IoTが進展し、工場や交通インフラなど、生活やビジネスの現場からデータが収集できるようになった。しかし、大量のデータがネットワークを行き交い、クラウドに保存されることにより、「データの遅延」「通信コストの増加」といった課題が浮上。その有効な解決策として「エッジコンピューティング」が近年注目されている。今春には、「多数同時接続」や「大容量通信」を特徴とする5G(第5世代移動通信システム)の提供が本格的に始まる予定。IoTの導入拡大でエッジコンピューティングの利用も進むことが予測されるが、モバイル通信の大容量化によってクラウドへの負担はさらに高まるとの懸念もある。富士通、KDDI、NECの最新の取り組みを中心に、エッジコンピューティングの動向や可能性をみていく。(取材・文/指田昌夫)
エッジデータ活用を取り巻く
課題
これまでのエッジコンピューティングは、IoTデバイスとクラウドの間に立って、ある意味キャッシュサーバーのようにリアルタイムのデータ処理能力向上に役立つと見られていた。それに対し、エッジで集めたデータを再利用し、IoTが生み出すビッグデータを有効に使い切ることに目をつけているのが富士通だ。
同社は2014年にIoTビジネス事業部を発足。当初はエッジという考え方はまだ主流でなかった頃で、IoTプラットフォームというクラウドのビジネスをメインに行っていた。だが顧客と話をする中で、クラウドにデータを集めるだけではIoTがうまく機能しないことがわかってきたという。その対策として、より現場に近いエッジのデータ処理が必要だと考え、18年からエッジコンピューティングの取り組みを強化している。
富士通のネットワークサービス事業本部IoTビジネス事業部長の黒下和正氏は次のように説明する。
「例えば1万のエッジデバイスが撮影した4Kの動画を、25Mbpsでクラウドに送るとすれば、ストレージに入るデータは1日で約2.7ペタバイトにもなってしまう。また、そのインフラを維持するためのネットワークも、計算上32Gbpsの通信速度が必要だ。これではもう現実的ではない。クラウドには送らず、エッジで何らかの処理をしていかなければいけない状況になっている」
そこでエッジ側にサーバーを設けてデータをリアルタイムで処理していくわけだが、顧客にエッジコンピューティングの導入を進めるにつれ、今度は次のような問題点が浮かび上がってきた。
「エッジ側ではデータも処理能力も限定されており、リアルタイムの処理ですべての問題に的確に対処することはできない。そのためエッジ側でAIを使うなどの動きもあるが、すると今度はその学習データをどうするのかという課題が出てくる」(黒下事業部長)。
富士通
黒下和正 事業部長
また、顧客側のジレンマとして、エッジから生まれるデータをクラウドで分析したくても、クラウドに集めてみなければ何に使えるのかがわからない。だが何に使うかが明確でないと大量のデータをクラウドに送り込むための予算が取れないという、堂々巡りが起こっているという。
エッジからクラウドへ
後から必要なデータを取り出す
この矛盾した問題を解決するため、富士通が注目しているのは、エッジのデータを後から使えるようにして一旦エッジ側に保存し、必要な場合にクラウド側で分析するという形態のシステムだ。同社ではこれを「ダイナミックリソースコンピューティング(DRC)」と呼んでいる。リアルタイムにクラウドに送るのでなければ大容量の回線は必要ないし、エッジのすべてのデータでなく、処理済みのデータであればクラウド側で分析するデータ量も少なく済む。
「IoTのデータをすべてエッジでの処理に任せて、処理後は捨ててしまうのでなく、その中で活用できそうなデータをクラウド側に送ることも想定している点が特徴だ。エッジ側で処理した後で、容量の制約から無条件に削除していたデータを、エッジ側に一旦保存しておき、後から必要に応じてクラウドに送って、エッジの効率化のための学習などに利用しようというもの」(富士通IoTビジネス事業部商品企画部長の寺崎泰範氏)。エッジコンピューティングの利点を残しながら、IoTのビッグデータ分析にも道をひらく、いいところ取りの発想だ。
