新型コロナウイルスの影響によってテレワークを導入する企業が急増し、オンプレミス型の情報システムが抱える弱点が浮き彫りとなった。中でも、多くの企業で課題となっているのが、「取引先からの電話を取れない」こと。長年システムのアップデートが必要と叫ばれつつも変化が少なかったPBX(構内交換機)・ビジネスフォン市場だが、突如発生したパンデミックによりその状況は変化しつつある。ニューノーマルの働き方において適切な電話システムとは何か。
(取材・文/銭 君毅 編集/日高 彰)
テレワーク社員宛の電話を
どう取り次げばいいのか
「申し訳ございません。現在○○は在宅勤務中でして、メールでのご連絡をお願いしてもよろしいでしょうか?」
オフィスに出社中の数少ない社員が、電話の受話器を耳に当てながらこう話す場面が増えている。社員が業務に使用するアプリケーションの多くは、VPNやクラウドサービスの活用で、テレワーク中でも継続して利用できる環境が整いつつある。一方、オンプレミスのPBXを中心とした企業の電話システムは、「“構内”交換機」という名称の通り、基本的にオフィス内に設置された電話機を接続するための仕組みとして構築されており、テレワーク中の社員に対しては電話を取り次げないものがまだまだ多い。
テレワークの広がりでWeb会議ツールが普及し、社内や既に取り引きのある相手と、音声や映像を交えたコミュニケーションが容易となったが、新規の問い合わせは電話で寄せられることが現在も多い。その電話を取れないことはビジネスの機会損失につながるし、最終的に担当者につなぐことができたとしても、社内連絡やかけ直しなどで時間のロスが発生する。
ITに関してはテレワーク用の環境が整っていても、電話は現在もまだ“応急処置”の段階という企業は少なくない。最もシンプルな運用としては、部署ごとに誰かが交代で出社する、あるいは外部に公開している電話番号を留守番電話にするといった方法がある。また、大代表電話を特定の携帯電話へ転送して対応しているケースもあるというが、その場合、転送先の携帯電話を持つ社員に電話応対の負荷が集中するという課題も浮上してくる。企業ごとの要件にもよるが、場所を選ばず電話が取れる仕組みがあることが望ましいのは言うまでもない。
これまでのPBXビジネスでは、機器の法定耐用年数の経過によるリプレースや、オフィス移転やレイアウト変更への対応といった案件が中心だった。PBX・ビジネスフォンの法定耐用年数は6年と長く、企業によっては10年以上同じものを使い続けていることも珍しくない。各種ICT製品の中では、活発に投資が行われているとは言えない市場になっていた。
しかし今後は、テレワークに対応したコミュニケーション手段の構築が前提となってくる。電話に加えて、ビジネスチャットやWeb会議システムといったツールを総合的に導入したいと考えるユーザーも増えていることだろう。そんな中で、企業の電話に関して発生している喫緊の課題は、ユーザーの投資を喚起するきっかけとなりえる。従来、国内メーカー製品を販売していたSIer各社では、この流れを認識しつつ独自の取り組みを本格化している。
都築電気
コスト最適化のニーズ高まる
都築電気は、富士通製品を中心に通信・ネットワーク商材を幅広く扱ってきた。直近のビジネスフォン市場の傾向について、産業営業統括部・コンタクトセンターソリューション営業統括部担当の武林功樹・執行役員は「大企業や中小企業に限らず、投資マインドは縮小傾向にあり、ダウンサイジングが進んでいる」と語る。携帯電話の普及で各デスクに1台の電話を置く文化が薄れてきたほか、技術的にもFMC(固定・携帯連携サービス)の活用で固定電話機の削減が徐々に進んだことで、大規模なPBXを設置する必要がなくなってきているという。一方で、製造業の工場や公共系ではいまだにオンプレミス型PBXの需要が高く、大企業では拠点間の内線の維持が必要になることから、従来型の案件がなくなったわけではない。
