デジタル化に向けて 壁を乗り越えろ
ITベンダーはビジネスの拡大に期待
中小企業の業務効率を高めることは個社の課題ではない。人手不足に加え、今後、相次ぐ制度変更を控えており、国もデジタル化による中小企業全体の生産性向上が必要と認識している。クラウドサービスが普及し、中小企業のデジタル化は以前に比べて容易になったといわれているが、爆発的普及のためには乗り越える壁があるとされる。デジタル化が加速するきっかけとして期待されている中小企業デジタル化応援隊事業は、ITビジネスの拡大につながる可能性もあり、協力に動くITベンダーも出ている。
IT投資で明暗分かれるか
中小企業庁は、金融庁が主催する今年7月の「金融業界における書面・押印・対面手続の見直しに向けた検討会」で、中小企業を取り巻く環境について「消費税率の引き上げに伴い、軽減税率が導入され、2023年10月にはインボイス(適格請求書等保存方式)の導入が予定されるなど、制度変更が相次いでいる」と指摘し、「5G(第5世代移動通信システム)の実用化もいよいよ本格化する中で、中小企業もデジタル化によって、生産性を向上させることが必要である」との見解を示した。
さらに、生産性の高い中小企業は、IT投資に積極的に取り組んでいると紹介した。具体的には、07年度から13年度まで一度もIT投資をしなかった企業と、10年度にIT投資を開始し、その後IT投資を13年度まで継続した企業を比較すると、10年の売上高経常利益率は2.6%で同じだったが、13年にはIT投資をしている企業が3.8%、していない企業が3%となったとした。
IT活用の状況では、電子メールやインターネットバンキングなどが高い利用率となっている。一方、最近では、クラウドサービスについても活用が進んでいる。検討会で中小企業庁が示したデータによると、クラウドサービスの利用率は、07年に10%以下だったが、16年には約50%まで上昇している。
中小企業庁は「安価で使いやすいクラウドサービスが普及したことに加えて、デジタル化ツールの多様化が進展したことに伴い、中小企業も大きなコスト負担やノウハウを必要とせずにデジタル化による生産性向上が可能になった」と分析。また、中小企業が人工知能(AI)を活用した場合、25年までに経済効果で最大11兆円、労働人口効果で最大160万人相当のインパクトがあるとの推計も示した。
ただ、デジタル化が爆発的に普及するためには「費用対効果とリテラシーの二つの壁を乗り越えることが必要」との見解を示し、対策の必要性を強調。中小企業のデジタル化に向けた投資を促進する対策の一つとして、中小企業デジタル化応援隊事業を挙げた。
クラウド市場の変化に期待
クラウド会計ソフトを手掛けるfreeeは、中小企業デジタル化応援隊事業に協力しており、周知に向けてセミナーを開催するなどしてIT専門家の登録を推進している。同社の小野友彰・アライアンス事業部マネージャーは「中小企業のデジタル化が進むことで、クラウドのマーケットがいい方向に変わっていくことを期待している」と語る。
freee 小野友彰 マネージャー
小野マネージャーは「われわれが持っているプロダクトの価値や販路のネットワークを生かし、事業に協力できると思った」と説明し、「中小企業のデジタル化やクラウド化が進むことは、社会にとって非常に重要なこと。事業は価値のある取り組みだ」と評価する。
同社はこれまで、20回程度のセミナーを開し、IT専門家になり得る同社の認定アドバイザーに事業の概要などを説明してきた。今後の方向性については「IT専門家の登録がある程度進んだところで、中小企業を探していくことに取り組んでいく」と話す。
これまでの中小企業向けの取り組みについては「クラウドを使うメリットについて、地方まで届けられていない。われわれはデジタルマーケティングで成長してきたが、そのやり方では、地方までわれわれのプロダクトの価値を広げることは難しい。対面を重視したアプローチは必要だが、今までなかなか有効な手が打てていなかった」と明かし、各地でのIT専門家の活動には大きな意義があるとの考えを示す。
その上で「認定アドバイザーは、顧問先の中小企業のデジタル化を進めたいという思いを持っていても、なかなかきっかけをつかめなかった。今回の事業が、今までアクションを起こせなかった認定アドバイザーの後押しをする可能性があるので、われわれとしてもしっかり後方支援をしていく」と力を込める。
さらに「デジタル化は、あくまでも顧客の課題があってのこと。IT専門家には、今回の事業で、電子契約やチャットツール、インターネットバンキングなどをはじめ、中小企業の課題を広く解決するという観点で加わってもらえれば、中小企業のデジタル化やクラウド化の状況は大きく変わっていくだろう」と予想する。
自社ビジネスへの影響については「われわれが提供しているのはバックオフィスのツールで、デジタル化の最優先事項に上がらないこともある。しかし、中小企業のデジタル化やクラウド化が進めば、導入の選択肢に入る水準になっている」とし、「短期的に売り上げに大きなインパクトはないと思っているが、正しい情報を地方に広げていけば、中長期的にはリターンを得られるのではないか」とみている。
