福島県会津若松市に4月22日、ICTオフィスビル「スマートシティAiCT(アイクト)」がオープンした。地域活性化、地域創生を目指し、首都圏などのIT企業や地元企業、IT専門大学である会津大学を一堂に集め、全国に展開できる地方創生モデルを生み出すことが目的。AiCTに入居するIT企業は、ここでどのようなコラボレーション、イノベーションを起こしていくのか。(取材・文/山下彰子)
アクセンチュアが支援の拠点
震災復興から始まった
人口11万9000人(2019年4月時点)の地方都市・会津若松市。なぜ、ここで地方創生プロジェクトが立ち上がったのか。発端は11年の東日本大震災だ。
甚大な被害を受けた福島県の震災復興のため、アクセンチュア(江川昌史社長)が地震や津波などの物理的被害が少なかった会津若松市に福島復興支援の拠点として「イノベーションセンター福島」を設立した。アクセンチュアは、震災復興だけではなく、震災前の会津若松市になかった価値を創造し、地方を生まれ変わらせることを視野に入れた取り組みに着手。ICTを活用した地方創生を実現しようとした時、たどり着いたのがスマートシティ化だった。
アクセンチュアはスマートシティ計画を立ち上げ、会津若松市も同プロジェクトに賛同。12年5月に会津若松スマートシティ推進協議会(現:会津地域スマートシティ推進協議会)が発足した。スマートシティの実現に向けて、会津若松市、会津大学、地元企業、そしてアクセンチュアによる産官学連携が始まった。
会津若松市は16年に基本計画「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定。その中に地元と県外IT企業の交流が可能なハブとなる施設の建設が盛り込まれた。こうして生まれたのがスマートシティAiCTだ。
会津若松市
室井照平
市長
会津若松市がAiCTに寄せる期待は大きい。室井照平市長はAiCTにより、「新たな人の流れと雇用の場が生まれる。それにより若者が地元に定着すること、そして地域経済が活性化することを期待している」と、4月22日のAiCT開所式で語った。AiCT建設・運営の事業として、ICTオフィス事業が立ち上がり、AiCT建設(土地・建物)に約25億円の費用がつぎ込まれた。
官民共有施設AiCTが誕生
AiCTの建設地は会津若松市が購入した。場所は会津若松城(鶴ヶ城)へと続く北出丸大通り沿いで、周辺には家老の西郷頼母邸跡や、小堀遠州の流れをくむ名園白露庭がある観光地だ。会津若松駅から車で10分ほど、会津大学から車で15分ほどの位置にあり、首都圏からのアクセス、会津大学へのアクセスも考えた立地だ。
建設地と並行して、AiCTを建設し運営する民間企業の公募を16年2月から開始した。運営会社の条件として、既存の民間企業複数社からなるグループ企業で、特別目的会社(SPC)とする内容が盛り込まれていた。ここに応募したのが地元の建設関連企業である八ッ橋設備やアクーズ会津などだ。
八ッ橋設備の八ッ橋善朗社長が中心となってAiCTの運営計画、IT企業の誘致計画などを立て、会津若松市に提出。選定の結果、AiCTの運営会社に選ばれた。こうして生まれたのがAiCTの運営会社AiYUMU(あゆむ)で、代表には八ッ橋氏が就いた。
AiCTの建物費用のうち46%を会津若松市が助成金として出し、残りはAiYUMUが負担している。つまりAiCTは官民共有の施設になる。八ツ橋社長は「従来は自治体が土地、建物にお金を出して運営も自ら行うか、運営のみ民間企業に委託するのが一般的。AiCTは民間企業のノウハウ、経営能力に期待して、民間企業に任せたレアなケースだ」と説明する。
なお、AiCTの敷地面積は約9500平方メートル(約2900坪)で、その中にIT企業が入居する4階建てのオフィス棟、入居企業や地元住民との交流を目的とした交流棟、機械室棟、約190台に対応する駐車場を整備した。
入居率7割を目指す
誕生したばかりのAiCTはまず、事業として採算性を確保するため初年度に70%以上の入居率を目指す。入居企業誘致の活動はAiCT開所前から取り組んでおり、同施設への入所が決まっていたアクセンチュアに企業誘致を委託した。
AiYUMU
八ッ橋善朗
社長
