この数カ月の間、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として国の政策・施策が次々と決定され、地方自治体、あるいは保健所といった地域の公的機関の負担が増している。PCR検査や支援金・給付金など、迅速な対応が求められる中で、業務を進めるにあたってのボトルネックや問題点も明らかになった。自治体・公的機関の業務を効率化し、コロナの第2波や他の災害にも対応していくためには、IT・デジタルの力は欠かせない。課題解決に取り組む自治体や、顕在化した課題に対するITソリューションの動向を追った。
(取材・文/石田仁志 編集/前田幸慧)
浮き彫りになった
行政のIT展開の遅れ
刻々と変化する新型コロナを取り巻く状況への対応の中で、行政・自治体におけるIT活用の遅れ、整備不足が顕在化した。保健所においては、紙と電話、FAXベースでのアナログ業務という構造上の問題が、PCR検査の現場に大きな負荷を与えていることが指摘された。給付金のオンライン手続きでは、マイナンバー制度の運用をはじめ目詰まりが続出。現場の窓口は混乱し、申請用のWebサイトも停止して給付が遅れるなど、国内外に行政のデジタル化のお粗末さがさらされた。
現場で混乱が生じた背景としては、各々短期間での対応が求められたという要因もあったが、BCP的な側面も含めてITを有効活用する仕組みが正しく整備されていなかったことも大きく影響したとみられる。また、自治体担当者の多くは公務員試験を突破して入庁した事務方の職員であり、IT人材の確保・育成の取り組みは限定的にならざるを得ないという環境・構造的問題があったことも否めない。
そうした状況だからこそと言うべきか、業務改善や住民サービスへのITの活用意欲が旺盛で、デジタルトランスフォーメーション(DX)に前向きな自治体の存在感が際立ってきた。自治体、保健所の現場や周辺で業務を支える職員が、IT活用によって積極的に対策を取ってきた事例の報告も増えている。その過程で、民間もさまざまな支援を行い、国も感染症防止や対策業務、事業者の活動を支援するためのITの仕組みを少しずつ整備している。コロナ禍の混乱の中から、自治体業務を支援する新しいテクノロジーやそれらを活用した多くのシステムやアプリケーションが生まれている。
「間違えずに早く払う」
職員が動いた加古川市
このように国民、行政ともに広く自分事としてIT活用の必要性を認識し始めている現在、それらを一過性の動きにせず、自治体の業務の現場でもデジタルシフトを進めていくチャンスと捉えることが重要だ。その際に、ちょっとした業務アプリケーションであれば、業務を知る自治体の職員が自分たちで開発したほうが効率的・効果的であるケースも少なくないだろう。
実際に今回のコロナ対策でも、複数の自治体でそうした動きが見られた。サイロ化や個別最適化が進むという懸念もあるが、完成したソフトのソースコードをオープンソースとして公開し、他の自治体の職員やITベンダーも含めた集合知で進化させていけば、効率化と標準化の方向に進めることも可能だ。
自治体発のIT活用事例を見てみると、例えば兵庫県加古川市では、特別定額給付金の手続きにおいて、既存の枠組みの中で独自の仕組みを構築している。全自治体で行われている、マイナンバーカードを利用してマイナポータルからネットで申請する方式と、郵送される書類に必要事項を記載して申請する方式に加え、郵送用申請書に記載されている照会番号と本人確認書類、振込口座確認書類でオンライン申請が可能な独自の「郵送ハイブリッド方式」を用意。さらに、市民が審査状況や振込日を確認できる問い合わせ用のWebページも公開し、市民への円滑な給付金支給対応を実現した。
このほか、給付金の支払状況や対応状況を一元管理するシステムも構築しており、銀行への振り込みやWebの問い合わせサービスへのデータ入力作業を自動化するとともに、散見される複数回申請問題にも対応し、職員の業務も効率化できているという。
これらの仕組みを考案した加古川市役所の企画部情報政策課の多田功副課長は、「給付の方式が発表された段階で、所内で膨大な作業が発生することが予測された。ハイブリッド方式はマイナンバーを使っていないので、国の公的な手続きとしては正しくないやり方かもしれないが、間違えずに早く払うことが大切との思いで3種類の方式を用意した」と語る。
神戸市は日本マイクロソフトをはじめとする企業や有志団体と提携し、同社のローコード開発環境を活用して「新型コロナウイルス健康相談チャットボット」など、複数のコロナ対策の業務アプリケーションを職員自らの手で開発した。これは、自治体のIT活用やベンダーとのつながりにおける新しい形として注目される。同市は調達の方式についても問題提起しており、久元喜造市長は「従来型の、行政が仕様書を作り、発注し、入札をかけて請負契約や委託契約を結ぶという時代は終わりつつある」と話している。つくって欲しい製品の仕様を出すのではなく、課題を提示する形だ。ITベンダーの立場でみると、問題解決の部分から参画するという形になる。
日本マイクロソフトとの協定について会見する神戸市の久元喜造市長
AIチャットボットと
ローコード開発が活躍
今回の自治体業務支援の中で多くの活用事例が見られたのが、AIチャットボットやローコード開発ツールだ。そして、開発したアプリを通じて得たデータを活用して、政策決定や住民サービスに反映させるという流れも見えている。人と人との接触を減らすという物理的な問題の解決策としては、対面の窓口業務を支援するサービスも登場。また、ベンダーとのやり取りという部分では、Web会議ツール活用の有効性も認識された。
今後、自治体とITベンダーのビジネス上の関係性も変わっていく可能性がある。従来のような自治体ごとの個別開発、作り込みは無駄が多く、俊敏性に欠ける。ITベンダーの役割は、優れた製品やサービス、技術を提供するという部分に変わりはないが、自社製品を納入する業者的な立ち位置ではなく、自治体のDXを支えるパートナーという立場へと、今まで以上に認識を変えていく必要がある。
一方、自治体の職員も、これからは積極的にIT活用に絡んでいく意識を持つべきだろう。市場には、簡単に扱える多様なITベンダーの開発ツールやソリューションが用意されていて、無償で利用できるお試し期間が用意されているものも多い。「デジタル活用は難しい」と思考停止にならず、住民サービスの向上のためにも、まずはトライしてみる意識が求められている。
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