富士通
寺崎泰範 商品企画部長
富士通ではすでに、生産現場向けなどで専用のセンサー機器やデータ取り込み、可視化などのソフトウェアを組み合わせた数多くのIoTソリューションを販売。DRCのシステムは、それらの拡張機能としてAPI接続することを想定している。
また、DRCはIoT環境で定評あるオープンソースソフトウェア(OSS)の「Node-RED」、データ処理の技術に関しては「Apache Spark」にも対応し、富士通はこれらの導入支援ツールを提供している。
「富士通がIoT基盤からクラウドまでのすべての領域で競争力を発揮できるとは思っていない。IoTの分野で自分たちの強みはどこかと考えた時に、クラウドで利用が進んでいるオープンソースのエッジ部分への導入だと考え、OSSの利用を前提にシステムを提供する」と黒下事業部長は話す。
富士通ではDRCの用途について、三つのケースを想定している。一つめは「インシデント深堀り」で、IoTのトラブルが発生したときに、その機器の周辺にあるセンサーの情報も素早く集めて原因分析の精度とコストを最適化する。二つめは「予測データ探索」で、予測精度の向上のために類似のデータを集めるコストを抑える。そして三つめは、「データフィルタ/プロテクション」で、目的に応じたデータ保護や権限付与が行える。いずれもIoTが集めるデータを適材適所で活用できるようにする応用例だ。
「インシデント深堀りの例では、ドライブレコーダーのデータをすべてクラウドに送るのではなく、どこのエッジサーバーに存在するのかのインデックスだけをクラウド側で管理しておき、事故が起きたときは、その車両だけでなく、周辺にいた車が記録したデータにも素早くアクセスして総合的に分析するといったが可能になる」と寺崎部長は説明する。
アジャイル開発で
プロジェクトを回す
エッジシステムの開発は、試行錯誤を繰り返していく必要がある。そこで富士通ではアジャイル開発の仕組みを取り入れている。また、OSSのコミュニティへも積極的に参加し、存在感を示そうとしている。
「今後はコンテナ技術がエッジの領域にも入ってきて、コンテナ上でエッジのデータを集めて処理することができるようになる。そうなるとクラウドとの親和性は格段に上がり、連携が密になるだろう。結果として『クラウドかエッジか』という分類は無意味になり、仮想的な一つのコンピューターがクラウド上にあり、そのどこにデータを置いて、どこで処理するのが最も効率が良いのかを考える時代になるのではないか」と黒下事業部長。
寺崎部長も「クラウドで使われているソフトウェアの技術は、いずれ全てエッジにも行くと思う。コアのクラウドとエッジではリソースの差があるので、制約の中で最適解を見つけられるところがDRCの特徴だ」と期待を語る。
また、同社では従来から導入しているIoTソリューションにDRCを含むビジネス上の付加価値を提供する「エッジ・プロフェッショナルサービス」の提供も開始した。アジャイル開発によって、例えば目安として2カ月で200万円という短期間、低予算のプロジェクトから結果を出すことができるという。
「エッジ単体でのサービスではなく、あくまでクラウドとの連携で価値を出していく考え方。最初は小さな金額でも、顧客の中でそこから膨らませていただくことを狙っている」と黒下事業部長は説明する。
5Gの実力は
エッジの強化抜きには語れない
5Gという大きな転換期を迎えている通信キャリア。5Gによってエッジコンピューティングは重要度を増していると主張するのがKDDIだ。
「5Gの特徴の一つである数ミリ秒という低遅延が、エッジから直接クラウドにデータを送る場合は生かしきれない。通常クラウドでのデータ処理は、必ず東京または大阪にあるデータセンターを経由しなければいけないため、その間の遅延が数十ミリ秒は存在するからだ」。そう語るのは、KDDIの理事でソリューション事業本部ソリューション事業企画本部副本部長兼クラウドサービス企画部長の丸田徹氏である。
