Special Feature
明日のDXの担い手を育てる クラウドベンダーのスタートアップ支援
2022/07/28 09:00
週刊BCN 2022年07月25日vol.1932掲載

大手パブリッククラウドベンダー各社が、スタートアップ企業の支援に揃って力を入れている。クラウドサービスの一部を無償で提供する施策が中心で、将来の有望顧客を早期に呼び込む狙いがあるが、それは単なるユーザーの囲い込み策にはとどまらない。スタートアップは近い将来のDXの担い手であり、彼らに認められることこそ高いサービス品質の証左となる。大手3社の取り組みを探る。
(取材・文/日高 彰、大蔵大輔)
パブリッククラウドベンダー各社は大手企業の案件獲得に力を入れる一方、スタートアップ企業に対しても支援している。クラウドサービスを一定範囲で無償提供する施策が代表的だが、最近は事業開発に関するアドバイスを行うなど、支援内容のさらなる充実を図っている。収益の額では大手企業の何千、何万分の一に過ぎないスタートアップのビジネスに、クラウドベンダー各社はなぜ熱い視線を送るのか。
その理由としては、大きな成長の可能性があるスタートアップに自社のサービスを使ってもらうことで、将来の優良顧客を早期に囲い込むという動機が考えられる。これは当然各社が意図するところだが、実際はそれだけにとどまらない。
近年でこそ一般企業によるクラウドの活用は進んでいるが、これまでクラウド市場拡大の中心にあったのは、新しいテクノロジーに抵抗のないスタートアップ企業だった。スタートアップがクラウド市場に与える影響力や存在感はその企業規模以上に大きく、マーケティング施策的にも引き続き重視すべき対象だと言える。
加えて、多くの企業がDXに取り組むようになり、デジタル技術の導入が活発になってきたことも背景として挙げられる。これまで大企業や公共系のユーザーは、システム構築を大手ITベンダーに全面的に依存していることが多かったが、DX推進にあたっては、ある領域に特化した技術を持つスタートアップと組んだり、素早く導入できるSaaSを活用したりするケースが増えている。DXの担い手として重要度の高まるスタートアップを支援することが、間接的に大規模ユーザーによるクラウド利用の拡大につながるというわけだ。
このような理由から、クラウドベンダー各社はスタートアップの支援をさらに強化しており、アイデアはあっても資金や人材に限りのある事業家が、スムーズにビジネスを立ち上げられる環境を整えようとしている。今年に入ってからだけでも各社が新たな支援策を次々と発表しており、有望なスタートアップの“争奪戦”が加速している。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン
「非技術」領域での支援を強化米アマゾン ウェブ サービス(AWS)は早くからスタートアップ企業をサポートしており、2013年に支援プログラム「AWS Activate」の提供を開始している。AWS Activateでは、一定範囲のクラウドサービスを無償で使用できるクレジットのほか、技術サポートやトレーニングなどが用意されている。
昨年11月には、AWS Activateでの新たな取り組みとして「協業パートナー」制度を開始し、クラウド会計のマネーフォワードや、採用支援サービスのウォンテッドリーといった法人向けサービス事業者が協業パートナーとして参画した。これは、AWS Activateのメンバーであるスタートアップ企業が協業パートナーのサービスを一部無償で利用できるようにするプログラムで、例えばマネーフォワードであればサービスの支払いに使える10万円分のクレジットが提供される。ITインフラだけでなく、起業間もない時点で必要となるサービスを合わせて無償提供することで、スタートアップにとってのAWSの魅力をさらに高めようとするものだ。
また、今年2月にはAWS Activateとは別の体系のプログラムとして「AWS Startup Ramp」を発表した。これは公共分野向けのビジネスを手がけるスタートアップに特化した支援策で、昨年からインド、東南アジア、韓国で開始していた内容を国内向けにも提供するものだ。
AWS Startup Rampは、サービスの無償使用権や各種サポートを提供するという点ではAWS Activateと共通だが、スタートアップによる公共分野への進出に特化した支援を行うのが特徴だ。公共分野ではセキュリティなどで特有の要件が求められることに加え、調達手続きを理解し、複雑な提案書を作成する必要があり、市場参入にあたって高いハードルがある。このような独特の慣習に関してもノウハウを提供するほか、公共分野に強い投資家や法律家、技術パートナー、公共DXを推進する団体などを集めたコミュニティを立ち上げ、この分野でのデジタル化とスタートアップの成長を加速するのが目的だ。
