Special Feature
機運高まる「ジョブ型」の現在地 大手ITベンダーが進める人材マネジメントの要諦
2022/07/04 09:00
週刊BCN 2022年07月04日vol.1929掲載

デジタル化の進展や国内労働人口の減少などにより、大手企業が続々と「ジョブ型雇用・人事制度」の導入を発表している。新型コロナ禍による働き方の変化を経て、その流れは加速しつつあり、大手ITベンダーも制度の見直しなどを推進している。DXの実現に向けてIT人材の確保が急務となる中、各ベンダーが進める人材マネジメントの要諦を探る。
(取材・文/落合真彩、藤岡 堯 編集/齋藤秀平)
硬直化した労働市場を打破する突破口となるか
ジョブ型制度は、日本経済団体連合会(経団連)が日本型の雇用システムを見直すべきと提起し、ここ最近、幅広い業界に広がっている。経団連がまとめた「2022年版 経営労働政策特別委員会報告」によると、これまでの日本型の雇用システムは、新卒一括採用や長期・終身雇用、年功型賃金が特徴となっていた。しかし、経営環境や働き手の意識などが変化し、人材獲得や育成、キャリア形成、企業の意向と働き手の希望の間におけるミスマッチといった課題が顕在化している報告書は、こうした課題を解決し、イノベーションを創出する手段の一つとして、自社型雇用システムの確立を検討の方向性として提示。それを実現する要素の一つとして、職務や役割を明確にするジョブ型制度の導入・活用を盛り込み、職務記述書の作成や処遇制度の導入・見直し、採用方法・人材育成 ・キャリアパスなどの具体的な検討項目を挙げた。
ジョブ型制度は、海外では一般的な雇用形態で、硬直化した国内の労働市場を打破する突破口として経営者や人事担当者から寄せられている。一方、現場レベルでは、2000年代初頭に広がった「成果主義」の失敗に続き、育成システムや組織運営への懸念から「ジョブ型制度も同じ末路をたどるのでは」と懸念の声が上がる。賛否両論がある中、先進的な大手ITベンダーはどのような取り組みを進めているのか。
日立製作所
キャリア形成支援などに年間4億円を投資
ITベンダーの中には、以前から人材マネジメントに注力している例がある。例えば、日立製作所は、リーマン・ショックによって08年度の決算で7873億円の赤字を計上したことをきっかけに、11年から人に焦点を当てる方針を打ち出した。まだ「ジョブ型」という言葉が現在ほど取りざたされていなかった時期に、「ジョブ型人財マネジメント」への転換を図った格好だ。現在、国内グループの従業員16万人を対象にジョブ型制度の導入を目指しており、今年はキャリア形成支援やリスキル強化に約4億円を投入する。
人財統括本部人事勤労本部ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクトの岩田幸大・企画グループ長は「今後、国内市場は拡大していかない一方、グローバルの市場は拡大していく。さらに少子高齢化で労働人口が減っていくことが日本の社会課題としてある」とした上で、「当社は社会イノベーション事業をグローバルで展開することを目指しており、そのためには多様な人を積極的に獲得することが不可欠。キャリア意識などに関する世代間の価値観の変化への対応も踏まえると、これからの成長に向けて“人財”マネジメントの見直しが必要だ」と話す。
同社はこれまで、グローバル共通のマネジメント基盤を順次導入してきた。11年に国内外950社の人事施策をグループで共通化し、12年度にはグローバル25万人の人材データベースを一本化。13年度には全世界のマネージャー以上の約5万ポジションを格付けする共通の物差しとして「日立グローバル・グレード」を導入し、能力評価から標準化された職務による評価に移行した。さらに14年、本社の管理職約1万人に対し、年功的部分を削除するなどの処遇改定を実施した。
その後も従業員の教育や理解形成を進め、21年度までに、職種・階層ごとに作成した全従業員向けの標準ジョブディスクリプション(JD)と、ポジションごとの職務概要などを定めた管理職向けの個別JDを開示。非管理職向けの個別JDについては、今年7月以降に作成、順次開示していく方針だ。
従業員からの声も施策に生かす。21年に社内でアイデアを募集したところ、3680件を超える意見が寄せられた。これをもとに今年以降、具体的な施策を進める。特にキャリア形成支援やリスキル強化には注力する予定で、年間約4億円を投資して学習体験プラットフォーム「Degreed」を本社の全従業員約3万人向けに導入する。
