Special Feature
クラウド市場の変化にどう対応すべきか 業界特化型クラウドの台頭に備えよ
2022/03/31 09:00
週刊BCN 2022年03月28日vol.1916掲載

かつてクラウドは、技術的なパーツの一つと捉えられてきた。しかし、クラウドを多くの企業が利用するようになった結果、クラウドは技術要素ではなく、課題解決のための手段になり、顧客の要求に直接応えるビジネスソリューションに変わりつつある。このような変化は、SIerなどのIT企業にどのような影響をもたらすのか。クラウドを取り巻く市場状況をあらためて確認しながら考えてみたい。
(取材・文/谷川耕一 編集/日高 彰)
クラウド移行・運用の需要が伸びる
米調査会社ガートナーによれば、クラウド市場のうちIaaS/PaaSは年率で40%ほどの成長があるという。この割合での成長が2年続けば、市場規模は約2倍となる計算だ。SaaSも成長は続いているが、IaaSよりも以前からあった形態のサービスであり、市場が他より成熟しているためか、IaaSやPaaSより少し低めの成長率となっている。このような傾向の中では、「IaaS/PaaSの大きな成長をどのように自分たちのビジネスに生かすかが重要だ」とガートナージャパンリサーチ&アドバイザリ部門の桂島航・バイスプレジデントアナリストは言う。
一方、クラウド市場の動向を顧客視点で見るとどうなっているのか。2020年にガートナーが企業のCIOに投資の増減項目を質問したところ、クラウドプラットフォームへの投資意向はかなり強いものがあったという。逆に投資を減らしたい項目としては、レガシーインフラストラクチャーとデータセンターテクノロジー、つまりはオンプレミスへの支出が挙がる。
クラウド市場を牽引しているIaaS/PaaSを合わせたベンダーシェアでは、グローバルでAWSが大きなシェアを確保している。AWSは2位のマイクロソフトの倍くらいの規模があるが、19年から20年にかけてシェアは少し減らしている。AWSがそれだけ大きなシェアを維持するには、継続して倍のビジネスを続けなければならないが、さすがにそこまでの勢いはないようだ。AWS、マイクロソフトに続くのは、中国などアジアで強いアリババ、そしてグーグルといった具合で、ハイパースケーラーと呼ばれるベンダーだ。
このようにハイパースケーラーが強さを見せる中で、クラウドに関連するITサービスの市場も大きく伸びている(左下グラフ参照)。その中でも大きいのがマイグレーションだ。これにはオンプレミスからクラウドへの移行作業だけではなく、移行に伴うアプリケーションの改修なども含まれる。ITベンダーのビジネスでは、クラウド上での新規アプリケーションの構築よりも「オンプレミスからクラウドに動く部分での需要を、どう捉えるかが短期的には重要となるだろう。その上でAWSやAzureの運用を助けるマネージドサービスにも大きな市場機会がある」と桂島アナリストは指摘する。

マネージドサービスは継続型のいわゆるストックビジネスであり、これにチャレンジできるかどうかがITベンダーにとっては重要となりそうだ。そして、グローバルでは76%の企業が複数のIaaSを並行して利用しているといい、マネージドサービスではマルチクラウドへの対応が求められる。日本はまだ複数IaaSの利用割合はそれほど高くないが、近々にグローバルと同じような傾向になると予測される。
このようにIaaS/PaaSを中心に拡大してきたクラウド市場だが、今後はIaaS/PaaSだけで捉えるのは危険だとも桂島アナリストはいう。「クラウドはもう一段、違う変化を見せてくる」と推測する。
求められるエッジでのクラウド基盤
クラウドベンダー各社はこれまで、テクノロジーに焦点を当てたサービスを展開してきた。それを求めていたのは、自社で技術者を確保でき体力がある先進ユーザーだった。しかし、今では広くクラウドが利用されるようになり、必ずしもシステムを内製化できるような企業ばかりがクラウドを使うとは限らなくなっている。そのためクラウドベンダーもここ最近は、顧客のビジネス課題解決という要求に直接応えるサービス提供に変化しつつある。ガートナーでは、その一つが「ディストリビューテッドクラウド」だと考えているという。パブリッククラウドだけで利用してきた技術を、オンプレミスなど他の場所でも使えるようにするものだ。クラウドベンダーは顧客の環境のなるべく近くで、顧客が専有できるクラウド型の機能を提供しており、AWS Outpost、Azure Stack、グーグルのAnthosなど、今や多くのベンダーがディストリビューテッドクラウドを展開する格好となっている。
