Special Feature
外食産業のDX研究 V字回復にITはどう貢献できるか
2020/11/12 09:00
週刊BCN 2020年11月09日vol.1849掲載
本論
コアコンピタンスに絞り込んだDX戦略
ノンカスタマイズSaaSとBPOがカギ
トリドールグループは経営方針に沿ったビジネス基盤として情報システムの整備を進めるべく、六つの基本方針を定めている(右図参照)。そのうち、業務システムやオペレーション業務の在り方として定めているのが、「クラウド・サブスクリプション」「ノンカスタマイズ」「業務アウトソーシング」の三つだ。

IT資産のノンアセット化やBCP対策を図るべく、IT機器やソフトウェアはできるだけ購入せずにSaaSやDaaSを活用するのは多くの企業に共通の流れだが、磯村康典・執行役員CIOは「ここでのポイントは、SaaSでカスタマイズしないことと、BPOを並行して進めることだ」と説明する。
独自にカスタマイズを行うと、クラウドサービスに新しいテクノロジーや機能がスピーディーに実装されるメリットを享受しづらくなる。「『Windows 10』が自動でアップデートされるようなメリットを、業務システムの世界でも受けられうようにしたい」と磯村CIOは話す。
ノンカスタマイズを貫き、業務をシステムに合わせれば、業務の現場から使い勝手が悪いと不平不満が出るのがありがちなパターンだが、ここでBPO化が効いてくるという。磯村CIOは次のように説明する。
「当社はこれまでと全く違うスピード感で成長しようとしている。各種のオペレーション業務はプロフェッショナルな外部パートナーに任せたほうが増員減員に柔軟に対応できる。トリドールグループは飲食店の経営は包括的に手掛けるが、それ以外のリソースは企画戦略に集中する形にしたかった。カスタマイズの要望が出てくるのは、通常、オペレーション業務の現場から。委託先は業務システムの操作性に文句は言わないので、BPO化することでそういう要望は出なくなる」
「会計システムのように弄る必要がないシステムは、広く使われていて実績があるグローバルベンダーの製品を選択して、自分たちの業務をシステムに合わせればいいと考えている。一方で、飲食の現場のマネジメントに近い領域など、当社のノウハウを入れたいシステムについては、独自要件を標準機能に取り込んでくれる製品を選ぶ。トリドールの仕様は外食の標準になると評価してくれるベンダーと協業するということだ。当社がある程度大規模に導入できるからこそベンダー側も要望を聞いてくれる部分はあるだろうが、製品力の底上げにもつながるため、WinWinの関係を構築できると考えている」
残りの三つのルールは「シングルサインオン」「ユーザー・プロビジョニング」「APIによるデータ連携」だが、これらは複数システムをうまく組み合わせるためのルールだ。全てのシステムのアカウントを一本化することで、エンドユーザーにもシステム管理者にもセキュアかつ利便性が高い環境を実現するという。また、人事異動や組織変更にも柔軟に対応すべく、人事情報と連動して各システムのアカウント作成・削除、利用権限を自動的に設定できるようにする。それ以外の、店舗/商品などのマスターデータ、売り上げや費用などのトランザクションデータはAPI連携によりシステム間で共有する。
同社はこれらの六つのルールをベースに、「中食ニーズへの取り組み」「グローバルプラットフォームの構築」「リモートワーク、BCPへの取り組み」「SaaS連携基盤整備」「人材開発プラットフォームの構築」という五つのテーマで26のサブプロジェクトを推進し、構造改革の実現と中計の達成を目指している。前頁で紹介したように、中食ニーズを見据えてテイクアウト、デリバリー、モバイルオーダーに対応したり、グローバルで統一の会計システム、店舗業務管理システムを導入するほか、データセンター(DC)のクラウド化、コールセンタ機能の強化、受発注システムの強化、契約管理システムの導入などに取り組む。
フェーズ1は
AWSにインフラを完全移行
構造改革のためのシステム整備は、中期経営計画の2年目にあたる2021年10月には、いったん完成形まで持っていく計画だ。19年度末時点では、自社サーバー上の自社システムをDCで動かすオンプレミスの“レガシーシステム”だったが、今年4月、フェーズ1としてDCを全て解約し、AWSのIaaSに移行した。インフラが完全にクラウドに移行したことで、障害対応などの運用負荷が軽減され、BCP対策が進んだという。