KDDI
丸田 徹 理事
せっかく5Gによって有線並みの遅延でデータを送ることができても、従来のクラウドサーバー経由では意味がなくなってしまう。
そこで同社が取り組んでいるのが、「エッジにクラウドを張り出す」考え方だ。米アマゾン ウェブ サービス(AWS)と提携し、「AWS Wavelength」という低遅延サービスを自社の基地局内のサーバーに設置した。AWS Wavelengthは、通常のAWSと同じ使い勝手で低遅延のアプリケーションを開発することができ、5Gの能力を生かしたエッジコンピューティングを実現する。
「パブリッククラウドの定評あるソフトウェア、ツールを使えることで、企業の開発者はエッジコンピューティングの仕組みをアズ・ア・サービスとしてすぐに導入できることが大きなメリット。また、すでにビジネスの現場や社会インフラとして設置されているIoT機器をそのまま使うことができるメリットもある」と丸田理事は説明する。AWSとの提携を発表したのは19年12月で、まだ日が浅いが、すでに複数の大手企業から問い合わせが入っているという。
このサービスの利用事例として、KDDIがまず想定しているのは、モバイル機器によるAR/VRの活用だ。ソリューション事業企画本部クラウドサービス企画部企画1グループリーダーの佐藤康広氏は、「従来、ネットワーク経由のVRがそれほど普及していない原因の一つに、『酔い』の問題があったといわれている。ゴーグルなどでのぞく画像をネットワークを介して処理する場合、どうしてもわずかな遅延が発生する。首を振ったときに、その少しの時間のズレが、人間には耐えられなくなってくる。しかし5Gであれば、遅延を大幅に抑えたサービスが提供できると期待している。酔いがなくなればVRは遊びの領域だけでなく、ビジネス利用にも大きなポテンシャルがある」と話す。
KDDI
佐藤康広 グループリーダー
また、社会システムの中でも5Gの低遅延を生かすことで、課題の解決に役立つ可能性を見いだしている。
「例えば、振り込め詐欺の被害者がATMの前で携帯電話を使っていて、その様子を監視カメラが捉えていたとする。画像を分析して携帯を使っているとわかっても、従来はリアルタイムでATMに警告を出したりはできなかった。これをエッジで処理することで、その場で被害を防ぐ事ができるようになるかもしれない」(丸田理事)。
こうしたシステムが実現するかは、分析の精度にもかかわるため、あくまで開発者の判断となるが、5Gとエッジコンピューティングの組み合わせは大きな可能性があるといえるだろう。
さらに、ネットワークとともに端末の負担も大きいゲームの分野でも、変化が起きるかもしれないという。
「高度なグラフィックを用いるゲームでは、PCやスマートフォンの性能がものをいう部分もあったが、エッジ側でグラフィック処理を担うシステムでは、安価な端末でも十分に楽しめるものができるようになる。今後、ゲームの内容がさらに進化する場合でも、エッジサーバーでの処理能力を高めていけば、端末はそのまま使い続けることができるかもしれない」(佐藤グループリーダー)。
5Gによってゲームや動画など、コンテンツの配信形態が変わるといわれるが、そのためにはエッジコンピューティングの強化が欠かせないものになりそうだ。
KDDIでは、5G時代のエッジコンピューティングを実用化するために、都内に設けた共創施設「KDDI DIGITAL GATE」の活用も推奨している。
「新しいテクノロジーのパーツはいろいろ出てきており、5Gもその一つだが、ビジネス実装には課題も多い。KDDI DIGITAL GATEではKDDIが持つキャリアとしての知見を生かしてもらいながら、サービスの実験をすることができる。参加企業を増やして、エッジ環境を自由に開発できる環境を整えていきたいと考えている」と佐藤グループリーダーは話す。
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