“コロナショック”を境として、わずか数カ月の間に企業の労働環境は大きく変わった。また、近年個人のワークライフバランスに対する意識が変わり、雇用の形も変化しつつある。その結果、企業では人事評価制度の変更をはじめ、人材戦略を見直す必要性に迫られている。先行きが不透明な時代を迎え、国内の労働力人口も減少していく中で、企業が生き残っていくためには、「“人材”管理」を計画的に実行していく必要がある。
(取材・文/石田仁志 編集/日高 彰)
日本型雇用の行き詰まりと
予期せぬコロナショック
これまで国内の多くの企業では、新卒一括採用と終身雇用、年功賃金がワンセットで構成される独自の雇用システムが採用されてきた。この仕組みは製造業を主要産業とする日本に高度経済成長をもたらし、国民の生活を支えてきた。しかし1990年代に金融バブルが崩壊すると機能しにくくなり、長きにわたり経済が停滞した時代の中で、足かせとしての側面が目立つようになった。日本企業の労働生産性は下がり、各種調査でも主要先進国の中で日本は、長期間、最低ランクに位置付けられている。
そこで国策として働き方改革が推進されてきたが、表向きの残業時間を減らすための施策は進んだ半面、本来の趣旨である従業員の労働生産性を高めていくために必要な対策、つまり経営レベルでの戦略的人材マネジメントは、必要との認識はあるものの、ほとんどの企業で導入されてこなかった。
このように働き方改革が道半ばといった状況の中で、突如として新型コロナウイルス感染症という危機が訪れた。多くの企業が、感染防止策としてテレワークへと移行し、働き方が変わった。対面のやりとりが難しい状況下で採用プロセスも変える必要があり、不況を乗り切る過程で事業や組織の中身を変え、雇用も調整せざるを得ないなど、企業の人事労務環境にはさまざまな問題が発生。戦略的人材マネジメントの体制整備を急ぐ企業が増えてきている。
ジョブ型雇用に注目集まるも
従来とのギャップに課題が
奇しくもコロナ禍の発生と時を同じくして現在注目されているのが、「ジョブ(職務)型雇用」という欧米型の雇用形態である。経団連が導入を推奨しているほか、7月に閣議決定された政府の方針「経済財政運営と改革の基本方針2020」にも、新しい働き方としてジョブ型雇用の推進が示され、実際に日立製作所や富士通などが導入を発表している。
日本型雇用の行き詰まりと
ジョブ型雇用/人事制度とは、会社が必要な職務を定義して、それに見合う能力や経験を備える社員を雇用・配置するスタイルである。企業は、仕事内容や評価、報酬、勤務時間などを細かく記載した「ジョブディスクリプション(職務記述書)」を作成し、それに合わせ採用や評価を行う。
これに対し、従来の日本型雇用スタイルは、「メンバーシップ型雇用」と定義される。従業員は会社の一員という認識で、職務や勤務地も限定されない。ジョブ型は専門職で、仕事に対して人を割り当てていくのに対し、メンバーシップ型は総合職で、人に対して仕事を割り当てていく形である。
ジョブ型雇用では、やるべきことが明確になり評価も成果報酬型になるため、これからの雇用形態の多様化に対応できると期待されている。高度な仕事をしている人が正当に評価されるのは当然のこととして、テレワーク時に部下を監視するような不毛な仕事もなくなる。また、グローバル化が加速する中で、海外の優秀な人材も雇用しやすくなるなど、これからの時代の働き方を考えた場合、多くのメリットがあるとされる。
その一方で、日本の職場に馴染みのない形であるが故のデメリットも多く存在する。そもそもジョブの定義が難しいことに始まり、職場では誰かが困っていても契約外の仕事を頼みにくく、社内での横のつながりができにくいなどの問題が発生する。能力の獲得や成長が自己責任になり、新卒の採用枠も減る。そして最も懸念されているのが、解雇がしやすくなってしまうということである。
そのような状況に陥らず、正しい理解でジョブ型人事制度を導入するため、あるいは日本型雇用の枠組みを継続していくにしても、これからの新常態の時代に人材を確保していくために必要なのは、しっかりとした職種の定義や人材の可視化・評価を行うための仕組みである。そこで機能するのが、人を資産として捉え、自社の方向性と併せて戦略的に人材の管理および育成、評価を行うタレントマネジメント(人材管理)システムである。
日本独自の仕組みも普及する
タレントマネジメント