さらに今月、創業期の技術責任者を支援する国内向けのプログラム「Startup CTO Dojo」を開始する。これは、AWSに在籍する起業経験者やCTO経験者が、技術的な知識に加えて、採用や企業文化の形成といった「非技術」領域に関しても実践的な知識を提供するもの。
対象は19年以降の創業で、ベンチャーキャピタルからの資金調達が1回以内、エンジニア職が10人以内の企業となっており、スタートアップの中でも創業間もない層をターゲットとしている。AWSジャパンの長崎忠雄社長は「創業期のユーザーと話をすると、レイトステージのスタートアップとは課題が違う」ことがわかったとしており、相談の相手やCTO同士の横のつながりが乏しい、といった悩みに寄り添うプログラムとして展開していく考えだ。
AWSではインフラの提供や技術サポートといった支援は既に長期にわたって提供しており、新たな施策では、スタートアップが事業のステージを一段階上に進めるための取り組みが中心となっているのが特徴だ。
長崎忠雄
社長
グーグル・クラウド・ジャパン
起業初期段階の支援を拡大米グーグルは14年にスタートアップ企業の支援を開始。日本法人が22年6月末までに支援してきた企業数は610社、金額は1740万ドルに上る。今年2月に支援プログラムの「Google for Startups クラウド プログラム」をリニューアルし、対象企業の枠組みを以前より拡大。株式投資を受けているシリーズA以前の企業(過去12カ月以内に資金調達をしている、かつ設立10年未満)だけでなく、外部からの投資を受けていない初期段階のスタートアップ企業(自己資金で起業)も支援の対象に含め、2000ドルのクレジット、スタートアップ向けの相談窓口、エンジニアとのテクニカルセッションなどのサポートを提供している。
市場の成長も後押しになり、新しいGoogle for Startups クラウド プログラムは、提供開始から半年で昨年の実績を上回るなど成果を上げている。7月13日にグーグル・クラウド・ジャパンが開催した記者説明会で、同社の長谷川一平・SMB事業本部長は「資金面が注目されがちだが、それだけでは不十分。技術面とビジネス面でも支援していく」と述べ、資金面・技術面・ビジネス面のサポート内容をそれぞれアップデートしたと説明。資金面では1年目のGoogle CloudまたはFirebase利用料の100%を上限10万ドルまでカバーするサポートに加えて、今年からは2年目についてもGoogle Cloud利用料の20%を上限10万ドルまでカバーする。技術面ではスタートアップ企業を専任で担当するチームを発足し、デジタルネイティブ企業に特化した専門性の高いサポートを提供する。ビジネス面ではスタートアップ分科会を新たに組織し、企業が成長していく過程で他のスタートアップ企業とコネクションを構築できる場を提供する。
グーグルならではの強みとなっているのが、クラウド基盤以外のサービスとの連携だ。例えば、衛星データを利用したソリューションサービスを行っているSynspectiveは、「Google Earth Engine」や「Google Maps Platform」などを自社の観測データと組み合わせることで地理空間情報プラットフォームの価値を最大化できたという。
生活者向けと医療機関向けにAIを活用した医療サービスを展開するUbieは、グーグルのAIプロダクトを組み合わせることで自社サービスを強化したほか、医療サービスを提供する上で必要となる行政ガイドラインへの対応でも支援プログラムのサポートが生きたという。スタートアップ企業にとって法対応はノウハウが乏しく難所となるポイントだが、グーグル・クラウド・ジャパンの担当者と事前に協議を重ねることで乗り切った。
エンドユーザー向けの強力なサービスを提供しているグーグルが、そのノウハウを生かした支援を提供できる点が、スタートアップ向けプログラムのメリットとなっている。
長谷川一平
事業本部長
日本マイクロソフト
Azureに加え開発環境も無償米マイクロソフトは昨年、米国で、従来のスタートアップ支援プログラムの内容を拡充した「Microsoft for Startups Founders Hub」を開始した。今春よりアジア地域向けにも対象範囲を拡大し、日本のスタートアップも参加可能となった。起業直後に必要となる要素を提供することに注力しており、プログラムへの登録や特典の利用に関して、ベンチャーキャピタルからの投資実績といった要件は設けない。