このAWSへの移行プロジェクトを詳しく見ていこう。DC内の仮想サーバー36台、ストレージ容量21TBをAWSに移行するもので、プロジェクト期間は約3カ月。初回のデータ移行に約1カ月を要し、その後は移行日まで差分データの移行を継続的に行った。移行日の2週間前にはリハーサルを行い、問題点の洗い出しと再発防止策を検討。4月中旬の土曜日夜から日曜日明け方まで、約8時間のサービス停止期間中に移行を完了した。移行には、AWSが提供する移行自動化ツール「CloudEndure Migration」と、オンプレミスからAWSへの専用ネットワーク「AWS Direct Connect」も利用した。
自社運用のDCのほかに既に一部システムでAWSを使っていたこともあり、環境を統一してコストを含む運用効率を高めるためにAWSを選択した。プロジェクト終盤は新型コロナ禍の拡大期にも差し掛かったが、磯村CIOは「準備は昨年12月からしてきたし、緊急事態宣言が出る前に移行を完了できたので、特に問題はなかった。移行ツールや移行用回線を用意できたことで移行時間を推測できたこともスムーズな移行につながった」と振り返る。移行後はサーバーリソースの最適化を行い、運用コストを30%削減できたほか、システムリソース不足によるトラブルが減少するといった効果が出ているという。
現在はフェーズ2(20年5月~21年9月、下図参照)で、SaaS化とBPO化に向けた「移行期」にあたる。IaaS上の自社システムとSaaSが混在し、オペレーション業務もオンサイトとアウトソーシングが混在している。21年10月に、フェーズ3としてSaaS化とBPO化の完了を目指す。

フェーズ3に到達すると、売上高や売上原価、人件費、旅費交通費、会議費、交際費など、PLに必要な全てのトランザクションは会計システムに自動で仕訳連携される仕組みになる。さらに、人事システムからディレクトリーサービスにアカウント情報を連携し、「SAML準拠のシングルサインオンとSCIM準拠のユーザープロビジョニングにより、全てのSaaSのアカウント情報とロール設定を一元管理する」(磯村CIO)という。ディレクトリーサービスは「Azure Active Directory」を採用する。また、店舗のデータ、具体的には販売した商品のデータ、メニュー、レシピ、食材の発注データなどを全システムで共有できるようにするためのiPaaSも導入する方針だ。
終章
ニューノーマルの顧客体験を追求
客足戻るも店内のキャパは縮小
フェーズ3を経て、25年度中に世界6000店舗、全店舗の合計売上高5000億円を達成するには、継続的なIT投資が必要になる。磯村CIOは「ドラスティックな打ち手も当然考えている」というが、具体的なアイデアはまだ明かせないと笑う。ただし、ニューノーマル時代の顧客体験を追求することが目標達成のカギになるのは間違いない。
例えば丸亀製麺も一時は来店客が減少したが、すでに客足は戻りつつあるという。しかし、ソーシャルディスタンスの確保で席を間引かなければならず、店舗のキャパシティが縮小してしまっている状況だ。「ランチの時間帯には並んでいただくほど盛況になっているが、イートインだけでは収益が戻らない構造になってしまっている」と磯村CIOは話す。そこで、まずはテイクアウトに対応し、専用メニューも提供した。「最初は一部の店舗で様子を見ながら始めたが、想定以上にニーズがあった」とのことで現在は全店で対応している。
一方で、課題も顕在化している。現在、基本的にはイートインの来店客もテイクアウトの来店客も同じ動線上で会計をしているが、ここが店内オペレーションのボトルネックになっている。磯村CIOは次のように説明する。
「モバイルオーダーも始めようとしているが、そのお客様にも同じ列に並んで受け取っていただくようでは意味がない。そこで、受け取り専用の窓口をいくつかの路面店で作り始めている。同時にキャッシュレス対応の強化やセミセルフレジの導入などを進めれば、お客様の動線はかなり効率化できる。会計の通過スピードを速くするだけでも自動的に業績は上がるレベルまで客足は戻っているし、中食のお客様に満足していただける環境をつくるのが本格的な成長には不可欠な状況。POSまわりは大幅にシステムを入れ替えて、店内オペレーションを全面的に見直す」
ビジネスの現場からバックオフィスまで一元的にデータを管理・共有し、消費者の動向をリアルタイムでつぶさに捉えながら継続的に顧客体験の向上策を打ち、業績の向上につなげる。経済産業省はDXを「ビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。トリドールの戦略はこの定義に照らしてもDX推進事例と呼んでよさそうだ。外食産業におけるモデルケースになるのか、推移と成果に注目したい。
外食産業の苦境が鮮明に
現時点での回復は限定的
