる。関係者の試算によると、これだけで数十億円規模の調達コストの削減が可能になるとみられる。
また、開発ツールの共通化や、調達先の広がりもメリットとなる。すでに、CADや熱シミュレーションツールなどは、レノボグループで活用していたものを導入。FCCLの仁川進常務は「FCCLの調達基準に照らし合わせた上で、レノボの評価結果やそれを基にして調達できる部品の活用により、そこに割いていたリソースを付加価値の創出などの領域にまわすことができる」と言い、竹田弘康副社長も「重要部品が品薄になった場合にも、FCCLでは、取引がなかったルートからの調達が可能になる」と話す。実際に、この1年の間にも、不足した部品をレノボのルートを活用して調達した例があったという。
さらに、社員のマインドにも変化があった。「これまで以上に、自由なことができるのではないかという気持ちが芽生え、社員が元気になってきている」と齋藤社長は自己評価する。竹田副社長も「富士通グループの中にいたときには、PC事業が強くなるための施策があったとしても、グループ全体の戦略を優先するために、なかなか手を打てないことがあった。新たな体制となり、独自の判断で動きやすく、やりたいことに取り組めるようになってきた」と口をそろえる。
世界最軽量ノートPCが
合弁の成否を示す
齋藤社長は、レノボとの合弁の成否のバロメーターとして、「世界最軽量ノートPCの座を譲らないこと」を挙げる。FCCLは18年11月に、13.3型ノートPCとしては世界で初めて700グラムを切り、世界最軽量となる698グラムを達成した「LIFEBOOK UH-X/C3」を発表した。
世界最軽量の13.3型ノートPC
「LIFEBOOK UH-X/C3」
FCCLは17年、NECパーソナルコンピュータと最軽量の座を争い、一時はその座を奪還されたことがあった。同社では、「あのときのドタバタによって、ユーザーの混乱を招いたのも事実。世界最軽量をうたうのであれば、他社が踏み込めない圧倒的な軽量化を実現しなくてはならない」とし、新生FCCLとして半年という短期間で、これまでにない製品をフルスクラッチで開発してみせた。
「もしFCCLが、世界最軽量の立場をあっさりと譲ってしまうようなことが起こったら、レノボとの戦略的提携がうまくいっていないと受け取ってもらっていい。ユーザーが世界最軽量のPCがほしいと言い続ける限り、このポジションを富士通は譲らない。それが、レノボとの戦略的提携の成果である」と齋藤社長は断言する。
同社では、売上高や利益、販売台数などは対外的に公表しなくなった。数値という観点から評価できるのは、第三者機関が発表する市場シェアや顧客満足度といった指標である。
だが、齋藤社長は、こうした観点から成否を判断するのではなく、世界最軽量ノートPCを投入し続けるという誰が見ても分かる指標を、ジョイントベンチャーの成否のバロメーターに置いてみせた。言い換えれば、このジョイントベンチャーが、FCCLの独立性を維持し、世界一と呼ばれる製品を作り続けるという独自性と技術的優位性を発揮し続けることを、成否のバロメーターに据えたわけだ。この発言からも、齋藤社長自らがその実現に自信を持っていることがうかがえる。
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