新型コロナウイルスの感染拡大によるITビジネスへの影響が懸念されている。経済の失速が伝えられ、すでに企業のIT投資が冷え込むとの見方がある。IT業界全体の先行きに不透明感が漂う中、地方のITベンダーは、今回のコロナ禍をどのように捉えているのか。
(取材・文/齋藤秀平)
「未曽有の大災害」
“見えない敵”との戦い
「世界的にダメージを受けている。未曾有の大災害だ」。地方のSIerを含む約550の企業や団体が加盟する情報サービス産業協会(JISA)の原孝会長は、新型コロナウイルスによる影響をこう表現する。
リーマン・ショックや東日本大震災など、日本には経済に大きなインパクトを与える出来事がこれまでにもあった。しかし、今回はウイルスが相手。前例がない“見えない敵”との戦いに、原会長は「会員の間には大きな不安感が漂っている」と説明する。
JISA 原 孝 会長
さらに、感染防止対策でテレワークの導入が広がり、新しい働き方として定着しつつあることにも触れ、「この2、3カ月で社会は大きく変化した。あまりに激しい変化に戸惑う会員もいる」と語る。
会員を支援することを目的に、JISAは4月、「新型コロナウイルス感染に伴う課題対応チーム」を設置。5月には、感染防止の基本的な考え方などをまとめた「情報サービス業における新型コロナウイルス感染予防対策ガイドライン」を策定した。
対応チームとしては、会員から業績や雇用の影響などについての情報を収集し、9月までにいったん結果を取りまとめる予定。原会長は「テレワークでの注意点や契約書のあり方など、中小企業にノウハウがないことを標準化し、“JISAモデル”として会員企業に提供することなどを想定している」とし、政府への要望も視野に取り組む考えを示す。
影響の長期化を懸念
新たな市場の開拓を
帝国データバンクが6月11日に発表した「新型コロナウイルスの影響による上場企業の業績修正動向調査」では、6月10日時点で、新型コロナウイルスの影響を含む要因で業績予想を下方修正した上場企業は756社で、売上高の減少額は合計5兆1932億2400万円となった。関連倒産が増えていることもあり、同社は「影響の拡大が今後も懸念される」と分析する。
JISAの会員の中では、契約が結べないなどの影響が既に出ている。原会長は「4-6月は相当なダメージが出るだろうが、7月以降の下期も相当厳しい状況になるだろう」と危惧する。
IT業界にとっては厳しい状況が続くとみられているが、チャンスもありそうだ。原会長は「新型コロナウイルスの感染拡大で、テレワークなど、ITを使って今までにやったことがないことにチャレンジする動きがあり、新しいビジネスも生まれている」とし、「既存のIT投資は落ちていくかもしれないが、(デジタル変革につながる)新しいIT投資は増えていくと思う。ITベンダーは、顧客に対して『ITを使ってこうしましょう』と積極的に提案し、新しい市場をつくっていくことが重要だ」と話す。
手掛けるビジネスで明暗
デジタル化の推進に期待
IT業界のなかで、具体的な影響はどのように出ているのか。ソフトウェア企業を中心に約630の企業や団体などが加盟するコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)によると、会員の間では、手掛けるビジネスで明暗が分かれている傾向があるという。
CSAJの原洋一理事・事務局長は「パッケージソフトを展開しつつ、受託開発や人材派遣をやっている会社もある。一概にこういう影響があるとは言い切れない」と前置きしつつ、「全体的に会員のビジネスにはマイナスの影響が出ている」と説明する。
CSAJ 原 洋一 理事・事務局長
影響が目立つのは受託開発の領域だ。原事務局長は「継続している開発案件に関しては、テレワークにシフトして対応していると聞いているが、新規案件の獲得には苦戦しているようだ。会員からは『次の案件の仕込みをやっている中、受注できるかどうかというところでストップがかかった』という話もある」と話す。その上で「受託開発は、新型コロナウイルスの影響を受けているユーザー側の企業が新しい開発をしないとなると、大手、下請けと影響が遅れて出てくるかもしれない」とみる。
ただ、「2025年の崖」の克服に向け、国を挙げてデジタルトランスフォーメーションを進めようとする動きもある。原事務局長は「新たな枠組みが生まれる可能性もあり、今後のIT業界への影響の度合いは読みにくい」とし、「ユーザー企業の経営基盤がどうなっていくかで、IT業界への影響は変わっていくだろう」と語る。
また、人材派遣に関しても「受託開発と同様に顧客の状況に左右されやすい。現状で既に減少傾向があり、今後も影響が出やすい」とし、「新型コロナウイルスの影響は、さまざまな業界や地域にも出ている。影響の幅という意味では、今までにない広さだ」と話す。
一方、自社でパッケージソフトやクラウドサービスを展開している企業については「行政からの補助金を使ってテレワークにシフトする企業の増加に伴い、特需が生まれており、今のところ比較的影響は少ない」と語る。
最近では、感染終息後の“ニューノーマル”(新しい常態)の世界の実現を目指す動きが出ている。原事務局長は今後、ITの重要性はこれまで以上に増すと考えており、「印鑑をなくそうという話もあり、全体で言うとデジタル化が進み、新しいITサービスが広がっていくと思っている。テレワークをするための環境づくりとして必要なものは既に伸びているが、デジタル化の範囲は広く、これからさらに拡大していくはずだ」と予想する。
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