さらにミニリージョンという形で、小規模のリージョンを顧客近くに配置する動きもある。また、5Gネットワークの中にクラウドサービスを埋め込み、ネットワーク的な距離を縮めて提供するものもある。これらもディストリビューテッドクラウドの派生型と捉えられる。
このようなクラウドベンダーの動きから「よりエッジコンピューティングのニーズが高まるとガートナーではみている」と桂島アナリストは話す。これには、エッジ側でシステムを作りクラウドにつなぐ「Edge In」、クラウドで培った技術などをエッジで利用する「Cloud Out」の二つがあり、23年の終わりにはエッジコンピューティングプラットフォームの20%が、クラウドベンダーの管理する基盤になるとの予測もある。顧客のディストリビューテッドクラウドの要求に応えることも、今後は求められることになる。
もう一つの変化が「ソブリンクラウド」だ。これは、新たにソブリンクラウドというサービスが生み出されることを意味するのではなく、ユーザーが利用するクラウドを、企業が求めるセキュリティやコンプライアンス、データ主権の要件を満たすように仕立てることを指す。欧州のGDPR(一般データ保護規則)への対応など、クラウドを利用する際にもデータの主権を自ら管理できることが求められるようになってきており、エッジコンピューティングのニーズが高まっているのは、それに応えるためでもあるだろう。
クラウドベンダーだけでソブリンクラウドの全ての要件を満たせるわけではないので、SIerやクラウドインテグレーターなどにも、顧客要求を満たすソブリンクラウドを実現するビジネス機会がある。ガートナーでは、ソブリンクラウドを実現するためのフレームワークを用意しており、これはSI企業も利用できるものとなっている。
大手が業界特化型クラウドへと動く
三つめのクラウドの変化が、業界特化型のクラウドサービスである「インダストリークラウド」だ。マイクロソフトは21年2月、インダストリークラウドに相当する「Microsoft Cloud」を発表した。22年2月には「Microsoft Cloud for Retail(小売り)」の提供を開始し、今後「for Healthcare(医療)」「for Manufacturing(製造)」「for Financial Service(金融サービス)」「for Nonprofit(非営利組織)」などの提供を予定している。これらは業界ごとに、マイクロソフトのクラウドをパッケージングして提供するものとなる。マイクロソフトは従来、AzureブランドのサービスでIaaS/PaaSの技術要素の展開に力を入れてきており、SaaSはそれらとは別に展開しているように見える。一方で、インダストリークラウドの提供にあたっては、AzureのIaaS/PaaSに加え、ノーコード/ローコード開発のPower Platform、Microsoft 365やTeamsなどのSaaSも含んだ形で、それらの上に業界で求められる機能を組み合わせるモデルをとっている。
IaaS/PaaSだけでなく、SaaSや業界特化型の機能を組み込んで提供する動きは、AWSやグーグル、IBMにも見られる。
AWSには医療情報を蓄積するための「Amazon HealthLake」があり、同じようなサービスがグーグルにもある。またグーグルでは、スマートファクトリー向けの「Google Smart Factory Platform」などもある。ほかにもさまざまな業界向けのソリューションが各ベンダーから登場している。これらはまだ始まったばかりだが、ハイパースケーラーの中ではマイクロソフトが最も積極的に取り組んでいると桂島アナリストはいう。
インダストリークラウドは、IaaS/PaaS/SaaSを組み合わせてユーザーのビジネスに合うクラウドを都度構築するのではなく、特定の業界の企業がすぐに利用できる機能を搭載した環境をパッケージ化して提供する。これにより企業はクラウドの技術要素を適宜選択し組み合わせてカスタマイズする手間をなくし、メリットを迅速に享受できることになる。
SIerはどう対応すべきか
このような業界特化型のクラウドサービスが、今後はさらに増えてくると考えられる。「その中でSI企業などがどう動くかは、非常に重要な局面になるだろう」(桂島アナリスト)。ガートナーとしては、SIerに対しどう変化すべきかの提言も行っている。その一つが、アセットベースド・サービスの実現だ。これは、顧客向けに個別に構築してきたものをアセット(資産)化することだ。ソフトウェア資産にする、あるいはクラウドサービスにして、自分たちのノウハウや強みを人的なサービスで提供するのではなく、アセット化して提供する。このアセット化に関しても、ガートナーでは従来のピュアな人的サービスから完全な製品化に至るためのフレームワークを提示している。