新型コロナ禍により基本的な行動様式が変わったことで外食産業に強い向かい風が吹いているのは、多くの人が何となく実感しているだろう。データでもそれは裏付けられている。富士経済は今年7月、2020年の外食産業市場規模は前年比16.5%減の28兆5965億円にとどまるという試算結果を発表している。また、日本フードサービス協会が月次でレポートを発表している「外食産業市場動向調査」は9月の調査結果が最新で、外食全体の売上高は前年同月比で86.0%という結果に。「企業の在宅勤務が続く中、特に繁華街・ビジネス街、ディナー時間帯、飲酒業態の営業は苦戦している」と、回復は限定的だと指摘している。一方、両レポートで共通して、テイクアウトやデリバリーの需要は堅調だとしている。
また、リクルートライフスタイルの外食市場に関する調査・研究機関であるホットペッパーグルメ外食総研の調査では、今年8月の外食市場規模は前年同月比60.5%だった。ただし、「ラーメン、そば、うどん、パスタ、ピザ等の専業店」は外食産業の中でも前年比の売上高縮小幅が比較的小さく、同74.5%で持ちこたえている。

新型コロナ禍で大きな打撃を受けた産業の一つが外食産業だ。消費者を特定の場所に集め、食事を提供するビジネスモデルを、何の対策もなしに続けることは難しくなった。ニュースタンダードのライフスタイルに対応するためには、その提供価値の設計を根本から見直さざるを得ないケースも少なくないだろう。こうした取り組みは、もはやテクノロジー抜きには語れない。IT活用を前提にビジネスモデルのみならず企業風土・文化までを変革する、デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が増している。
(取材・文/本多和幸)
「丸亀製麺」を擁するトリドールHD
DXシナリオと現在地
丸亀製麺などの外食チェーン店を中心に事業展開するトリドールグループ。2025年度(26年3月期)に、世界6000店舗、連結売上高3500億円、非連結を含む全店舗では合計売上高5000億円を達成するという目標を掲げている。近年、これを実現するための変革、まさにDXの取り組みを本格化させている。
序章
「世界の外食トップブランド」を目指す旅
構造改革により1年で成長基調に戻す
トリドールグループの歴史は、創業者であり現在は持ち株会社であるトリドールホールディングスの社長兼CEOを務める粟田貴也氏が、1985年に兵庫県加古川市に出店した焼き鳥居酒屋から始まる。セルフサービス型のうどん店として丸亀製麺を立ち上げたのは2000年。11年には全都道府県への出店を達成し、店舗数は500店舗を超えた。20年3月末現在、845店舗まで拡大し、この丸亀製麺を含めた全ブランド合計では国内1153店舗、海外でも628店舗を展開している。
「手づくり・できたて」の料理を提供すべく、セントラルキッチンを排し、オープンキッチン方式でエンターテイメント性も追求したスタイルを前面に押し出し、事業拡大を年々加速させている。19年度(20年3月期)だけでも、国内外で199店舗を新たに出店した(畳んだ店舗もあるため純増は103)。現在、外食産業は新型コロナ禍で強烈な向かい風に晒されているが、21年度の第1四半期は、海外こそ純減19店舗となったものの、国内は出店が閉店を上回り、リカバーへの布石を着々と打っている。
同社グループは経営ビジョンの中で「世界の外食トップブランドを目指す」としており、定量的な目標としては、25年度中に「世界6000店舗、連結売上高3500億円、非連結の同社ブランド売上高を含む全店舗の合計売上高5000億円の達成」を掲げている。19年度通期の実績は、グローバルで1781店舗、連結売上高は1564億円であり、かなり意欲的な数字と言えよう。
今年度スタートした最新の中期3カ年計画を見ると、今年度は新型コロナウイルスの影響によりいったん減収減益になる見込みだが、来年度にV字回復を果たし、22年度には純利益100億円を目指している。さらにこの中計期間を、前述の25年度までの定量的な目標を達成するための構造改革のための期間とも位置づける。トリドールホールディングスの磯村康典・執行役員CIO(IT本部本部長)は、「今期は事業基盤の見直しと強化を行い、2年目で成長に向けた基盤を構築し、3年目の23年3月期からは成長拡大フェーズに戻す」と話す。
中食ニーズの取り込みに
活路
構造改革には三つの柱がある。一つは事業ポートフォリオの最適化だ。「これまではPL(損益計算書)を重視してきたが、今後は投資収益性と成長性の2軸で事業や店舗運営の判断をしていく」(磯村CIO)としている。財務の健全性とバランスを取りながら、成長可能性が高い事業への積極的な投資により、持続的な成長を図る。
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