武林執行役員は「ビジネスフォンの事業ではユーザー個別の要件が多く、提案を定型化して横展開するのは難しい領域だった」と説明するが、新型コロナウイルスはこのような傾向に変化をもたらしており、特に要望として増えてきたのが、テレワークの導入にともなうコストの最適化だという。テレワークが増加したことで携帯電話の活用が増えており、新規の回線契約が増加したことに加え、既存の回線でもパケット通信量が増大している。また、緊急的なテレワーク対応のため、ほとんどの企業が何らかのIT製品やサービスを新たに導入しており、少しでもTCOを下げたいと考えているようだ。
同社ではクラウド型サービスの初期導入費用の安さと柔軟性を生かして、緊急対応のための提案を進めている。サービス&サポート本部 マネージドサービス統括部の和田恭政・統括部長代理 兼 マネジメント部長は「クラウドであれば最短2週間前後で“電話をとるためのシステム”を構築でき、目下の課題をスピーディに解決できる。自社のPBXとあわせ、機能ごとにハイブリットなシステムを提案することで、ユーザーの人材不足にも対応する」と語る。ユーザーごとに異なる要件を満たしつつもクラウド中心の構成とすることで、需要に応じて柔軟なキャパシティの増減が可能となり、コストを抑えた提案ができる。和田部長は「これまでお客様の個別の要望に対応してきた当社だからこそできる」と強調した。
日興通信
中小企業にクラウドはミスマッチな場合も
日興通信はNECの販売代理店としてPBXの拡販を担ってきた。直近のビジネスフォン事業は毎年微減を繰り返してきたものの、吉田壮・第二フィールドサポート部長は「昨年は10%増で持ち直し、今年も同水準で推移している」と説明する。
同社でもクラウド型の内線通話サービスを取り扱うが、吉田部長は「ユーザーによっては、必ずしもクラウドサービスがベストとは限らない」点に注意する必要があると話す。「クラウドのメリットとしては自社で柔軟に設定ができることや、初期導入費用が少ないことなどが挙げられるが、ユーザーの属性によってはそれらがデメリットになることもある」という。中小企業に厚いユーザー層を持つ同社だが、そういった企業においては情報システム部門ではなく総務などが電話の管理を担当していることが多く、また専門のIT部署がないことも多い。このため、クラウドの柔軟性を生かした運用ができないのだという。また、費用についても、課金体系やユーザーアカウント数によっては、数年経過するだけでクラウドがオンプレミスを超える。十分なIT予算を持たない企業においては、TCOの観点からもオンプレミスを希望する場合が多いのだ。
とはいえ、目の前の課題を解決するには、オンプレミスでは対応できないことも多い。そこで、同社ではユーザーが既に所有しているPBXを活用した携帯電話連携ソリューションを提供している。追加コストと導入負担をおさえつつ、ユーザー自身が使い慣れた機器を生かす構成を提案する形だ。
同社は2017年から、「働き方改革」をテーマにテレコミュニケーションとペーパーレスを柱にした実証実験を繰り返してきた。事業推進部長の森幸隆執行役員は「テレワークの導入自体が目的化している企業も見受けられるが、本来の最終的な目標は生産性の向上。テレワークだけにとらわれず、企業システムを全体的に考えた提案が必要だ」と語る。同社では現在、ビジネスフォンだけでなくWeb会議ツールやITインフラも含めた提案活動を本格化させている。自社での活用ノウハウを生かすことで、ユーザー視点に立った課題解決を目指している。
DXで期待される
電話のデータ活用
昨今のテレワーク需要によって、PBX・ビジネスフォンは他のコミュニケーションツールと組み合わせて提案しやすくなっている。加えて、新型コロナ禍で多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性をより強く認識したことで、この市場でもDXにつながるソリューションの需要が高まることが期待できる。例えば、通話音声のテキスト化や、話者の感情分析といった技術は、AIの応用分野の中でも実用化がかなり進んでいる領域だ。データ活用のフロントエンドとしての電話にも注目が集まりそうだ。
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