Degreedは、今の仕事や、やりたい仕事、強化したいスキルを登録すると、AIがそれに合った最適なコンテンツを推奨する仕組み。学習の成果を同僚らと共有することもできる。岩田企画グループ長は「ジョブ型制度では自分のキャリアは自分でつくっていく必要がある。事業環境の変化が激しくなる中、スキルをアップデートし続けなければならないという従業員のニーズに応えるものだ」と話す。
同社は、細かく、段階的にジョブ型制度の導入を進めている。岩田企画グループ長は「制度を整備することは大切だが、どんなに制度を整備しても、従業員の意識と行動がなければ変革の意味がない」とし、21年度を「自分ごと化」期、22年~24年を「行動変容の定着」期とフェーズで分け、従業員の意識・行動へのアプローチもじっくり進めていくと説明する。
富士通
組織をまたいだ人材の流動性に焦点
富士通は今年4月、一般社員約4万5000人を対象にジョブ型人事制度の導入を発表した。20年4月から幹部社員約1万5000人にジョブ型制度をすでに導入しており、これまでの取り組みをさらに一歩進めた。特に、組織をまたいだ人材の流動性と、社員一人一人の仕事に対する向き合い方を重視した施策に焦点を当てる方針だ。
Employee Relation統括部の藤槻智博・マネージャーは「一度他社に転職して、外で経験を積んだ後、また当社で働きたいという社員も増えた。より多様さが増す個人のキャリアを柔軟にサポートしていく会社でないと、魅力的な人材には来てもらえない」と、会社のスタンスを見直す必要性を述べる。
同社は20年、人材マネジメントの「フルモデルチェンジ」を打ち出した。22年4月には、一部を除く全社員を対象に、グローバル共通の基準で職責を格付けし報酬を決める「FUJITSU Level」と、会社と個人のパーパス(存在意義)やビジョンを人事施策と結びつけるグローバル共通評価制度「Connect」を導入。ジョブ型制度を本格スタートさせた。
FUJITSU Levelでは、職種と職層をもとに求められる責任範囲などを定義。400~500種類のロールプロファイルをもとに、ポジションごとのJDを作成する。幹部社員は作成済みで、一般社員についてもほぼ作成が完了し、社員への説明段階に入っているという。
これまでにさまざまな施策を展開してきた。具体的には、社内転職の機会である「ポスティング制度」や、他部署の業務を経験できる「Jobチャレ!!」、コミュニケーションを通して成長を支援する「1on1ミーティング」、オンライン学習サービスをはじめとする「Fujitsu Learning Experience」、個人のパーパスを言語化する「Purpose Carving」などがある。
藤槻マネージャーは、ジョブ型制度の要点として、「マネジメントの意識、行動の変革」と「一般社員の意識、行動の変革」の二つを挙げる。前者については、社内外で人材の流動性が高まる中で、社員のエンゲージメントを高めるマネジメントが肝要だと紹介する。
その上で「特にコロナ禍でミドルマネージャーの負荷は高まっており、会社からの支援は必須」と強調。1on1ミーティングの対話の質を向上させるためツールとして「KAKEAI(カケアイ)」を導入した。個々に合ったマネジメントスタイルを知り、アドバイスが受けられる診断サービス「Fujitsu Management Discovery」を提供するなどの策も講じている。
後者では、教育研修プログラムや1on1ミーティングを通して自発的な行動を促している。20年からは、全社員向けに9600コースから選べる「Udemy for business」を導入。最適な時間や場所で学べる体制も整えた。
藤槻マネージャーは「先が見えない時代になる中、一人一人がどういう仕事をしたいかをしっかり考えることが重要になる」と強調。「制度を変えたから社員の意識や行動が変わるものはない。愚直にやっていくしかない」と日立製作所と共通する見解を示す。
さらに「われわれは、今、組織にいる人をベースに組織をつくるのではなく、ビジョンや戦略から人を割り当てる“適所適材”の視点を大切にしている。一人一人が社内外で活躍する“健全な流動性”は日本全体にとって必要だ」と力を込める。
デフィデ
「経営戦略に沿った組織・職務設計を」特化型SaaSの提供を開始
