Special Feature
5GがITインフラ業界を潤すわけ 垣根を超えたビジネス始まる
2022/03/17 09:00
週刊BCN 2022年03月14日vol.1914掲載

グローバルでビジネスを展開する大手ITインフラベンダーが、近年そろって注力分野の一つとして挙げるのが、5Gである。これは、現在主流の4Gネットワークが立ち上がるときには見られなかった動きだが、携帯電話キャリアを中心とする通信業界での革新が、なぜITインフラ各社にとって追い風となるのか。実は、通信とITの垣根を超えたビジネスが既に始まっているのだ。
(取材・文/日高 彰)
毎年数兆円の巨大市場
インテルやエヌビディアといった半導体メーカーを始め、サーバーメーカー、OSや仮想化基盤を提供するソフトウェアベンダー、そして大手パブリッククラウド事業者など、ITインフラのさまざまな要素を担うベンダーが、重要な商機として挙げているのが、5Gネットワークの拡大だ。5Gは2019年にサービスが開始されたが、4Gまでに使われていた周波数に比べ電波が飛びにくいため、現在においても、「いつでもどこでもつながる」という状況にはほど遠い。また、5Gは単に通信速度が高速なだけでなく、低遅延であることや多数の端末の同時通信が可能なことが特徴だが、それらのメリットをフル活用できる「SA(スタンドアローン)方式」と呼ばれるサービスはまだ始まったばかりだ。そのため携帯キャリア各社は、1社あたり年間数千億円という巨費を投じてネットワークの整備を進めている。
政府も岸田内閣がIT分野の目玉政策とする「デジタル田園都市国家構想」で、都市部だけでなく地方の5G整備を推進するとしている。5Gへの投資額の一部を法人税から控除する「5G投資減税」を、当初予定の21年度までから3年延長し、24年度まで実施する。5Gへの投資は今年以降さらに加速すると予想される。
そしてもちろん、5Gに巨額の投資が行われているのは日本だけではない。米ガートナーは昨年8月に発表したレポートで、全世界における5G無線インフラの売上高は21年に191億ドル、22年に232億ドルを超えると予測しており、グローバルで見れば毎年数兆円単位の金額が動く計算となる。有望なビジネス領域であることは疑いがない。
とはいえ、新たな世代のモバイルネットワークが立ち上がる際、巨額の投資が行われてきたのは4G以前でも同様だ。しかし、4Gのサービスが始まった10年前後には、ネットワーク構築を主力とするインテグレーター以外のITインフラベンダーが気勢を上げることはなかった。
4Gまでのネットワークは、ファーウェイ(中国)、エリクソン(スウェーデン)、ノキア(フィンランド)といった、通信キャリア向けの機器を専業で提供するベンダーの製品で構成されており、エンタープライズITのベンダーの製品が入る余地はなかった。しかし10年代の後半から、交換機や加入者の管理、無線局の制御装置など、従来は専用機器で実現していた機能が、汎用のx86サーバー上に構築された仮想化基盤とソフトウェアによって代替されるようになってきた。
5Gでは、インフラのコスト削減や柔軟性確保を目的としてネットワークの仮想化がさらに進んでおり、汎用のハードウェアメーカーや、仮想化基盤やオープンソースの技術を扱うベンダーが通信市場に参入できる余地が大きくなってきた。巨大でありながら限られた専業ベンダーによって占めていた市場が、テクノロジーの進化によって“開放”されたことで、ITインフラ各社はそこに大きなビジネスチャンスを見いだしているのだ。
大手も自前からクラウド活用へ
ネットワークの仮想化というと、日本国内では楽天モバイルの取り組みがよく知られている。従来型のネットワーク資産を持たない新規参入事業者であることを強みとして、同社はコアから無線アクセス部分までを「汎用サーバー+ソフトウェア」で構成する完全仮想化ネットワークで事業を開始。現在ではその基盤を自社のサービス運営に活用するだけでなく、海外の携帯キャリアに販売し、通信事業からプラットフォーム事業へとビジネス領域を拡大している。汎用製品の全面採用で通信キャリア品質のサービスを提供するというチャレンジは大きな話題となったが、米国ではさらに一歩進んで、通信キャリアのネットワーク構築にパブリッククラウドを活用するという動きも色濃くなってきた。
米国で今年、5Gサービスの開始を目指す通信キャリアのディッシュ(Dish)は、AWSの採用を昨年4月に発表し、業界を驚かせた。話題となったのはもちろん、単にWebサービスをAWS上で構築するといった話ではなく、5GのコアネットワークをAWS上に構築し、無線機に最も近いレイヤーも、オンプレミスでAWS相当の機能を利用できる「Outpost」を採用するなど、AWSのサービスをフルに活用した商用ネットワークを実現するというプランの発表だったからだ。
