医療分野のITビジネスが大きく変容している。対人距離を保つため、オンライン診療の需要が急増。ビデオ通話や決済のサービスから始まり、ITを活用した院内感染リスクの低減、健康情報の管理、情報セキュリティに至るまで、幅広いIT需要が見込まれている。一方、電子カルテの更改需要など既存の医療ITビジネスは、主要顧客である大規模病院がコロナ禍への対処に追われていることから、プロジェクトの一時中断、先送りが一部に見られる。ITベンダーはこうした市場環境の変化にいち早く適応し、ビジネスを伸ばす取り組みを加速させている。
(取材・文/安藤章司)
オンライン診療の
問い合わせが10倍に
医療分野は、コロナ禍で最も大きな影響を受けた業種の一つだ。感染者の受け入れや治療、院内感染の防止といったコロナと直接関係する業務への対応でリソースがひっ迫している一方、慢性期の病院や診療所を中心に感染を恐れた患者の足が遠のき、病院や診療所の経営にダメージを与える現象も起きている。そこで注目を集めているのが、ビデオ通話などを通じてオンラインで医師と患者を結んで診療する「オンライン診療」だ。
厚生労働省はコロナ禍における感染拡大を防止する特例的、時限的な措置として規制を緩和し、これまで原則として認めていなかった「初診」からのオンライン診療を可能とするとともに、慢性疾患などに限定していたオンライン診療の対象を大幅に拡大した。緊急時の特別な措置ではあるものの、これまであまりメジャーではなかったオンライン診療のメリットを多くの人が体感できる可能性がある。
オンライン診療サービスを提供するMICIN(原聖吾CEO)は、緊急事態宣言が出された4月の問い合わせ数が今年1月に比べておよそ10倍、同社オンライン診療サービスを使った診療回数は約4倍、患者登録数は約10倍に増えた。原CEOは、「慢性疾患のニーズはもとより、これまでオンライン診療の対象疾患ではなかった皮膚科や小児科、耳鼻咽喉科といった診療科からの問い合わせも急増した」と話す。院内感染を予防したい医師側、病院での感染を恐れる患者側の双方のニーズを満たすオンライン診療への関心の高さがうかがえる。
MICIN 原 聖吾 CEO
MICINでは、オンライン診療用の専用アプリを独自に開発。患者はスマートフォンを使って、病院や診療所の予約からチャットによる問診、ビデオ通話を使った診察、クレジットカード決済、処方箋や医薬品の発送まで、トータルでサービスを受けられる(図1参照)。専用アプリの利用料がかか1るが、感染予防や通院する時間の節約のメリットのほうが大きいと感じる患者は多いという。同社のオンライン診療サービスを利用する医療施設数は4月時点で3000件だったのが、6月時点ではすでに4000施設を超えている。
LINEと連携した
サービスも登場
コロナ禍によって患者側の意識も変化している。三菱総合研究所(MRI)と医療情報システム開発センターが一般市民を対象とした意識調査を4月30日に行ったところ、有効回答数2578人のうち6割超がオンライン診療に前向きという結果が出た。
緊急事態宣言による外出自粛などの状況次第でオンライン診療を受け入れるとした人は全体の39.7%、状況にかかわらず軽い症状であればオンライン診療を選択したいと回答した人は23.5%で、全体の63.2%がオンライン診療を容認する意向を示した(図2参照)。
こうした市場の変化に呼応するようにオンライン診療に新規参入するプレイヤーも出てきた。救急医療支援システム開発のSmart119(中田孝明代表取締役)は、自社のオンライン診療サービス「Smart:TelMed」とワークスモバイルジャパンのビジネス版LINE「LINE WORKS」を連携させたサービスを7月末から本格的に提供する。主に診療所や小規模病院、歯科医院をターゲットとして販売していく。
