教育現場でIT活用が進み、学習者がITを使って主体的に学ぶためのツールやコンテンツが充実化したことで、学び方に多様性が生まれてきている。IT活用の機会が増えることで、学習者の学習記録が集まる。それらが膨大な量となればビッグデータとなり、その分析によって、学習者一人一人に最適な学習を提供する「アダプティブラーニング」を実現することも、期待されるようになってきた。教育にITを活用する動きは、「教育(エデュケーション)」と「技術(テクノロジー)」を組み合わせた造語「エドテック(EdTech)」と呼ばれる。特にAIなどの先端技術を活用してイノベーションを起こすことに対しては、ベンチャー企業の動きが活発だ。「教育データ活用」を取り巻くエドテック企業の動向を追った。(取材・文/前田幸慧)
atama plus
個人に最適化した授業を実現する「AI教材」
一人一人に合ったカリキュラムを作成し、「学習時間を最短にする」。それに取り組むのがatama plus(アタマプラス)だ。AIを使ったタブレット用学習教材「atama+」を塾や予備校向けに提供する。特徴は、AIが一人一人の得意や苦手、集中度や習熟度を分析し、「自分専用」のカリキュラムをつくることにある。
例えば、分からない単元がある場合に、数問の問題で構成される「診断テスト」を通して、AIが分析し分からない原因を特定。過去に学習した単元にさかのぼり、分からない単元の理解に必要な箇所について、講義動画や演習問題といった必要な教材を、必要な量だけ用意する形で、単元の理解に「最短のカリキュラム」を提供する。
カリキュラムの中にはさまざまな教材が含まれ、生徒一人一人の学習状況を基に、診断、講義、演習、復習を組み合わせながらおすすめの学習パターンを導き出す。問題を1問解くごとに生徒のデータはアップデートされ、その度にAIがカリキュラムの内容をつくり変える。「AIが生徒の数だけ自分専用のレッスンを作成する」と稲田大輔代表取締役は話す。
atama+は中高生向けの教材で、2019年5月時点では、高校生向けに数学、英文法、物理、化学の4教科をそろえる。中学生向けには数学の教材を用意しており、近々英語も加える予定だ。塾・予備校に対してatama+のアプリを提供、授業料の一部をライセンス費用としてatama plusが受け取るビジネスモデルを展開する。
このAI教材で実現するのが、先生が授業と指導の両方を行ってきた従来スタイルの変革だ。「AI×人という仕組みをつくり、先生の役割をAIと明確に分担する」(稲田代表取締役)。授業はAIに行ってもらうことで、先生はコーチングに専念することができ、先生一人に対してより多くの生徒をフォローできるようになるという。
先生用のコーチングアプリを用意しており、生徒の学習記録を管理したり、学習記録を基に声を掛ける内容やタイミングをリコメンドしたりするなど、指導をサポートする機能が搭載されている。atama+は大手塾で導入が進み、「全国トップ100のうちの2割強が導入済み」(稲田代表取締役)。atama+を導入した塾では「AIコース」のような専門課程を設けるなど、従来とは異なる教え方の実現により、新たなビジネスにつなげている。
atama plus
稲田大輔
代表取締役
同社では「カスタマーサクセスを重視する」という方針から顧客のサポートに力を入れ、教材は全て自社で直接提供する。今後は中高生の塾を対象に教科を増やしていく方針だ。
atama plusは17年の創業。19年5月時点で累計20億円を調達するなど、エドテックの有力企業として注目されている。「(これからの社会で活躍するには)基礎学力と、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力など受験勉強では問われない『社会で生きる力』が重要。atama+では、基礎学力の習得にかかる時間を半分以下にできる。テクノロジーを活用して基礎学力の習得にかかる時間を効率化し、余った時間で社会で生きる力を習得してほしい」と稲田代表取締役は話す。
リブリー
紙とペンの勉強法は変えずタブレット教材で学習管理
リブリー(旧forEst、19年3月に社名変更)は、タブレット端末向けの学習プラットフォーム「Libry」(旧ATLS、アトラス)を提供する。出版社が発行する教科書や問題集をデジタル化したサービスだが、単純な電子書籍としての教材にとどまらない機能を持つのが特徴だ。
