新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック発生によって、従来の働き方を見直す議論が進んでいる。中でも象徴的なのが、日本独自の紙と押印を前提にことが運ぶハンコ文化の改革だ。企業内だけでなく対外的な取引でも「商慣習」として継続され、押印のために出社せざるを得ないなど、リモートワークの阻害要因となってきた。この問題解決に向け、改めて契約の電子化に取り組む必要性が広く共有されるようになった。“脱ハンコ”を取り巻く動向、ITベンダーのビジネスを追う。
(取材・文/石田仁志 編集/日高彰・前田幸慧)
IT相の「所詮は民」発言で
議論が一気に加熱
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、当初何とか持ちこたえていた日本でも3月下旬から感染が急拡大し、4月には政府も緊急事態宣言を出した。それでも収束のめどが立たず、解除のタイミングは5月いっぱいまで延びた。その過程で政府は、感染拡大防止策として人と人との接触を避けるため、企業に対しテレワークやリモートワークの実施を強く要請した。
ところが、本来実施できるはずである多くの企業でもテレワークが行われない、または社員が出社を余儀なくされているという状況が各種調査によって明らかになった。浮かび上がってきたのは、経理や管理、営業部門の担当者の間で、契約や請求という取引先との書類のやり取りに起因する「意思に反する出社」が多いという問題だ。
経済界からも、新経済連盟がこうした課題の解決策としてIT活用を前提とした業務改革や制度改革を政府に提言するなどの動きがみられた。しかし、メディアから見解を求められた「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(ハンコ議連)の会長でもある現職のIT担当大臣が、「所詮は民・民の話」と発言。政治がこの問題について正しく理解し、必要な取り組みをしようとしていないのではないかという批判が高まり、脱ハンコ、契約電子化に向けた議論は一段と熱を帯びた感がある。
取引先を説得する
有志企業のアライアンスも
その後、経済団体連合会(経団連)の中西弘明会長も「ハンコはナンセンス」と発言、政府も紙と押印前提の業務慣行を改め、オンラインで完結させることが原則との見方を示し、テレワークの推進へ押印や書面提出などの制度・慣行の見直しの検討に入っている。民間でも、リモートワークを周囲に普及させていくための活動として、freeeを事務局としてサイバーエージェント、GMOインターネット、富士ゼロックス、三菱UFJ銀行、楽天などが「#取引先にもリモートワークを」アライアンスを発足。自社だけでなく取引先のリモートワークを可能とするアクションを設定し、互いにリモートワークが行える環境を構築しようという動きが顕在化している。
テレワークや業務のデジタル化の推進は、「やろうと思えばできる」状態であるのに、自社内から市場、政治のレベルまで、さまざまな階層に「抵抗勢力」が存在したために妨げられてきたことは否めない。しかし、コロナ禍により感染症対策問題の長期化が確実視されて業務プロセスの再定義が必須になった現在、世の中全体があるべき方向に動き始めたことは確かであろう。ただし、感情論に流されることなく、社内のベテランや個人商店主などのデジタル弱者も置き去りにしない形で、円滑に電子契約文化が浸透していくことが望ましい。
テレワーク阻害要因は
契約書と請求書への押印
緊急事態宣言後もテレワークがなかなか進まないという声を聞くが、実態とその妨げとなる要因をより明確に把握しようという取り組みも活発だ。パーソル総合研究所が4月10日~12日に全国の約2万5000人に実施した調査によると、テレワークの実施率は全国平均で27.9%となった。1カ月前に実施した同調査の13.2%に比べて2倍以上に増えてはいるが、政府が掲げてきた「8割の接触減」という社会的な目標と比べると、このテレワーク実施率では心もとない。
特に取り組みが遅れているのが、中小企業である。freeeが4月13日に1~300人規模の中小企業向けに実施したアンケート調査では、中小企業の64%がそもそもテレワークを許可しておらず、許可されていてもテレワーク中に出社しなければならない人が77%にのぼるという結果が出ている。
また、テレワーク中でも出社が必要となる理由については、「取引先から送られてくる書類の確認・整理作業」が38.3%と最も多く、「請求書など取引先関係の書類の郵送業務」が22.5%、「契約書の押印作業」が22.2%と、バックオフィス業務で紙やハンコの押印が必要な作業のために出社を余儀なくされていることが明らかになっている。さらに、出社しての対応が必要となる書類については、「契約書」が45.9%で最も多く、「請求書」が45.0%で続き、社外とのやり取りを紙に依存していることが問題であることが分かった(グラフ参照)。やはり、契約の電子化はこの状況下で喫緊の課題と言える。
法律上は問題なし
日本の商慣習が妨げに
改めて、電子契約とはどのようなものなのかおさらいしておこう。弁護士ドットコムが提供する国内トップシェアの電子契約サービス「クラウドサイン」の解説によると、「電子契約とは、電子ファイルをインターネット上で交換して電子署名を施すことで契約を締結し、企業のサーバーやクラウドストレージなどに電子データを保管しておく契約方式」を指す。
電子署名の法的な有効性については、電子署名法のもと、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されている。そもそも契約の方式は自由であり、書面でなくても、口頭や電子メールのような方式のほか、クラウドサービス上で契約することも認められている。本人性の証明と非改ざん性の証明ができる電子署名が付与された電子ファイルは、書面に押印または署名された契約書と同等の法的効力が生じる。ただし、定期借地契約や定期建物賃貸借契約、訪問販売および電話勧誘販売など、一部の契約は消費者保護を目的として紙での契約が義務付けられているものも存在する。
契約書や注文書、見積書などの取引情報に係る書面は7年間保存する義務があるが、電子帳簿保存法により、真正性と検索性、見読性を確保し、マニュアルを備えていれば、電子保存が認められている。つまり、電子契約の普及を阻害していた要因は法規制ではなく、商慣習なのである。
電子契約の導入は
そもそもメリットばかり
電子契約を導入した際のメリットとしては、現在は感染リスク対策にスポットがあたっているものの、そもそもペーパーレス化による紙や保存場所、印刷費や郵送費など諸々にかかるコストを削減できるという部分が大きい。さらに、ワークフローのデジタル化に伴い、何人もの管理職や上司のハンコをもらうために、業務が滞るようなことがなくなる。結果、相手とのやり取りも含めて、契約や請求にかかる時間が大幅に短縮できる。
電子契約領域のサービスは、エンタープライズレベルの業務システムや文書管理ソリューションに属するものから、手軽に利用できる契約特化型のSaaS、さらには電子印鑑まで幅広いラインアップが登場し、市場は活況を呈している。日本独自の因習に端を発するという部分で、他のソフト領域と比べて国内ベンダーのサービスが目立つ感がある。次頁では、電子契約のサービスやビジネス展開、電子契約を取り入れる際のポイントについて、電子契約領域でビジネスを展開する4社の取り組みを紹介する。
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