アセットベースド・サービスへの変革のアプローチは、完全な製品化を目指すだけではない。製品は作るけれども自社サービスを使っている人だけに提供する、部品群を作りSIを効率的に進められるようにする、といった取り組みもアセット化の一つと言える。既に部品化を推進している例としては、NECの顔認証のサービスなどがある。
アセット化についてはもう一つ、野村総合研究所の例がある。オラクルのクラウド基盤を自社で専有する「Oracle Dedicated Region Cloud@Customer」の中で、高い信頼性を確保した金融業向けのSaaSを構築して顧客に提供している。これはアセット化のアプローチでもあり、自社のサービスの中にパブリッククラウドの技術を取り込みサービスの価値を高めた、インダストリークラウドの事例とも言える。
このようにディストリビューテッドクラウド、インダストリークラウドが増える中、SI企業などは自社サービスのデジタルアセット開発を加速する必要がある。そしてディストリビューテッドクラウドを活用して、自らインダストリークラウドを実現し優位性を発揮する。その上でマルチクラウドに対応できるマネージドサービスの体制も必要となる。これらに対応するための変革が、SIerやクラウドインテグレーターには求められることになりそうだ。

かつてクラウドは、技術的なパーツの一つと捉えられてきた。しかし、クラウドを多くの企業が利用するようになった結果、クラウドは技術要素ではなく、課題解決のための手段になり、顧客の要求に直接応えるビジネスソリューションに変わりつつある。このような変化は、SIerなどのIT企業にどのような影響をもたらすのか。クラウドを取り巻く市場状況をあらためて確認しながら考えてみたい。
(取材・文/谷川耕一 編集/日高 彰)
クラウド移行・運用の需要が伸びる
米調査会社ガートナーによれば、クラウド市場のうちIaaS/PaaSは年率で40%ほどの成長があるという。この割合での成長が2年続けば、市場規模は約2倍となる計算だ。SaaSも成長は続いているが、IaaSよりも以前からあった形態のサービスであり、市場が他より成熟しているためか、IaaSやPaaSより少し低めの成長率となっている。このような傾向の中では、「IaaS/PaaSの大きな成長をどのように自分たちのビジネスに生かすかが重要だ」とガートナージャパンリサーチ&アドバイザリ部門の桂島航・バイスプレジデントアナリストは言う。
一方、クラウド市場の動向を顧客視点で見るとどうなっているのか。2020年にガートナーが企業のCIOに投資の増減項目を質問したところ、クラウドプラットフォームへの投資意向はかなり強いものがあったという。逆に投資を減らしたい項目としては、レガシーインフラストラクチャーとデータセンターテクノロジー、つまりはオンプレミスへの支出が挙がる。
クラウド市場を牽引しているIaaS/PaaSを合わせたベンダーシェアでは、グローバルでAWSが大きなシェアを確保している。AWSは2位のマイクロソフトの倍くらいの規模があるが、19年から20年にかけてシェアは少し減らしている。AWSがそれだけ大きなシェアを維持するには、継続して倍のビジネスを続けなければならないが、さすがにそこまでの勢いはないようだ。AWS、マイクロソフトに続くのは、中国などアジアで強いアリババ、そしてグーグルといった具合で、ハイパースケーラーと呼ばれるベンダーだ。
このようにハイパースケーラーが強さを見せる中で、クラウドに関連するITサービスの市場も大きく伸びている(左下グラフ参照)。その中でも大きいのがマイグレーションだ。これにはオンプレミスからクラウドへの移行作業だけではなく、移行に伴うアプリケーションの改修なども含まれる。ITベンダーのビジネスでは、クラウド上での新規アプリケーションの構築よりも「オンプレミスからクラウドに動く部分での需要を、どう捉えるかが短期的には重要となるだろう。その上でAWSやAzureの運用を助けるマネージドサービスにも大きな市場機会がある」と桂島アナリストは指摘する。

マネージドサービスは継続型のいわゆるストックビジネスであり、これにチャレンジできるかどうかがITベンダーにとっては重要となりそうだ。そして、グローバルでは76%の企業が複数のIaaSを並行して利用しているといい、マネージドサービスではマルチクラウドへの対応が求められる。日本はまだ複数IaaSの利用割合はそれほど高くないが、近々にグローバルと同じような傾向になると予測される。
このようにIaaS/PaaSを中心に拡大してきたクラウド市場だが、今後はIaaS/PaaSだけで捉えるのは危険だとも桂島アナリストはいう。「クラウドはもう一段、違う変化を見せてくる」と推測する。
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