具体的には、その時に解いた問題や解答に掛けた時間、答案の正誤を学習履歴としてクラウド上に蓄積。学習状況を可視化するとともに、必要なタイミングに応じて復習や苦手な問題をリコメンドするなど、学習履歴を基にさまざまな学習サポートを行う。「学習者一人一人に最適化される電子書籍のプラットフォーム」(後藤匠代表取締役CEO)だ。
同社では、Libryを従来の紙の教科書の代わりとして使い、ノートとペンで学習することを想定。これまでの学習スタイルをなるべく変えないことにこだわっている。
「教育は、学習効果がすぐに目に見えないと、従来手法を捨てて新しいことに乗り替える心理的障壁が大きいと考えている。われわれのサービスは、これまでと変わらないけれど便利になっている、というポジションをとろうとしている」と後藤代表取締役は話す。
また、教員用の宿題管理ツールも用意している。Libry上で宿題を出し、生徒は問題ごとに専用のカメラアプリでノートを撮影、提出できる。教員側では生徒の手書きノートが一覧で見られるほか、問題ごとの正答率や個人の正誤結果も確認できる。宿題の出題・回収を効率化することで宿題の確認にかかる時間を削減、教員の働き方改革につながるとともに、分析結果を基にして指導案を作成することも可能になる。
Libryでは現在、啓林館、学研など教育出版5社と提携し、数学、物理、化学、英語の100冊以上の教材が利用できる。サービスには費用は発生せず、電子書籍の売り切りモデルで全国の中学校・高校向けに展開。現在、トライアル利用を含め、全国数百校の中学校・高校が導入している。
リブリー
後藤 匠
代表取締役CEO
学校は必要な教材をLibryの専用サイトから購入できる。教材は紙で購入した場合と同一価格で、実質、学習記録などLibryの機能に費用は掛からない。導入先は学校だが、生徒個人での教科書購入も期待する。リブリーは、売り上げに対するレベニューの支払いとともに、教材の利用状況などを分析したレポートを出版社に提供する。
今後は、教材のラインアップを増やすことに注力する。「Libryを使ってもらった学校からの評価は高いが、他の科目では使えないのかといった指摘もある。どう学習してもらうかということにこだわりがあり、数学や物理・化学と英語、地歴公民ではそれぞれ学習の仕方が異なる。サービスとして文系科目にも対応できるインターフェースを備えながら、ラインアップの拡充を積極的にやっていきたい」と後藤代表取締役は意気込む。
スタディプラス
SNSの学習記録を基に大学合格者の傾向を分析
スタディプラスは、日々の勉強記録をSNSで共有できる「Studyplus」を展開している。12年に提供を開始し、受験生のおよそ3人に1人が利用。ユーザーのうち半数が高校生、1~2割が中学生、3~4割が大学生や社会人だという。教材ごとに勉強時間などの記録を残して自己管理ができると同時に、SNSの機能で同じ目標を持つ仲間やライバルとつながり、互いに切磋琢磨できる。
さらに同社では、学校や塾など教育事業者向けのサービスとして、「Studyplus for School」を16年から提供している。生徒が使うStudyplusを先生が管理できるもので、学習記録に加え入退室や面談を記録する機能などを搭載する。宮坂直取締役COOによると、約500教室がStudyplus for Schoolを導入していると言い、その背景として「塾の先生の業務効率化が深刻化している中、自律学習のための学習管理の導入トレンドが大きい。ただ、教えることだけをデジタル化すればいいのではなく、先生がちゃんと管理しないといけない。管理を効率化するためのニーズとして(Studyplus for Schoolが)入っている」と説明する。
スタディプラス
宮坂 直
取締役COO
また、スタディプラスではこの4月に、Studyplusで蓄積された直近3年間の学習データの中から合格者だけを抽出し、大学別に合格者の学習時間や利用教材の傾向を分析して、その情報をStudyplus for Schoolの導入塾に提供することを始めた。塾ではこの情報を基に、指導方法を検討したり、生徒のモチベーション向上に役立てたりできる。塾側からStudyplusのデータを分析することで何か分からないかという声掛けがあったことが、今回のデータ分析のきっかけになったという。
同社では今後、先生と生徒のコミュニケーションを促すことにフォーカスし、コミュニケーション機能を高めることに注力。夏をめどに、チャットボットなどで生徒への声掛けをリコメンドする機能をリリースする予定だ。併せて、宮坂取締役は「Studyplusで蓄積できる勉強記録を増やす。いろいろな学びを載せられるようにしたい」と話す。
[次のページ]アルクテラス 勉強ノートの共有とQ&Aで自発的学習を促す