地方ビジネスも変わるか
ITを活用した地域支援などに取り組んでいる一般社団法人の創生する未来も、freeeと同様に事業に協力している。伊嶋謙二・代表理事は「デジタル化に向けて中小企業が変わるきっかけになる」と事業の方向性に賛同し、地方のITビジネスが変わっていく可能性もあるとの認識も示す。
創生する未来 伊嶋謙二 代表理事
伊嶋代表理事は、地方の中小企業のIT活用について、PCやスマートフォンが普及し「一定のデジタル化はされている」との見解を示す一方、業務効率化の観点では「今の状況に満足し、新たにITを使わなくてもいいという考えがある。ある意味では諦めのようなものがある」と説明する。
業務の中でITを活用していくためには「デジタル化と自社の商売が、どのようにつながるかということについて、意識を改革していくことが必要」とし、「どういうツールがあり、どういう使い方をすればいいかということを知らない企業が多い。成功体験を伝えていけば、中小企業でもしっかりとITを活用していけるはずだ」と語る。
中小企業のデジタル化を支援する政策は、これまでにもあった。しかし、伊嶋代表理事は「経営に役立つITやDX(デジタルトランスフォーメーション)など、いろいろなキーワードが出ているが、中小企業では、その前段のデジタル化が十分にできているとはいえない。地方のデジタル化を進めるためには、今回の事業のような仕組みを一過性に終わらせるのではなく、継続的に手を差し伸べることが必要だ」と強調する。
創生する未来では、IT専門家と中小企業のマッチングを展開し、これまでに約100の案件に取り組んできた。創生する未来の藤本有希・理事は「この時代、ITの活用は避けて通れない。使ってみれば便利な部分があるので、中小企業のビジネスだけでなく、各企業が拠点とする地域の課題解決にもつなげていきたい」と話す。
創生する未来 藤本有希 理事
一方、伊嶋代表理事は、ある地方でのITビジネスについても言及し「地元のIT企業は、地元の自治体や銀行、都市部を本社とする企業の出先に加え、ごく一部の地元の大手企業を相手にしており、年商規模が小さい地元の中小企業はほぼ相手にしていない」と説明する。
その上で「地方の中小企業や小規模事業者のデジタル化が進めば、それらの企業がクラウドベンダーと直接取引をしたり、パッケージソフトをクラウドで利用したりするケースが増えてくる可能性がある。そうなると、地方でビジネスを展開するSIerや販売代理店の役割を含め、既存のITビジネスの枠組みが変わっていくかもしれない」とみる。
大手ITベンダーも中小向け市場に熱い視線
中小企業の市場には、大手ITベンダーも熱い視線を送っている。日本マイクロソフトは11月10日~13日に「お客様の取り組みに学ぶ、ニューノーマル時代リモートワーク最前線」と題したオンラインイベントを開催し、同社の三上智子・執行役員コーポレートソリューション事業本部長が、中堅中小企業向けのセッションとして「中堅中小企業の変革の一歩をデジタルの力で」と題した講演を行った。
日本マイクロソフト 三上智子 執行役員
三上執行役員は、少子高齢化の影響で、2025年の生産年齢の人口が7230万人となり、ピーク時の58%まで減少するとのデータを紹介。日本の1時間当たりの労働生産性が1970年以降、先進7カ国の中で最下位になっていることも例示した。
中堅中小企業の生産性については、大企業の約4割といわれているとし「中堅中小企業は全国に散らばっており、都市圏以外で働き手を見つけるのは難しい。労働者の数と生産性状況をみると、より厳しい状況にあるのが中堅中小企業だ」と話した。
とはいえ、コロナ禍で、中小企業でもリモートワークが普及したと説明。「5月ごろは9割くらいの中小企業が何らかの形でリモートワークを実施し、その後も継続的に7割くらいの中小企業がリモートワークを続けている」とし、「リモートワークが、中小企業の間でも新しい働き方として広がっている」と語った。
その上で「中堅中小企業の中では二極化が起こっており、2、3割は大企業よりも生産性が高いといわれている。そういった企業は、ITなどへの投資に積極的で、ビジネスが伸び、ある程度の給与レベルを保証できるサイクルになっている」と説明。リモートワークをきっかけに攻めの姿勢を続けるか、何もしないで放置するかが、今後、飛躍できるかどうかの分岐点になるとの見解を示した。
三上執行役員は、SaaSアプリケーションや業務アプリケーション、開発環境、インフラなどを示しながら、マイクロソフトが「ありとあらゆるところでデジタル化をお手伝いできる」と強調。中小企業向けのWeb会議ソリューション「リモートワークスタータープラン」を提供していることも示し、「コロナ禍で生活様式や働き方が大きく変わっている今だからこそ、デジタルの力を最大限使って、変革の一歩を踏み出してほしい」と訴えた。