新型コロナウイルスの感染拡大によって、全国で小売店、飲食店や施設は営業自粛を余儀なくされた。第一波のピークが過ぎ、徐々に休業要請が解除される中、感染防止とともに新しいスタイルの営業が始まっている。一方、ECは突如取り引きが急拡大し、消費者の自粛生活を支えたが、今後はどうなるのか。“アフターコロナ”“ウィズコロナ”の時代に小売業が向かう先と、ITの関わり方を探った。
(取材・文/指田昌夫)
EC進出支援のニーズが急増
「SOS」の文字が書かれた
ECサイト
新型コロナウイルスが国内でも猛威を振るい、感染拡大が深刻さを増していた3月中旬、「緊急在庫処分SOS!」と書かれたECサイト(※)がオープンした。
サイトを開設したのは、北海道の富良野、阿寒などでレストランを経営する吉田観光。道内のホテルでインバウンド向けのブッフェも運営していたが、コロナの感染拡大によって海外からの観光客はゼロになり、ホテルは軒並み休業。同社にずわいガニなどの海鮮食品を卸していた取引先は大量の在庫を抱えることになった。そこで、吉田観光は漁民を助けるため、急きょ商品をネットで販売することにした。それが、冒頭のECサイトだ。
このECサイトに用いられたシステムの「BASE」は、こうした小規模な事業者や個人を中心にサービスを拡大してきたネットショップの構築・運営サービスだ。ネットショップはおろか、PCの操作に不得手な事業者でも、素早く簡単にECサイトを開設できるのが特徴という。
BASEは2013年に創業。創業者の鶴岡裕太氏が、自身の母親からネットショップを開きたいという話を聞いたが、簡単なサービスがなかったために自ら作ったシステムから始まった。今年、コロナ禍でネットショップを始めたいというニーズが増え、急速に利用者を伸ばしている。
特に、緊急事態宣言が発布された4月は、アクセスや店舗開設が急増した(図参照)。流通総額は昨年対比で約3倍、特に食品、飲料のカテゴリーは同10倍以上というすさまじい伸びを記録。卸売専業だった企業が、卸先店舗の休業などでピンチとなり、ECへの進出に踏み切るケースも増えているという。
この影響でサービスが落ちることはなかったが、一時期は夜7時ごろのピークタイムでサイトのレスポンスが悪化した。そこで急きょサーバー増強などの対策を実施。作業は1週間ほどで完了し、5月以降は余力を保っているという。
BASEの特徴は二つあり、誰でも数分でネットショップを立ち上げられる簡単さと、ネットショップで一番のネックとなる決済機能を、はじめからサービスに組み込んでいることだ。クレジットカードはもちろん、銀行振込やコンビニ払いなど、すべてBASEが代行できるシステムを作った。また配送に関しても大手運送会社と提携しており、簡単に商品を発送できる仕組みを整えている。
出店者の大半を占める個人事業主や中小企業の資金繰りを助けるため、通常の商習慣では30~60日かかる支払いサイクルを、最短翌日に短縮することができる。自社グループに中小企業への資金提供を行うBASE BANKという銀行業を持つなど、資金面での支援も行う。
コロナでも強かった
顧客との接点
爆発的に増加した4月、5月のEC需要だが、山村兼司・取締役COOは、コロナ収束後、定着後は大きく二つの変化があるとみている。「一つは外出自粛が解除されて、オフラインのコミュニケーションの重要性が再認識されるということ。もう一つは、コロナによって、はじめてECを体験した消費者、はじめてECを試した事業者が、自粛解除後もECを利用することで、EC市場が拡大するという見通しだ」
BASE 山村兼司 取締役COO
この価値観の変化によって、消費者がオンラインを積極的に利用する新しい社会を見据えつつも、基本的には従来と変わらない取り組みを続けるという。
「コミュニティを強くすることが、コロナのような危機にもビジネスを守るために必須だという確信を持った。オンライン、オフラインという二者択一ではなく、大事なのはブランド、商品、それを販売する人。BASEではネットショップを大きくしていく上で、どうやってブランドを強くしていくか、消費者とコミュニケーションをとるかということに対する支援を、今後も強化していく計画だ」
目下の取り組みは、リアル店舗を持つ事業者のEC化ニーズへの対応だ。BASEはこれまで、新規にネットショップを立ち上げる個人や事業者を顧客の中心に据えてきた。それがコロナによって、リアル店舗から引き合いが急増した。「正直言うと、もう少し先だと思っていた動きが急に目の前に出てきたので、開発計画の優先順位を入れ替えて、そのニーズに対応している」と山村取締役。
