全社規模のアジャイル化を
どう実現するか
国内でSAFeの実践に早い時期から取り組んできたのがオージス総研だ。同社では、IT業界でアジャイルという言葉がまだ一般的でない1990年代からUMLやオブジェクト指向開発などに取り組み、アジャイル的な開発アプローチをいち早く取り入れてきた。2000年代には顧客に対するスクラム開発のコンサルティングサービスの提供を開始し、その後は複数のスクラムチームで運用する大規模な開発プロジェクトも実践している。
近年では顧客向けのSIのプロジェクトにも徐々にアジャイル開発を取り入れ、金融機関向けに全社レベルの開発体制のアジャイル化支援なども実施した実績がある。同社コンサルティング・サービス部 アジャイル開発推進グループの山内亨和シニアコンサルタントによると「開発体制を全社規模でアジャイル化したいという相談が、ここ5年ほどで増えてきている」という。
山内シニアコンサルタントは、アジャイル開発体制を企業に定着させるには開発プロセスを変え人材を育成するだけでなく、企業のITシステムの位置づけそのものを変える必要があると指摘する。これは1年や2年で成し遂げられるものではなく、企業の10年、20年先を見越し取り組むべきものとなる。全体は大きな取り組みだが、一方で個々の開発プロジェクトは、対象が大規模システムでも小さい単位に分けて進めることになる。この指摘は、Pivotalのアプローチと同様だろう。
小さい規模で始めた顧客からも、上手くいけばアジャイル組織を大きくしたいとの要望が出るのが普通だ。それを受けて組織全体にアジャイル開発体制を広げる際には、スクラムチームの範囲を超えた部分の扱いがカギとなる。開発者以外の関係者が増え、組織のあり方そのものから考えるときに、オージス総研ではSAFeのフレームワークが有効となると考えている。
SAFeに関しては「日本で最も早く注目し、考え方を取り入れてきたと自負している」と山内シニアコンサルタント。既にSAFeをベースにした、大規模なアジャイル開発の教育プログラムやコンサルティングサービスを展開している。ビジネスで利益を上げることを、アジャイル開発の体制にどこまで浸透させるのか、SAFeにはそのために上位層まで巻き込みどういう振る舞いをすればいいかが示されていると、山内シニアコンサルタントは指摘する。
オージス総研 山内亨和 シニアコンサルタント
オージス総研では、アジャイルでどうやって正しく、無駄なく、品質良く作るのかの経験を開発者の視点で蓄積しており、そこに技術面での強みがある。またデザイン思考などの手法も取り入れており、ビジネスニーズを見つける方法論からのアプローチは「企業文化として根づいてる」(山内シニアコンサルタント)というほど、得意としているところだという。さらに、コンサルティングで終わるのではなく、実際の構築までを網羅した体制があり、組織全体にスクラム開発を広めビジネス成果を高める支援を行っている。
「CAFIS」の開発に
大規模アジャイル体制を適用
NTTデータでは、2010年ころからスクラムによる大規模アジャイル開発に取り組んでおり、16年には大規模スクラム開発の手法である「Nexus」の取り組みを始めた。また17年からはSAFeの自社サービスへの適用準備を始め、19年から本格適用を開始した。SAFeに関しては、まずはNTTデータの海外組織で先行して採用し、その実績を経て組織全体で利用するとの判断に至っている。
そして1984年からサービス提供している国内最大のキャッシュレス決済総合プラットフォーム「CAFIS」の開発プロジェクトにおいて、SAFeをいち早く適用した。ミッションクリティカルなシステムの代表例であるCAFISをだが、決済サービスの種類が増えるなど取り巻く環境の変化は激しい。特に最近では、コード決済(QR/バーコード)のように全く新しい決済手段が登場し、それにいち早く対応させる必要があった(右図参照)。
そのため「まずはコード決済対応の機能を開発する部隊を独立させ、アジャイルで進めることにした」と、技術革新統括本部システム技術本部デジタル技術部 Agileプロフェッショナル担当の稲葉智義課長は話す。その際、SAFeに基づいたやり方で進めるために、開発方法だけでなく、開発基盤もエンジニアが働く環境も刷新し、従来とは別のものを用意している。「既存環境のままやり方だけ変えるようなアジャイル開発は、これまでも行ってきた。それだと過去に引っ張られ、なかなか変化できない。そのため、全てを刷新して取り組んだ」と言うのは、同部でAgileプロフェッショナル担当を務める市川耕司部長だ。
NTTデータ 稲葉智義 担当課長
19年7月から、129人でSAFeによる新たな開発体制のプロジェクトがスタートする。その後増減があり、16ほどのスクラムチームと中間層に位置するリーダー、全体をサポートするメンバーなどによる200人規模の開発組織となっている。この体制は1年ほどの時間をかけ作り上げており、その間並行して順次機能開発も行っている。「人材育成をしつつスクラムチームを作り、10チームほどに増えたところでSAFeの体制に切り替えた」と稲葉課長。人材育成過程で拠点も新たに作り、チーム間でコミュニケーションをとる環境や開発のためのデバイスなども新たに整備している。