同社の支援内容もITインフラの提供に加えて、技術サポートやビジネス面での支援を行うものとなっている。アイデア化、開発、最大4年間で15万ドル分のAzure使用権が付与されるほか、起業や業界知識などの専門性を持つマイクロソフト社員がメンターとなり、フィードバックやアドバイスを受けることができる。Azureエンジニアによる24時間365日、制限無しのサポートも付属する。
Azure以外の豊富な製品・サービス群を利用できるのも特徴だ。Microsoft for Startups Founders Hubへの参加企業は、「Microsoft 365」「Visual Studio」「GitHub」「Power Automate」「Power Apps」「Power BI」を無償で使用することができるので、創業から間もなく資金の限られるスタートアップでも、充実した開発環境を手にすることができる。また、AIの研究を行う米OpenAIと連携し、自然言語処理などで強力な性能を発揮する言語モデル「GPT-3」へのアクセス権を提供。1000ドル分のクレジットと、OpenAIのエキスパートによる無料のコンサルティングが利用可能となる予定。
製品やサービスの幅広さ、人的リソースの豊富さはテクノロジー市場におけるマイクロソフトの大きな優位点だが、スタートアップ支援においてもそれらの強みがそのまま生かされているのが特徴だ。

大手パブリッククラウドベンダー各社が、スタートアップ企業の支援に揃って力を入れている。クラウドサービスの一部を無償で提供する施策が中心で、将来の有望顧客を早期に呼び込む狙いがあるが、それは単なるユーザーの囲い込み策にはとどまらない。スタートアップは近い将来のDXの担い手であり、彼らに認められることこそ高いサービス品質の証左となる。大手3社の取り組みを探る。
(取材・文/日高 彰、大蔵大輔)
パブリッククラウドベンダー各社は大手企業の案件獲得に力を入れる一方、スタートアップ企業に対しても支援している。クラウドサービスを一定範囲で無償提供する施策が代表的だが、最近は事業開発に関するアドバイスを行うなど、支援内容のさらなる充実を図っている。収益の額では大手企業の何千、何万分の一に過ぎないスタートアップのビジネスに、クラウドベンダー各社はなぜ熱い視線を送るのか。
その理由としては、大きな成長の可能性があるスタートアップに自社のサービスを使ってもらうことで、将来の優良顧客を早期に囲い込むという動機が考えられる。これは当然各社が意図するところだが、実際はそれだけにとどまらない。
近年でこそ一般企業によるクラウドの活用は進んでいるが、これまでクラウド市場拡大の中心にあったのは、新しいテクノロジーに抵抗のないスタートアップ企業だった。スタートアップがクラウド市場に与える影響力や存在感はその企業規模以上に大きく、マーケティング施策的にも引き続き重視すべき対象だと言える。
加えて、多くの企業がDXに取り組むようになり、デジタル技術の導入が活発になってきたことも背景として挙げられる。これまで大企業や公共系のユーザーは、システム構築を大手ITベンダーに全面的に依存していることが多かったが、DX推進にあたっては、ある領域に特化した技術を持つスタートアップと組んだり、素早く導入できるSaaSを活用したりするケースが増えている。DXの担い手として重要度の高まるスタートアップを支援することが、間接的に大規模ユーザーによるクラウド利用の拡大につながるというわけだ。
このような理由から、クラウドベンダー各社はスタートアップの支援をさらに強化しており、アイデアはあっても資金や人材に限りのある事業家が、スムーズにビジネスを立ち上げられる環境を整えようとしている。今年に入ってからだけでも各社が新たな支援策を次々と発表しており、有望なスタートアップの“争奪戦”が加速している。
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- アマゾン ウェブ サービス ジャパン 「非技術」領域での支援を強化
- グーグル・クラウド・ジャパン 起業初期段階の支援を拡大
- 日本マイクロソフト Azureに加え開発環境も無償
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