LINEとの連携を選択したのは、「国内8200万人が利用しており、多くの人が慣れ親しんだユーザーインターフェース(UI)だから」(Smart119の山尾恭生取締役CTO)。患者側は特別なアプリを使うことなく、コンシューマー向けのLINEからオンライン診療を受けられる。一方、病院側は、法人向けのLINE WORKSを使うことで一つのアカウントを医療施設の代表アカウントとして管理することが可能になるとともに、「Smart:TelMedと連携しているので、診療に関する情報を検索、保存し、ほかの電子カルテなどに取り込める」(Smart119事業開発部の加藤健一郎氏)ようになる。
さまざまな業種・業務アプリケーションと連携するLINE WORKSだが、「オンライン診療サービスと連携したのは今回が実質初めて」(ワークスモバイルジャパンの福山耕介・執行役員法人ビジネス事業部長)だという。
Smart119の中田代表取締役は、千葉大学医学部附属病院の救急科・集中治療部の医師でもあり、2017年から同部の情報共有ツールとしてLINE WORKSを活用している。コロナ禍が深刻化した今年4月には、LINE WORKSと組み合わせて使えるSmart119の緊急集合要請サービス「ACES」を期間限定で無償で提供するなど、LINE WORKSとの連携実績やノウハウをオンライン診療サービスにも応用した。
左からSmart119事業開発部の加藤健一郎氏、山尾恭生取締役CTO、
ワークスモバイルジャパンの福山耕介執行役員
既存アプリの組み合わせでも
オンライン診療は実現できる
CRM(顧客管理)など約45種類のSaaS型アプリを販売するゾーホージャパンでは、既存のアプリを組み合わせることでオンライン診療サービスを実現している。もともと同社のアプリは診療所や歯科医院などが患者管理に使うケースが多かった。定期的な通院が必要な患者に電子メールやショートメッセージで来院を促したり、各種ソーシャルメディアへの投稿やリアクション管理を行うことで、患者の定着化、収益の安定化を図る目的で活用されている。
コロナ禍によって患者が通院しにくい状況になってからは、既存のゾーホーユーザーを中心にビデオ会議の「Zoho Meeting」を使ったオンライン診療を始める診療所が増え始めた。オンラインでアプリを契約するだけですぐに使えるようになるゾーホーアプリの利便性のよさが、コロナ禍の混乱の最中にあっても迅速に顧客の課題を解決することにつながった。
具体的には、「Zoho CRM」による患者管理をベースとしつつ、予約受付、アンケート調査アプリでの問診、Zoho Meetingによるビデオ診療、決済アプリまでカバーできる。「全て汎用アプリで、必要に応じて顧客自身やSIerなどのビジネスパートナーがカスタマイズ支援を行う」(ゾーホージャパンの中沢仁・Zoho事業部事業部長)ことでオンライン診療の業務にも応用できるようになるという。
ゾーホージャパン 中沢 仁 Zoho事業部長
Zoho CRMユーザーである福岡県福津市の日野皮フ科医院では、ゾーホージャパンのビジネスパートナーのカイトに協力してもらい、感染拡大の防止を目的にゾーホーアプリを組み合わせたオンライン診療を始めている。
遠隔でのコミュニケーションのニーズが高まり、Zoho Meetingはコロナ禍以前と比較して利用頻度が業種・業態を問わず数倍に高まっている。製造や流通・サービスといった業種に比べて、これまで医療分野のユーザー数は多いわけではなかったが、Zoho Meetingの使い勝手のよさや、他のアプリと組み合わせてオンライン診療や患者管理のレベルを高められることを訴求し、「医療分野のユーザーも他の業種と同様か、それ以上のボリュームに増やしていく」方針だ。
診療が必要な患者に再び通院してもらうよう働きかける仕組みは、CRMを中心とした強力な患者管理システムが欠かせない。ゾーホージャパンでは、一般民需でいうところの売り上げや利益を伸ばすさまざまなアプリを揃えており、これを病院経営の改善に応用していくことで、他のオンライン診療サービスとの差異化を図っていく考えだ。
[次のページ]大手ベンダーも方向転換 新しい切り口でビジネスチャンスをつかむ