SAFeには、SAFeの体制に移行するためのロードマップがあり、それに沿った形でプロジェクトは進められた。まずは、開発組織全体の管理者層に意識改革の教育を行っている。最も上位層の教育を先行し、続いて中間層のリーダー育成をスクラムチーム作りと並行して実施した。
今回のCAFISのケースでは、組織長の立場の人間が100人以上の開発プロジェクトのアジャイル化について十分に理解しリードした。「その人を中心に比較的スムーズに大規模アジャイル開発体制に移行できた」と市川部長。通常であればこの立場の人材をどうアサインするのか、そしてその人のマインドをどう変えるかから始めることになり、それには相当な苦労が伴うこともあるという。
NTTデータ 市川耕司 担当部長
その上でスクラムチームを束ねる中間層のリーダーのマインド変革も、極めて大事だと市川部長は指摘する。NTTデータでは、実験的にSAFeで運営しているスクラムチームを一つ取り出し、マインド変革の教育を受けていないリーダーを管理者に付け運用したところ、ウォーターフォール型に戻ってしまったという。NTTデータではこれらの経験も踏まえ、顧客企業向けに大規模アジャイル開発体制をリードする管理者層のマインドを変える教育プログラムを既に用意している。
SAFeで進める際にも、一つ一つのスクラムチームを作る過程は新規アプリケーションのための小さなアジャイル開発と変わるものではない。違いは複数のスクラムチームを同時に立ち上げ、それをまとめて運用することだ。その上で最も課題となるのが、多くの人のマインド変革を同時期に行わなければならないことだ。今回のCAFISのプロジェクトには、NTTデータの社員だけでなくグループ会社のエンジニアもいる。こういったメンバー構成で同時にマインドの変革を行い、プロジェクトが向かう方向性を一致させるのは、それなりに苦労することになる。これは、SI企業に依存する日本の多くの組織で共通の課題となるだろう。
大規模アジャイル体制に
SI企業はどう関わるのか
NTTデータでは自らの経験から、SAFeによるアプローチで顧客に価値を提供できると確信している。既に営業担当は、顧客にSAFeによるアプローチでの大規模開発プロジェクトの提案を行っており、組織にSAFeを導入するためのコンサルティングサービスも提供している。
「SAFeをサポートするコンサルタントも国内で増やしている」と稲葉課長。SAFeのコンサルタントはビジネス的な側面からアプローチすることが多く、その上でSAFeのアプローチのための教育プログラム、スクラムチームの育成や実際のアジャイル開発を支援するスクラムコーチの派遣まで、幅広い体制でサポートしていくこととなる。CAFISのプロジェクトを良い先行事例として、SAFeのアプローチでより速く企業に価値の提供ができるはずだと稲葉課長は言う。
オージス総研やNTTデータが進めるSAFeのアプローチも、Pivotalの独自のモダナイズアプローチも、日本の大規模アジャイル開発体制ではSI企業の関わり方が大きなカギとなる。デジタル変革の必要性が改めて強調されても、国内では内製化に舵を切る企業は少ない。結果的にSI企業やIT子会社のメンバーが、全社規模のアジャイル開発体制にも数多く組み込まれることになる。
その体制で、ビジネス価値を生み出すための方向性を全員で一致させるのは簡単ではないだろう。外部のエンジニアも含まれるスクラムチームの自律性を維持しつつ、全体の方向性を統一する。ここでは、中間層に位置するリーダーの負担がかなり大きくなりそうだ。SI企業はそういったことを理解した上で、顧客企業のアジャイル開発組織に参画しなければならない。そのためにも、クラウドネイティブやDevOpsの技術を理解するだけでなく、オージス総研やNTTデータのように、大規模アジャイル開発に適用可能なフレームワークの内容を理解するエンジニアを増やし、定着させる必要がありそうだ。
SI企業がこれまでのように請負の形で関わるのではなく、顧客の中に入り込んでいればアジャイル開発は比較的スムーズに進む。これは大規模なレガシーシステムのモダナイズでも、新しいアプリケーションの開発でも同様だ。もう一つ企業側の考え方として、ITをコストと見て安価にするためにアウトソーシングサービスを利用しているようだと、デジタル変革のためのモダナイズは難しくなると、Pivotalのブラウン・シニアマネージャは言う。
SI企業は顧客のビジネスを見てアウトカムを出すことを考える必要があり、企業はコストと捉えずにビジネスアウトカムを継続して得るための重要な手段としてITを捉えられるかが重要だ。これらは技術的な側面よりも、組織とそれを構成する人たちのマインドの変革であり、それこそがレガシーステムのモダナイズを実現する全社規模のアジャイル開発の体制では最も肝となる要素と言えそうだ。