また昨年6月には、大手通信キャリアの米AT&Tが、自社で構築・運用してきたクラウド基盤をマイクロソフトに売却すると発表した。この売却内容にはAT&Tのエンジニアも含まれており、マイクロソフトは今後Azure上にAT&Tのコアネットワークを構築する。AT&TはAzureを利用して5Gサービスを提供するという格好になる。
Dishのような新規参入事業者だけでなく、長年の実績を持つ超大手の事業者であっても、自前主義を捨てる選択をしたという事実は、インフラ構築のスピードや柔軟性、機能の豊富さなどで、通信キャリアの基盤は大手クラウドベンダーにもはや太刀打ちできないことの証左でもある。信頼性の面で問題ないという実績が作られれば、他の通信キャリアも雪崩を打ってパブリッククラウドの活用に傾く可能性が考えられる。
基地局展開で基盤製品も伸びる
5Gネットワーク向けプラットフォームの提供を商機としているのはパブリッククラウドベンダーだけではない。仮想化基盤大手の米ヴイエムウェアも、この領域の有力なプレイヤーとなっている。同社は今年2月に開催された通信業界の大型イベント「MWC Barcelona 2022」に合わせて、ネットワーク関連の多数の発表を行った。
スティーブン・スぺレイシー
バイスプレジデント
同社でテレコム・ソリューションのマーケティングを担当するスティーブン・スぺレイシー・バイスプレジデントは「世界140以上の通信事業者が当社のテレコムクラウドプラットフォームを利用しており、10億人以上の携帯電話加入者がこのネットワークを使っている」と述べ、ヴイエムウェアの技術によって仮想化された商用ネットワークの上で既に多くの通信が行われていることを強調する。
汎用サーバーとソフトウェアによって基地局の機能を実現できるといっても、市場にある無数の製品をどのように組み合わせれば所定の性能や信頼性を担保できるかといった、ノウハウの部分は容易に得られるものではない。そこでヴイエムウェアでは、サーバーベンダー、無線機器ベンダー、ソフトウェアベンダー、システムインテグレーターなどと組み、パートナーエコシステムによって包括的な5Gインフラを提供できるようにしている。
今年は新たにデル・テクノロジーズおよびオラクルとの3社協業による「認証済み5Gコア」を発表。通信事業者がすぐに導入できる検証済み構成を提供することで、ネットワーク構築時の設計やテスト、インテグレーションに必要な時間やコストを削減を目指す。
また、その他の国内での動きとしては日本ヒューレット・パッカード(HPE)が、同社のサーバーがKDDIの5G基地局に採用されたことを3月2日に発表した。前述の通り、通信機器市場では垂直統合型からマルチベンダーへの移行が進行しているが、HPEでは通信キャリア向けに拡張性や形態をカスタマイズしたサーバーを用意しており、KDDIはこれを利用してSA方式の仮想化基地局を開発した。5G網の整備が進むにつれて、このようなサーバーの出荷台数も伸びていく形だ。
ローカル5Gが月額30万円台に
通信インフラのオープン化が進むことで、コストが下がるとともに多くのプレイヤーが参入可能となる。SIerなど一般のITベンダーにとってそのメリットが最もわかりやすく表出されるのが、ユーザー拠点などの限られた空間で5G通信を可能にするローカル5Gだろう。従来、SIerのネットワーク構築というと有線LANやWi-Fi、拠点間の光ネットワークなどが中心だったが、これからは5Gという、Wi-Fiよりも信頼性とエリアに優れる無線ネットワークの構築がビジネスチャンスになり得る。NTT東日本は3月1日、SA方式のローカル5Gネットワークを安価に構築・利用できるサービスの「ギガらく5G」を5月から提供すると発表した。ネットワークの設計、運用・サポートなどを含め、基本料金を月額約28万円、無線ユニットの使用料を同2万4000円からとしており、最小構成の場合月30万円台でローカル5Gを利用できる。工場や農場での映像による現場監視といった用途を想定しており、同社によると、従来のローカル5Gサービスに比べ5分の1程度まで低価格化したという。
高価な5Gコアネットワークを、従来は顧客ごとに構築・運用していたのに対し、今回のサービスでは同社のデータセンターに集約・共用化したことで、価格を大幅に抑えた。通信速度(規格上の理論値)は最大で下り1488Mbps/上り約230Mbpsの「同期」モードのほか、映像伝送などアップロード帯域が求められる用途向けに、下り988Mbps/上り466Mbpsの「準同期」モードが利用可能。ユーザーの拠点に設置する機器は、デスクサイド型のサーバーラックに格納可能なサイズに収められており、これに無線ユニット・アンテナを必要な本数分接続する(写真参照)。
設備の一部には汎用サーバーが用いられる