タレントマネジメントは、1990年代に米国で概念が生まれ、2000年代に入ってから企業にシステムの導入が始まった。日本では、普及し始めてから10年程度である。人材マネジメントの歴史を振り返ると、まずは80年代に、人を企業の資源として考えて管理する「ヒューマンリソースマネジメント(HRM)」の概念が登場、ITによる労働力管理が始まった。その後90年代から2000年代にかけて、人そのものではなく、人の能力やスキルを管理する「ヒューマンキャピタルマネジメント(HCM)」という考え方が登場した。タレントマネジメントは、このHCMの延長線上にあるものである。
人事システムとのシステム面での違いは、人事システムが人事部門における給与計算や勤怠管理などの業務を対象にしているのに対し、タレントマネジメントシステムは、人材の配置、育成、離職防止といった、経営側のマネジメントを目的としている部分である。もちろん、双方が統合されている製品もある。
また、日本の労働環境にあった国産タレントマネジメントシステムも普及している。タレントマネジメントは元来、マネジメント人材やリーダー候補の獲得・育成戦略などハイパフォーマー人材の領域にスポットが当てられていて、現在も米国ではその側面が強いが、人材の絶対数が不足している日本では全体の底上げという部分への期待値が高い。
このように、異なる特徴を備えた国内、海外の複数の製品がリリースされている。ただ現在、多くのタレントマネジメントシステムが、同様な新しい方向性を掲げている。それが、従業員や個人を起点とするということである。
SAPジャパン
エンゲージメント機能を追加してHXMへ進化
HRMからHCMへと人材マネジメントの仕組みが発展してきた中で、総合的なエンタープライズアプリケーションの一環としてタレントマネジメントシステムを提供しているのが、SAPジャパンである。
元々SAPは、オンプレミス型の人事管理システム「SAP HCM」を提供していたが、2012年にSaaS型タレントマネジメントシステム「SuccessFactors」を提供していた米サクセスファクターズを買収し、そこから同製品をSAP社の人事クラウドソリューションのメインプロダクトとして統合。従来のコア人事業務機能をクラウド化して新機能も開発し、統合型の製品として提供している。
SAPのサービスは、大きな変革を経験してきた自らの人材マネジメント体験を取り込んでいるところに特徴がある。同社では約10年前、ERP以外の領域で積極的にM&Aをしていくという経営方針の転換があった。そこで人事面でも、ジョブ型人事制度や、事業戦略に基づいて人事戦略のサポートを行うHRビジネスパートナー(HRBP)、人事機能のシェアードサービスセンター、グローバル標準での人事マネジメントなどの機能を自社に有し、統合した企業も含めて人材を有効活用してきた経験を持つ。
これらの経験をサービスに実装し、蓄積されたナレッジやノウハウも加味する形で提供するというモデルであり、そこがグローバル展開する国内企業への訴求ポイントとなっている。
そして同社が掲げる新しいタレントマネジメントのコンセプトが、「HXM(ヒューマンエクスペリエンスマネジメント)」だ。SuccessFactorsに同じくSAPグループであるクアルトリクスの従業員エンゲージメントシステムを組み合わせ、「SAP SuccessFactors HXM Suite」として展開する。従来の社内に蓄積されたデータに加え、ワークイベントとライフイベントのデータを取得して従業員のその時々の感情を把握し、そこを起点にどのようなアクションを取るか、従業員が最高のパフォーマンスを発揮していけるように対応していくという、アフターコロナの働き方を見据えたアプローチである。
稲垣利明 バイスプレジデント
SuccessFactorsは世界の290種類以上のクラウドサービスとも連携し、スモールスタートで段階を踏んで導入していくことができる。「タレントマネジメントの仕組みを一気に変えることはできない。企業が何を実現したいかによって答えは変わる。その際に何を残し何を変えるか、踏み込んでノウハウを提案できる」(SAPジャパン 稲垣利明・バイスプレジデント 人事・人材ソリューション事業本部本部長)としている。
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