ITコンサルティングやSI業務などを手掛けるデフィデは今春、ジョブ型人事制度に特化したクラウドHRサービス「JOB Scope」の提供を始めた。HR系SaaSでは日本初のサービスという。自社でも21年から完全にジョブ型へ移行したという山本哲也・代表取締役は、ジョブ型制度の本質について「経営戦略に対して最適な組織と職務を設計すること」だと強調する。
ジョブ型制度を実践する第一歩はJDの策定だが、職務を定める羅針盤となるのが経営戦略だ。経営戦略を起点として、戦略を実行する「組織」を構築し、組織が担うべき「タスク」を定め、タスクを遂行するために必要な「スキル」を抽出する。そして、このタスクとスキルを束ねたものが職務となる。
つまり、職務を考えるためには、企業のあり方そのものを見つめ直すことが欠かせないということだ。企業変革にかかる負担は少なくないが「今まで余剰だったもの、不足だったものが見え、筋肉質な企業になれる。強い組織づくりにつながる」(山本代表取締役)。
デフィデは、JOB Scopeを導入した企業に対し、外部の人事コンサルティングなどと協力し、経営戦略の基となる企業理念づくりから支援する。提供するツールは、ジョブ型を実施していく上で欠かせない組織や職務、人事評価・報酬制度、人材マネジメントなどに関する大量のワークフローを一元的に運用できる。デフィデはかつて、Excelなどを使って対応していたが、ツール開発後の管理工数はそれ以前の5分の1程度にまで圧縮できたとする。
働き手に向けては、現在の職務と将来就きたい職務のマッチ度をAIで判定したり、目指す職務に必要なスキルを体系的に表示したりするなど、成長を促す機能も備える。ジョブ型制度では、計画的に自己成長しなければ、キャリアアップしていくことは難しい。働く側も意識を変えなければならず、経営側にも能力開発を支援することで自社の組織強化につながるメリットがある。
今後、グローバルで競争力を高めるために、優秀な人材の獲得・育成につながるジョブ型制度は不可欠。山本代表取締役は国内の企業構成の9割以上を占める中小企業への浸透が重要になるとの見方を示し「中小企業の経営者が意識改革し、人材開発にコミットメントしていかなければ、生き残れないだろう」と話した。

デジタル化の進展や国内労働人口の減少などにより、大手企業が続々と「ジョブ型雇用・人事制度」の導入を発表している。新型コロナ禍による働き方の変化を経て、その流れは加速しつつあり、大手ITベンダーも制度の見直しなどを推進している。DXの実現に向けてIT人材の確保が急務となる中、各ベンダーが進める人材マネジメントの要諦を探る。
(取材・文/落合真彩、藤岡 堯 編集/齋藤秀平)
硬直化した労働市場を打破する突破口となるか
ジョブ型制度は、日本経済団体連合会(経団連)が日本型の雇用システムを見直すべきと提起し、ここ最近、幅広い業界に広がっている。経団連がまとめた「2022年版 経営労働政策特別委員会報告」によると、これまでの日本型の雇用システムは、新卒一括採用や長期・終身雇用、年功型賃金が特徴となっていた。しかし、経営環境や働き手の意識などが変化し、人材獲得や育成、キャリア形成、企業の意向と働き手の希望の間におけるミスマッチといった課題が顕在化している報告書は、こうした課題を解決し、イノベーションを創出する手段の一つとして、自社型雇用システムの確立を検討の方向性として提示。それを実現する要素の一つとして、職務や役割を明確にするジョブ型制度の導入・活用を盛り込み、職務記述書の作成や処遇制度の導入・見直し、採用方法・人材育成 ・キャリアパスなどの具体的な検討項目を挙げた。
ジョブ型制度は、海外では一般的な雇用形態で、硬直化した国内の労働市場を打破する突破口として経営者や人事担当者から寄せられている。一方、現場レベルでは、2000年代初頭に広がった「成果主義」の失敗に続き、育成システムや組織運営への懸念から「ジョブ型制度も同じ末路をたどるのでは」と懸念の声が上がる。賛否両論がある中、先進的な大手ITベンダーはどのような取り組みを進めているのか。
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- 富士通 組織をまたいだ人材の流動性に焦点
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