具体的な施策としては、飲食店のデリバリーにも対応できるシステムの開発などが挙げられる。また、既存の店舗の商品を、どうECに載せるかという支援も考えられる。これらはパートナー企業との協業になるという。BASEは決済とECサイトの構築というコアの部分を今後も強化していく。
店舗の役割はどう変わるか
「体験提供」の役割が
明確に
休業要請が解除され、多くの店舗が営業を再開している。だが感染防止策は欠かせず、コロナ前とは店舗運営は大きく変わってきている。多くのものがオンラインで購入できることがわかってしまった消費者に対して、店舗でなければ得られない情報や体験の提供が重要になるとみているのは、顧客体験管理ソリューションを提供するクアルトリクスで、CXソリューション・ストラテジー・ディレクターを務める久崎智子氏だ。
クアルトリクス 久崎智子 ディレクター
「オンラインとオフラインの統合=OMOと呼ばれる考え方を実践している企業で、私が注目しているのはシンガポール発の『ラブ・ボニート』というアパレルブランド。若い女性向けで、ショッピングモール内に開く大きなショップだが、店頭には商品がずらっと並べられ、店内には豪華な試着室がいくつも設置されている。とにかく試着室の数が多い。試着して、それをインスタグラムなどのSNSにアップすることを店側が推奨しているのも特徴だ」
品数は多いが、在庫はあまり持たないという。店では試着によって購買への気分を盛り上げて、買うときはECサイトでどうぞという役割分担を明確にしている。「店の奥にも広いスペースがあって、そこではメイクや着こなしについてのセミナーを開催しています。こうした体験型スペースとしての形が、これからの店舗の一つのあり方だと思う」
二つの質問で
消費者の感情をつかむ
この店のもう一つの特徴は、店内の至る所に端末が置かれ、商品や店員の対応についてアンケートを採っていることだ。特にどの店員が何をアドバイスしたのかのデータを詳しく集めて、従業員のモチベーション向上に役立てている。
企業は従来から「お客さまアンケート」を実施してきたが、せいぜい年に1回か2回で、集めた意見も「今後の参考にさせていただきます」という形式的なものが多かった。それに対してクアルトリクスは、消費者や従業員の感情を含む声をリアルタイムに集め、それを分析して次の施策に生かすシステムを企業に提供している。
アンケートでは何を聞くべきかも重要だと久崎氏は言う。「慣れていない企業では、あれこれ質問が多くなりがちだが、それは効果的ではない。仮説を立てて、何について聞くのかを絞り込み、設問を少なくすべき。例えば、商品やサービスについて満足度を5段階で聞き、次に改善するには何をすべきか自由記入で聞く、その二つだけでも十分だ」
もう一つのポイントは、質問にネガティブな言葉を入れないことだという。「『どこが悪かったですか』『どこが気にならなかったですか』を聞きがちだが、そうではなくて、『どうすれば改善しますか』という聞き方にすると、前向きな回答を得やすくなる。顧客に提案型で答えてもらえるようにすることが大事だ」と、久崎氏は指摘する。
アンケートの結果を、購買記録やIoTなどで得る定量的な情報と組み合わせることで、イライラしながら話したのか、どこで不快・否定から肯定的な印象に変わったのか、などの情報を得ることができる。これが顧客体験を改善する重要な手がかりになる。
久崎氏は「B2Cではなく、H2H(Human to Human、または、Heart to Heart)という考え方」が重要になると話し、顧客には「誰に対しての意見か」を聞くことがポイントになるとしている。クアルトリクスの製品では、顧客体験の対応を「誰が」したのか、そしてその対応を「どう思ったか」を記録することができる。店頭以外でも、例えばコールセンターの対応についても、顧客にアンケートを取って、その結果を記録できる。
従業員にとっても、「自分が勧めたものを買ってくれた」ことは業務に対するモチベーションにつながる。それを記録し、フィードバックすると同時に、正当な評価として報酬体系にも加えることも必要だ。
コロナ後の店舗の役割は、商品を売る場から体験する場へ、さらに、信頼できる人に出会う場へと進化していくというのが、クアルトリクスの見方だ。
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