NTT東日本では、このサービスを自社で販売するだけでなく、パートナーによるOEM提供の形態も推進するとしており、パートナーがローカル5Gを活用した独自のソリューションを構築して、エンドユーザーの課題を解決していくことができるようになる見込み。ローカル5Gの導入にあたってはコストに加えて、免許取得等の手続きや、電波強度のシミュレーションといった専門的知識の不足が課題となっていたが、「ギガらく5G」ではそれらの部分をいわば「as a Service」化することで、5Gインフラの大衆化を図ろうとしている。5GをWi-Fi感覚で扱えるようになる日が近づいてきたと言えるだろう。

グローバルでビジネスを展開する大手ITインフラベンダーが、近年そろって注力分野の一つとして挙げるのが、5Gである。これは、現在主流の4Gネットワークが立ち上がるときには見られなかった動きだが、携帯電話キャリアを中心とする通信業界での革新が、なぜITインフラ各社にとって追い風となるのか。実は、通信とITの垣根を超えたビジネスが既に始まっているのだ。
(取材・文/日高 彰)
毎年数兆円の巨大市場
インテルやエヌビディアといった半導体メーカーを始め、サーバーメーカー、OSや仮想化基盤を提供するソフトウェアベンダー、そして大手パブリッククラウド事業者など、ITインフラのさまざまな要素を担うベンダーが、重要な商機として挙げているのが、5Gネットワークの拡大だ。5Gは2019年にサービスが開始されたが、4Gまでに使われていた周波数に比べ電波が飛びにくいため、現在においても、「いつでもどこでもつながる」という状況にはほど遠い。また、5Gは単に通信速度が高速なだけでなく、低遅延であることや多数の端末の同時通信が可能なことが特徴だが、それらのメリットをフル活用できる「SA(スタンドアローン)方式」と呼ばれるサービスはまだ始まったばかりだ。そのため携帯キャリア各社は、1社あたり年間数千億円という巨費を投じてネットワークの整備を進めている。
政府も岸田内閣がIT分野の目玉政策とする「デジタル田園都市国家構想」で、都市部だけでなく地方の5G整備を推進するとしている。5Gへの投資額の一部を法人税から控除する「5G投資減税」を、当初予定の21年度までから3年延長し、24年度まで実施する。5Gへの投資は今年以降さらに加速すると予想される。
そしてもちろん、5Gに巨額の投資が行われているのは日本だけではない。米ガートナーは昨年8月に発表したレポートで、全世界における5G無線インフラの売上高は21年に191億ドル、22年に232億ドルを超えると予測しており、グローバルで見れば毎年数兆円単位の金額が動く計算となる。有望なビジネス領域であることは疑いがない。
とはいえ、新たな世代のモバイルネットワークが立ち上がる際、巨額の投資が行われてきたのは4G以前でも同様だ。しかし、4Gのサービスが始まった10年前後には、ネットワーク構築を主力とするインテグレーター以外のITインフラベンダーが気勢を上げることはなかった。
4Gまでのネットワークは、ファーウェイ(中国)、エリクソン(スウェーデン)、ノキア(フィンランド)といった、通信キャリア向けの機器を専業で提供するベンダーの製品で構成されており、エンタープライズITのベンダーの製品が入る余地はなかった。しかし10年代の後半から、交換機や加入者の管理、無線局の制御装置など、従来は専用機器で実現していた機能が、汎用のx86サーバー上に構築された仮想化基盤とソフトウェアによって代替されるようになってきた。
5Gでは、インフラのコスト削減や柔軟性確保を目的としてネットワークの仮想化がさらに進んでおり、汎用のハードウェアメーカーや、仮想化基盤やオープンソースの技術を扱うベンダーが通信市場に参入できる余地が大きくなってきた。巨大でありながら限られた専業ベンダーによって占めていた市場が、テクノロジーの進化によって“開放”されたことで、ITインフラ各社はそこに大きなビジネスチャンスを見いだしているのだ。
この記事の続き >>
- 大手も自前からクラウド活用へ 通信キャリアのネットワーク構築にパブリッククラウドを活用
- 基地局展開で基盤製品も伸びる
- 進む通信インフラのオープン化 ローカル5Gが月額30万円台に
続きは「週刊BCN+会員」のみ
ご覧になれます。
(登録無料:所要時間1分程度)
新規会員登録はこちら(登録無料) ログイン会員特典
- 注目のキーパーソンへのインタビューや市場を深掘りした解説・特集など毎週更新される会員限定記事が読み放題!
- メールマガジンを毎日配信(土日祝をのぞく)
- イベント・セミナー情報の告知が可能(登録および更新)
SIerをはじめ、ITベンダーが読者の多くを占める「週刊BCN+」が集客をサポートします。 - 企業向けIT製品の導入事例情報の詳細PDFデータを何件でもダウンロードし放題!…etc…
- 1