入居契約や意向を表明をした企業は、TIS、イノーバ、エムアイメイズ、イクシング、フィリップス・ジャパン、SAPジャパン、日本マイクロソフト、三菱UFJリサーチ&コンサルティング、NEC、三菱商事、シマンテックの首都圏企業に加え、エフコム、エヌ・エス・シー、デザイニウム、會津アクティベートアソシエーション、アイザックの地元企業だ。入居社数は17社で、約400人が入居する予定だ。AiCTの収容人数は約500人なので、現時点でオフィス棟の入居率目標は達成できたことになる。さらに現在も複数社が入居を検討しているという。
ただ、課題は交流棟だ。入居企業同士の交流や、入居企業と地元住民との交流を目的としているが、具体的な取り組みについては現在、AiYUMUと入居企業とで協議しているという。「週末になれば観光客が多く集まる立地なので、地元の土産物、特産品を販売するマルシェや、入居企業と地元の学校との共同イベントなど、いろいろな可能性がある。今夏までには具体的な内容を決めていきたい」と八ツ橋社長は語る。また、オフィス棟と交流棟の間にある屋外スペースを使ったノマドカフェの展開や、週末に駐車場を一般公開し地元の観光業への貢献なども検討している。
現在はアクセンチュアが中心となるスマートシティプロジェクトの関係企業の入居が多いが、今後はそれ以外の企業の誘致も積極的に行っていく。八ツ橋社長は「1~3年は周知期間と考えている。首都圏の企業が進出しやすいように、情報を発信していく」と今後の取り組みについて語った。
スマートシティAiCTの外観。奥に見えるのがオフィス棟
プロジェクトをけん引する
首都圏IT企業
アクセンチュア
地方創生のための共有基盤を開発
会津若松のスマートシティプロジェクトのハブ企業でもあるアクセンチュア。会津若松市に進出してから8年が経過した。この8年間でアクセンチュアは既存の大手クライアントの実証事業を会津若松に誘致したり、創出したスマートシティモデルを実証後に他エリアで実装したりしてきた。そして次のフェーズとして、イノベーションセンター福島の中村彰二朗センター長は「全国に横展開していく」と話し、地方創生のための共有プラットフォームの開発に乗り出した。
イノベーションセンター福島
中村彰二朗
センター長
スマートシティや地方創生モデルは、展開する地域に合わせてシステムを構築するのが一般的で、そのため横展開が難しかった。現在、国内には政令指定都市を含めて1724市町村ある。個別に1700以上のシステムを作り、動かし、メンテナンスをしていくのは限界がある。導入する自治体にとっても実装までに長い開発期間が必要となり、導入コストもかかってしまう。
こうした現状を踏まえ、アクセンチュアが考えたのがオープンな共有プラットフォームの構築だ。 例えば、自治体のポータルサービスをクラウド基盤上から提供できる「スマートシティ・プラットフォーム」はその好例といえる。デジタル・コミュニケーション基盤とデータ基盤、それぞれをつなぐオープンAPI群で構成され、市民属性に基づいた個人向け地域情報ポータルサービス(住民票の電子届け出やAIチャットボット、電気使用量データや自身の健康データとの連携など)をワンストップで提供できる。会津若松の市民向け地域情報プラットフォーム「会津若松+(プラス)」で既に採用されている。もちろん、どの自治体も同プラットフォームを利用することができ、ポータルサービスを短時間、低コストで始めることができる。奈良県橿原市も採用しており、19年4月から同市のホームページ「かしはら+(プラス)」で本格運用が始まっている。
また、スマートシティ・プラットフォームの中核であるデジタル・コミュニケーション基盤の開発は、一連の地方創生モデルの構築に向けた取り組みの集大成と位置づけられている。全国の自治体に広く横展開して活用してもらえるよう、多くの自治体が共通して課題を抱える観光、予防医療、教育、農業、ものづくり、金融、交通、エネルギーの8分野について、ある程度パッケージ化されたデジタル・コミュニケーション基盤活用ソリューションの開発、実証を会津大学やAiCTに入居する企業とともに進めていく。今年は特にエネルギー分野と観光分野に注力強化していく。前者ではすでにエネルギーの見える化、再生可能エネルギーのマネジメントなどで成果を上げており、今後はエネルギーの供給に関する取り組みを進めていく。一方、後者は訪日外国人旅行者増加の取り組みとして観光サイト「VISIT AIZU」で海外向け観光ブランディングを実施。外国人宿泊者数を5.3倍に増加させることができた。次のフェーズでは、キャシュレス化を含めた決済システムの開発を進める。
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